石油は便利なエネルギー源
石油は1859年に米国のドレークがアメリカペンシルベニア州で油田を開発して以来、石油の用途はどんどん広がって行った。石油がこれだけ使われるのは、液体であることとエネルギー密度が高いことが主な理由であろう。
石油は液体であるから、ポンプやパイプラインを使って容易に移動させることができる。石炭や薪もエネルギー源として使われるが、固体だからパイプラインで簡単に運ぶことができない。蒸気機関車は人間がボイラーに石炭や薪をスコップで放り込むことによって走行するが、こんなことは自動車や飛行機には無理だ。
同じくエネルギー源として使われるガスは石油と同様にパイプラインで運搬できるが、密閉構造にしておかなければならない。これに対して、石油なら樽やバケツに入れてでも持ち運びができる。
また、石油はエネルギー密度が高い。石油の持つエネルギーは1リットルだと38MJ(メガジュール)。1kgあたりだと47MJ程度。これに対して石炭の持つエネルギーは1kgあたり26MJしかない。天然ガスの場合は1kgあたりでは55MJ、水素は142MJもあるが、いずれも気体であるから重さではなく容積で比較すべきだろう。ということで1リットルに直すと天然ガスは0.036MJ、水素は0.013MJに過ぎない。(「エネルギー源別標準発熱量 ・炭素排出係数」資源エネルギー庁(2020)他より)
石油はいかに便利で強力なエネルギー源であるかがわかるだろう。石炭や天然ガスは発電所や工場のような大規模な設備を持つ施設ならいいが、自動車や航空機はそもそも石油がなければ実現しなかっただろう。
石油は産地が限られる
しかし、石油には大きな問題がある。それは産地が限られていることだ。油田は5大陸のすべてで見つかっているが場所は限られている。もちろん日本ではほとんど採れないから輸入するしかない。
日本の石油の主な輸入先は中東だが、ロシアやアメリカ、南米でも石油は採れる。しかし、アメリカは世界一の産油国であるにもかかわらず、自国での消費量も多いからあまり輸出することができない。ロシアは油田から積み出し港まで陸路で運ばねばならないが、その輸送量はパイプラインや鉄道の能力によって限定されてしまう。南米は日本から見て地球の裏側にあたるから輸送距離が長いうえに、パナマ運河を通らなければならないから巨大タンカーが使えない。
ということで、わが国の原油の輸入先は95%が中東ということになってしまっている。中東は石油の埋蔵量も産出量も多いし、日本まで巨大なタンカーで運べば積み替えなしで日本まで運べる。実に合理的だ。ただし、中東は政情が不安定だから紛争が絶えない。もしペルシャ湾の入口、ホルムズ海峡が閉鎖されれば、中東から日本へのオイルルートが途切れてしまう。
実際、1970年代に起こった石油ショックのときは、わが国に原油が来ないかもしれないという事態に陥った。石油はあと30年で枯渇するという噂が流れたのもこのころからである。そこでみんな考えるのは、石油は人工的に作れないのかということである。
人工的に石油を作ることは可能
実は石油は人工的に作ることができるし、実際に人工石油を作っている国もある。と言うと驚かれる方も多いだろう。次に来る質問は、ではなぜ、日本では人工石油が普及せず、相変わらず中東からの輸入に頼っているのか。ということである。
一番大きな問題は、人工的に石油を作るには原料が必要だということだ。これは当たり前の話なのであるが、人工石油に限らず、何もないところから突然なにかができるということはあり得ない。何かを作るには当然、何かの原料が必要となる。無から有は生じないという普遍の原理である。
石油は人工的に作れないのかと聞く人の多くは、その原料を何にするかまで考えていない。ただ石油って人工的に作れないのかと考えるが、実際には原料が必要だ。1トンの人工石油を作るためには製造時のロスもあるから、必ず1トン以上の原料が必要となる。
現在、すでに人工的に石油を作っている国もあるが、その原料は石炭か天然ガスだ。そのほかには廃木材や農林業廃棄物、都市ごみや下水汚泥などを使うというアイデアもあって、現在研究開発中だ。
さらに画期的なのは空気と水を原料とする方法だ。えっ!空気と水から石油ができるのかと驚かれた方もおられるかもしれない。これにはちょっとカラクリがあって、空気といっても空気の中のCO2、水といっても水のなかの水素を取り出して石油にする。
この夢のような人工石油については、すでに実用化されていて、製造と販売が始まっている。わが国でもENEOSが試験プラントを完成させている。これについてはあとで述べることにしたい。
人工石油の歴史
最初の人工石油は第二次世界大戦時にドイツで実用化された。大戦中ドイツは石油の輸入ができなくなった。石油がなければ戦争は継続できない。そこで彼らはドイツ国内で豊富に採掘される石炭を原料として石油を作る方法を開発したのだ。開発した技術はふたつ。
ひとつは石炭に高温高圧の水素を反応させて液体にするもので、ベルギウス法とよばれる。製品は重油で、戦艦の燃料として使われた。もう一つは石炭を一旦ガスにして、それから再び液体に戻す方法である。これは発明者の名前をとってフィッシャー・トロプシュ合成法(FT合成法)と呼ばれている。製品はガソリンや軽油で、これは戦闘機や戦車、輸送用トラックなどの燃料として利用された。
しかし、戦争が終わって世界が平和になると、ドイツでも石油の輸入は自由になった。さらに、中東で大油田がつぎつぎに開発されて、原油の値段はどんどん下がっていったため、石炭から人工石油を作る方法は忘れ去られていったのである。
ただ、ひとつだけ人工石油を製造している国もあった。南アフリカ共和国だ。この国はアパルトヘイト政策(人種隔離政策)を行っていたため、世界中から非難を浴び、制裁として石油の輸入も禁止されていた。そこで南アフリカが行ったのが、ドイツと同様に石炭から石油を作ることである。
かれらはドイツで開発されたFT合成法を導入し、国内で採れる豊富な石炭を使って石油を作り始めた。さらに、南アフリカ国内で天然ガスが発見されると、天然ガスも原料として石油を作り始めた。石油を作る方法は石炭でも天然ガスでもほぼ同じ技術、つまりFT合成法が使える。
1994年にマンデラ政権が誕生するとアパルトヘイト政策は撤廃され、それに伴って石油の輸入も解禁された。その結果、石炭や天然ガスを作った人工石油の製造も、安い輸入石油に押されて、ドイツと同様に終わってしまうと思われた。しかし、そうではなかった。
実は、石油禁輸期間中に南アフリカのエンジニアたちはFT合成法をブラッシュアップして洗練した技術に磨き上げていたのである。その結果、南アフリカの人工石油は十分な経済的な競争力を持っていたのである。それどころか、その技術は海外に輸出され、人工石油は世界に広がって行ったのである。
ここで最初の話にもどる。わが国ではなぜ人工石油を作らないのか。人工石油を作るには原料がいる。石炭や天然ガスだ。この原料が日本にはない。ということで、日本では石油は相変わらず中東からの輸入に頼っているというわけである。
どうやって人工石油を作るのか
石油は炭素Cと水素Hからできている。だから炭素と水素を組み合わせれば石油を作り出すことができる。理屈は簡単だ。石炭はCとHを含むが、Cの割合がHより多いので、水素を添加して石油と同じ比率にしてやろうというのがベルギウス法である。
一方、FT合成法は石炭や天然ガスを一旦ガスにして、CとHの割合を調整して、石油と同じにしてから再び合成する。つまり固体の石炭はHの比率を高め、気体の天然ガスはCの比率を高めて、石油と同じ割合にすれば液体。つまり石油になる。
もちろん、ただ炭素と水素の割合だけを調整して混ぜてやれば石油になるというのではなく、最適な温度と圧力、それに触媒を加えて化学反応を起こさせてやる必要があるのだが、とにかく原料としてCとHがあれば石油は人工的に作れる。きわめて単純化して言えばそういうことなのだ。
空気と水から石油を作る
さて、では空気と水から石油を作る方法について述べよう。この方法は現在とても注目されている技術だ。
石油は炭素Cと水素Hからできている。だから空気に溶け込んでいるCO2から炭素Cを取り出し、水H2Oから水素Hを取り出して、これを合成すれば石油は人工的に作ることができる。
実は、空気と水から石油を作る話は今に始まったことではない。1980年代、大気中のCO2が増加したことによる地球温暖化が問題になり出したころから、CO2を使って石油を作ろうという話は議論されてきた。これができれば、地球温暖化問題とエネルギー資源問題が一挙に解決する、ように見える。しかし、それ実現するには実は大きな基本的な問題が存在したのである。
その問題とはCO2や水は石油の燃えカスだということだ。石油を燃やすとCO2と水(水蒸気)になる。この燃えカスのCO2と水から人工石油が作ることができる。その人工石油を燃やせば再びCO2と水になる。これを繰り返せば、使っても使ってもなくならない石油ができる。
やった!ついに人類は永遠のエネルギーを手にすることができた。とはならなかった。なぜなら、これは永久機関であって、永久機関は不可能だというのが自然界の掟なのだ。
実は石油の燃えカスであるCO2と水から石油を作ろうとすると、石油を燃やしたときと同じ量のエネルギーが消費されることになる。われわれが石油を燃やすのはCO2や水が欲しい?わけではなく、石油が燃えた時に出てくるエネルギーがほしいのである。そのエネルギーと同じだけのエネルギーを返さなければ、その燃えカスであるCO2と水から石油を作ることはできないのだ。
これは高校の化学の時間にヘスの法則として習う化学の基礎なのであるが、にもかかわらず多くのちゃんとした科学者や技術者がCO2と水から石油を作ろうとした。しかし、やがて無理と知って諦めていったのである。
今でもときどき、空気や水から石油を作り出したという人物が(時には有名大学の元教授まで)現れたりするが、エネルギーの法則に反している以上、うまく行くはずがなく、いつの間にか話題に上らなくなる。
e-フュエルは空気と水から作られた人工石油
しかしながら、実際にCO2と水から石油を作り出して販売している企業がある。スポーツカーで有名なポルシェやシーメンス、ニクソン・モービル、ジョンソン・マッセイなど世界的な大企業が支援するHIFグローバルという企業である。
この会社はチリ南部のパタゴニア地方にプラントを持ち、ここで空気と水からe-フュエルと名付けられた石油(ガソリン)を作っている。このプラントは2022年12月から操業を開始し、すでに製品の出荷を開始している。
では、HIF社は永久機関を発明したのかというと、そうではない。このプラントを訪れれば巨大な風車が一つ併設されているが分かるだろう(といっても筆者が行ったことがあるわけではないが)。この風車で電気を起こし、空気と水から石油を作るのに必要なエネルギーを供給しているのだ。
風力発電で発電された電力で水を電気分解して水素を作り出し、これと空気から回収したCO2を使って一旦メタノールという物質を合成し、このメタノールからガソリンを作っている。これはFT合成法ではなくMTG法というモービルが開発した新しい技術だ。
燃えカスであるCO2と水から石油を作るために必要なエネルギーを風力発電で補っているわけである。こうやって作られた人工石油を燃やせばエネルギーを得られるが、そのエネルギーは風力発電で得られたエネルギーと原理的に同じ量になる。(実際には、製造時のロスがあるから、風力発電のエネルギーよりずいぶん少ないことになる)
つまり、ここで製造されている人工石油の持つエネルギーは風力発電によって作られている。ここで作られている人工石油はe-フュエルと名付けられているが、このe-は電気(electric)のeだ。
一方、わが国でも石油元売最大手のENEOSが合成燃料の製造プラントを開発し、2024年10月から試運転を開始してるが、こちらはFT合成法だ。この場合も、永久機関ではない。原料の水素は水の電く分解で得られるから、このとき大量の電力を消費することになるからだ。
2024年9月21日
2024年10月8日追記