気候変動対策に米国は否定的、中国は積極的
2025年9月。米国のトランプ大統領が国連で行った演説の中で、彼が述べた気候変動対策は驚くほど保守的、というよりむしろ真向から否定するものだった。大統領は気候変動について「世界史上最大の詐欺行為」「自国に莫大な費用をかけた愚かな人々によって作られたもの」「この環境詐欺から逃れなければ、あなたの国は破滅する」とまで述べている。
これに対して、その翌日に国連本部で開催された気候サミットで中国の習近平国家主席が行ったビデオ演説は、トランプ演説とはまったく異なる対照的なものだった。主席は2035年までに中国の非化石エネルギー比率を30%以上に高めることや、風力発電、太陽光発電など再エネ発電の設備容量を36億kWに拡大すると説明。これによって中国の温室効果ガス(GHG)排出量をピーク時から7~10%削減するという新たな国家目標を発表した。
トランプ大統領の意図は明確である。気候変動への対策費用を削減したいということ。および国内で産出するシェールオイルや石炭など国内資源を活用したいということ。だから気候変動は嘘だと決めつけ、対策は不要だと断言した。では、中国は本当に気候変動対策に積極的なのだろうか。
もちろん中国一国で世界の温室効果ガス排出量の約3割を占めているという負い目があるのかもしれないが、中国が再エネの導入に積極的なのはそれだけではない。実はほかの大きな目的があるのだ。
中国は化石燃料の輸入コストを大幅に減らした
それは何か、以下にやや見慣れない図を掲げた。この図は今年発表されたINENA(国際再生可能エネルギー機関)の報告書に掲載されたものであるが、この図がその答えのカギのひとつとなるだろう。

この図は、2024年1年間に再エネ発電によって、どれだけ化石燃料のコストを削減できたかという数字を国別に示したものである。つまり、簡単に言えば火力発電を再エネ発電に切り替えることによって、どれだけ儲かったかという数字を面積で表したものである。単位は10億ドルだ。
この図で衝撃的なのは全体の約半分という巨大な面積を中国一国が占めていることだ。つづいてブラジル、米国、日本、ドイツと続くが、中国以外のすべての面積を足し合わせて、ようやく中国とほぼ同等の面積となる。
これが、中国が再エネ導入に熱心な理由のひとつだ。つまり再エネは儲かるということだ。再エネを導入することによって、結果としてCO2排出量は減少していくから習主席が国連で示した新たなGHG削減目標につながってくるわけであるが、それだけが彼らの目的ではないだろう。
かれらが再エネを導入する目的はこのような経済性だけではない。さらに大気汚染対策、産業の育成、エネルギー安全保障なども再エネ推進の理由となっていると考えられる。
再エネの経済性は年々高まっている
下の図に示すように、世界の太陽光や風力など再エネによる発電コストは年々減少している。

例えば、太陽光発電コストは2024年には世界の加重平均で1kWhあたり 0.043ドル(約6.68円)で、これは15年前の約10分の1まで下がっている。この結果、太陽光発電コストは化石燃料を使った火力発電より41%も安くなっている。さらに中国の太陽光発電コストは0.033ドル(約5.12円)と世界平均よりもっと安い。
また風力発電の世界平均コストは太陽光発電よりも低く、1kWhあたり0.034ドル(約5.28円)。中国の風力発電コストはさらに低くて0.029ドル(約4.50円)である。
このように従来は割高と考えられた再エネ発電であるが、現在、その発電単価だけをみると火力発電よりはるかに安価となっており、火力発電をやめて再エネ発電を導入すれば、その国の発電コストは下がっていく。
実際、中国の再エネ発電の導入には目を見張るものがある。2024年の世界の太陽光発電の設備容量は452.1GW増加しているが、このうちの61.2%が中国によるものだった。また、風力発電については世界で114.3GW増加し、このうち69.4% が中国によるものであった。
ちなみに中国は現在、世界最大の再エネ発電国であり、その発電量は世界第2位の米国の約3倍、世界第7位である日本の約11倍に達している。
火力発電で電気を作れば、もちろんその燃料となる石炭や天然ガスを購入しなければならないが、一方太陽光や風力など多くの再エネ発電では燃料を購入する必要がない。つまり再エネ発電の多くは発電設備さえ建設してしまえば、あとは燃料という変動費をほとんど負担することなく発電を続けられるのだ。
この再エネで発電した電力のすべてを火力発電で作った場合、どのくらいの燃料購入費用がかかったか、逆にいえば再エネ発電でどのくらいの燃料コストの節約ができたかを示したものが冒頭に掲げた図というわけである。明らかに中国が世界で最も再エネ発電によって経済的恩恵を受けている国であることがわかるだろう。
大気汚染対策として再エネ・EVに注力する
中国は急速な経済発展に伴って、深刻な公害問題が起こっていることはよく知られているが、特にPM2.5やスモッグ、亜硫酸ガスのような有害物質による大気汚染は大きな問題となっている。かつて日本を訪れた中国人観光客がまず驚くのが日本の青空だったという。それほど中国都市部の空気は汚れていた。
この深刻な大気汚染については、近年急速に改善されているといわれるが、この改善に貢献したのが再エネであろう。大気汚染の主な原因は石炭火力と自動車の排気ガスであるから石炭火力を再エネに転換し、さらEVやPHEV(プラグインハイブリッド車)を導入して、ガソリンや軽油を電気に転換する。これによって、中国は大気汚染を改善してきたのである。
IRENAは、中国が再エネを導入することによって改善した大気汚染のメリットを金額に換算して2610億ドル(約40.5兆円)という数字を弾きだしている。この金額は先に示した化石燃料の削減金額1,798億ドル(約27.9兆円)よりもさらに大きな数字である。
圧倒的シェアを誇る産業を育成し外貨を稼ぐ
中国は再エネ技術を育成して産業化し、それを世界に売り込むことに成功している。例えば太陽光パネルの需要は世界に広がっているが、そこで使われる太陽光発電モジュールの75%、つまり発電パネルの4枚に3枚が中国製だ。
さらに世界の太陽光発電モジュールに組み込まれるセルについては85%、セルの元となるウエハーについては97%が中国製である。また、世界で設置される風カタービンの約60%が中国製である。
つまり太陽光発電や風力発電設備の分野で、中国は圧倒的なシェアを占めており、強力な輸出品目となって外貨を稼いでいるのである。
石油依存からの脱却でエネルギー安全保障を強固に
中国の石炭消費については、ほとんどを自国で賄えるが、石油については需要量の約7割を輸入に頼っている。ほぼ100%を輸入している日本に比べればまだましなものの、これが、中国にとってはエネルギー安全保障上のネックとなっている。自動車や船舶、航空機のような移動体は石油がなければ動かせないからである。
地図を見るとわかることであるが、中国の海岸線の沖合には日本の九州沖から沖縄、台湾、フィリピン、パラワン島、カリマンタン島、スマトラ島、マレー半島が中国を取り囲むように連なっている。いわゆる第一列島線である。

中国はこの第一列島線を塞がれると石油輸入が止まってしまうことになる。つまり、いま日本で話題になっている存立危機の中国版である。その対策として中国は東シナ海や南シナ海での防衛を固めるほか、ミャンマーを経由してインド洋から直接中国へ原油を輸送できるパイプラインを建設したり、ロシアから陸路での輸入を増やしたりして原油の輸送ラインの多角化を進めている。
さらに、すでに述べたように中国はEVやPHEVの普及に力を入れているが、これによって石油依存そのものを減らすことができる。そしてEVやPHEVに使われる電力を確保するためにも再エネが急ピッチで導入されているわけである。
日本はどうすべきか
アメリカではトランプ大統領が気候変動は嘘だと断じ、再エネ関係の予算削減に進んでいるが、これはかれの支持基盤である国内の石油や天然ガス、石炭産業を保護することが目的だろう。
一方、中国は再エネが①経済性、②大気汚染対策、③産業振興、④エネルギー安全保障面からも価値があるとみて普及に努めているし、その結果として気候変動対策にも貢献することになっている。
ひるがえって我が国はどうだろうか。大気汚染対策を除いて経済性、産業振興、エネルギー安全保障といった再エネのプラス面については、中国と同様の立場にある。特にエネルギー資源の多くを海外に頼っている我が国においてはエネルギー安全保障上の観点から再エネ導入のメリットが大きいし、再エネの発電コストが低下してきていることから経済面の利点も大きくなっている。
残念なのは産業振興である。太陽光パネルにしても風力タービンにしても中国に大きく水を開けられている。ベロブスカイト太陽電池や全固体電池、次世代洋上風力発電など、日本が強みを持った技術を育てて、産業を育成させることが必要なのではないだろうか。
2025年12月14日
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