近年、世界中で地球温暖化が原因とみられる異常な気象が発生しており、CO2削減を始めとする気候変動対策は待ったなしの状況となってきている。わが国でも2050年までにCO2排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルを目標としているが、まだその道のりは明確ではない。
こんな中、「日本は2035年までに総発電量の90%をクリーンエネルギー(非化石エネルギー)で賄うことが可能である。」そんな報告書が2023年2月、米国のローレンスバークリー国立研究所(LBNL)、カリフォルニア大学バークリー校および京都大学の研究者から成る研究チームによってまとめられた。
白石賢司, Won Young Park, Nikit Abhyankar, Umed Paliwal, Nina Khanna1, 諸富 徹, Jiang Lin and Amol Phadke “PLUMMETING COSTS OF SOLAR, WIND, AND BATTERIES CAN ACCELERATE JAPAN’S CLEAN AND INDEPENDENT ELECTRICITY FUTURE”, The 2035 Japan Report, lbnl report(2023)
わが国の第6次エネルギー基本計画では、2030年までに非化石の割合を59%としているが、この報告はその5年後の2035年にはそれを90%まで引き上げることが可能。つまり、化石燃料による発電はわずか10%までに低減できるという結果である。
わが国のいわゆるカーボンニュートラル目標は2050年であるが、発電部門だけに限ると、その15年前の2035年までに9割方カーボンニュートラルが達成できることになる。こんなことが本当に可能なのだろうか。LBNL報告書の内容を簡単に紹介したい。
1.前提条件
まず、このスタディの前提条件を見てみたい。
電力需要:わが国の電力需要は2030年まで年0.8%の割合で低下していき、2030年以降は横ばいとなる。電力需要が減っていくのは人口の減少や産業のソフト化、省エネの進展などを考慮したものであろう。第6次エネルギー基本計画でも同じように電力需要の減少を見込んでいる。
再生可能エネルギーの導入コスト:太陽光および風力を建設するコストについては今後、大幅に低下していくことが予想される。本報告書では米国立再生可能エネルギー研究所(NREL)が試算した建設コストに、日本の事情を勘案して若干修正した価格を用いている。また、電力を貯める蓄電池のコストも年々低下していくと予想している。
化石燃料コスト:一方、化石燃料のコストであるが、これは変動が激しい。この報告書では2012年7月から2021年12月までの平均値を採用している。
太陽光と風力の増設可能性:わが国の国土の標高、傾斜地、土地利用地域、自然公園、防衛区域、漁場、海の深度などを考慮し、日本に設置可能な最大容量を推定。さらに、代表的な地域の1時間ごとの発電量をNRELのモデルに従って試算している。なお、太陽光発電、風力発電の寿命はいずれも30年としている。
原子力発電:現在、わが国では10基の原子力発電所が稼働しており、7基が再稼働を承認され、さらに10基が再稼働を申請中である。このモデルでは承認済みのプラントは2023年中に、申請中のプラントは2025年までに全て運転を再開すると仮定している。さらに原子力発電所の寿命は60年であるが、すべてのプラントで20年間の運転延長が認められると仮定している。ただし、プラントの新設は考慮していない。
石炭火力発電所:石炭火力発電プラントの寿命を50年とし、寿命に達したものから順次閉鎖されていく。2035年には一部の予備機を除き完全にフェードアウトする。
地域間送電容量:現在の送電容量から最大100%増加が可能と想定している。
2.スタディ結果
このスタディでは以上の仮定をPLEXOSとよばれる経済モデルに導入して、最適な発送電計画を計算させている。その計算結果によって導き出された結論は以下のとおりである。
a.日本の90%の電力を非化石エネルギーで賄うことが可能である
仮定した前提条件をもとに、各年の電力需要を満たすための最適な電源の割合は下の図のとおりとなった。
この図から分かるように、現在、主電源のひとつである石炭火力がどんどん減っていき、2035年にはゼロとなる。また、LNG火力も急激に減って行くが、2035年にはまだ10%が残っている。原子力は全体の20%。残りの70%が再生可能エネルギーという構成である。
再生可能エネルギーの割合が年々増加している大きな理由は再生可能エネルギーの発電コストがどんどん下がって行くことを反映しているのだろう。全体として最も安価な電源構成を採用するのなら、発電コストの安い再生可能電源が選択されることになる。
一方で、いくら安くても発電能力がなければ、コストの高い化石燃料に頼らざるを得ない。本スタディでは再生可能エネルギーの開発速度を年10GWと想定している。
b. 電力ディスパッチの問題から天然ガス発電は残る
一方、2035年においても天然ガス(LNG)火力発電が10%を占めているが、これは電力ディスパッチの問題である。電力は基本的に在庫というものを持つことができないため、需要と供給は常に一致させておく必要がある。ディスパッチとは、電力需要と発電量を一致させる操作のことである。
下の図は、電力需要が年間で最も高い夏場の1時間ごとの電力需要と、それを満たすための電源構成を示している。需要は時間によって大きく上下するが、再生可能エネルギーは必ずしもこの需要どおりに発電できるわけではない。言うまでもないが太陽光発電は昼間しか発電することができず、風力は風の強弱によって発電量が左右される。
原子力についても、その特性から常に一定負荷で発電せざるを得ないから、これも需要に合わせて発電量を調整することはできない。
これを解消する手段として、蓄電池(バッテリー)や揚水発電を使うことになるが、2035年においては、まだコスト面から天然ガス火力発電に頼らざるを得ない。その結果、10%ほどの天然ガス火力発電が残ることになる。
c. 電力料金は6%削減される
再生可能エネルギーの導入については、電力料金の上昇を懸念する人も少なからずいるのではないだろうか。金さえかければ何でもできると。しかし、心配する必要はない。既に述べたように、太陽光を始めとする再生可能エネルギーの単価は急速に低下しつつあり、むしろ化石燃料発電よりも安価となってきているからだ。
PLEXOSは、できるだけ安価な電源を優先的に選択するだろうから、その結果、再生可能エネルギーの発電シェアが増加することになり、それに伴って全体としての発電コストも低下していく。
スタディの結果、2020年の平均卸売電力価格9.67円/kWhに比べて2035年の平均卸売電力価格は9.03円/kWhと6%低くなると予想されている。
d.日本の化石燃料輸入コストを85%削減できる
2020年時点で日本の全電力生産に対する化石燃料発電の割合が70%程度あったものが、2035年には10%まで減ってしまうわけだから、当然、石炭や天然ガスの輸入コストは激減する。金額でいうと2020年に3.9兆円だったものが5,900億円まで減少することになる。
これは、もちろん貿易収支を改善することになるが、それだけではない。化石燃料の価格は変動が激しく、それによって日本の経済全体が大きな影響を受けることになる。化石燃料の割合が減れば、経済の不安定要因が一つ減ることになる。
また、日本のエネルギー源を化石燃料という海外の資源に頼る必要がなくなり、これは日本のエネルギー安全保障にとっても非常に有益である。中東のような政情の不安定な地域やウクライナ侵攻で世界から非難を浴びているロシアといった国からの輸入に頼る必要がなくなるという意義は大きい。
e.CO2排出量を92%削減できる
電力部門におけるCO2の排出源は化石燃料の使用であるから、化石燃料発電が10%まで減少することによって、2035年にはCO2排出量は2020年に比べて92%、量にして3億4,500万トン削減されることになる。この量は2019年度の日本の総CO2排出量の30%に相当する。
また、CO2排出量の少ない電力を電車や電気自動車、空調などで使用することによって、輸送や民生セクターのCO2排出削減にも貢献することになる。さらに火力発電所から排出されている粒子状物質(PM2.5)、亜硫酸ガス(SO2)、窒素酸化物(NOx)、重金属(水銀、カドミウム、ヒ素など)の大気への排出も大幅に減らすことができる。
3.今後エネルギー企業は再生可能エネルギーへ
本スタディでは、2035年の日本の電力に占める化石燃料の割合を10%まで減らせると結論付けているが、これを実現するためには毎年、10GWずつ新規の再生可能発電能力を増強していく必要があり、その費用は2035年までに38兆円が必要と見積もられている。
といっても、これによって発電コストが低減していくわけであるから投資費用を回収することは可能であろう。再生可能電力の発電原価のもとは建設コストであり、火力発電のように燃料費ではない。その建設コストが今後、低下していくことが、わが国の発電量に占める再生可能エネルギーの割合が拡大していく原動力となる。
さてここからは筆者の予想と感想である。これから再生可能エネルギー発電の主力は太陽光から洋上風力に移っていく。さらに陸から遠い海域でも設置することができる浮体式洋上風力が2030年頃から戦力に加わってくる。特に洋上風力は海に囲まれて大きな排他的経済水域を持つわが国にとって貴重なエネルギー源となるだろう。
さらに、余剰時の電力を貯蔵する能力が増加すれば、10%残っている天然ガス火力も将来的にはゼロとすることができる。今後、蓄電池に限らず、エネルギー貯蔵の低コスト化が研究開発の課題となっていくだろう。
このような報告をみると今後、東京電力や関西電力のような大手電力会社も従来の石炭火力にいつまでもしがみついているわけにはいかない。また、エネオスが太陽光発電に力を入れているように、東京ガスや大阪ガスが洋上風力発電に力を入れているように、異業種からも参入が続いていくだろう。
脱炭素化、脱化石燃料化はわが国経済の安定化にも役立つし、国産エネルギーである太陽光や風力などはエネルギー安全保障にも貢献することになる。こう考えると、脱炭素化はそもそもCO2排出量を削減することが目的であったにもかかわらず、今後はむしろ経済性やエネルギー安全保障からのメリットが大きく評価されるようになっていくのではないだろうか。
2023年4月3日
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