プラスチックがよく使われ始めたのは、私が子供のころからですから50~60年くらい前のことでしょうか。プラスチックは私たちの生活を大きく変えました。プラスチックは清潔で、安価で、様々な形の物が作れ、軽く、丈夫、品質が一定していて、石油から大量に作ることができました。
その結果、プラスチックは生活の中にあふれるようになり、私たちの生活をどんどん便利で快適なものに変えていきました。もし、プラスチックがなくなったら、私たちはどんなに不便になることでしょう。
しかし、最近、プラスチックを規制しようという動きが広がってきています。ご存知のとおり2020年7月からはレジ袋が有料化されました。さらに2022年4月からはプラスチック資源循環促進法が施行されて、使い捨てスプーンなど特定プラスチック12種類のプラスチック製品についても、有料化や再利用などの対策が義務づけることになっています。
※特定プラスチック
フォーク、スプーン、ナイフ、マドラー、ストロー、ヘアブラシ、くし、剃刀、シャワー用のキャップ、歯ブラシ、ハンガー、衣類用のカバー
私たちの生活を便利にしようとして開発されたプラスチック。確かに私たちの生活になくてはならないものになりました。にも拘らず、まるで悪者扱いです。政府がこのような規制をするとは、どういう恩知らずなことなのでしょう。しかし、もちろんプラスチック側にも問題があるのですが。
プラスチックの何が問題なのか
プラスチックが引き起こす問題は大きく二つあります。
ひとつは、安価で大量に作られたプラスチック製品が安易に環境中へ廃棄されてしまうことです。廃棄されたプラスチック製品は雨や風で運ばれ、あるいは下水溝を通って流されて、川に流れ込み、やがて海に出て海面に浮遊します。海に出たプラスチックは海洋生物たちが食物と間違って食べると、消化器官を詰まらせ命を奪うことになります。
また、長期間海に漂ったプラスチックは次第に小さく砕け、直径5㎜以下のマイクロプラスチックと呼ばれるものになります。マイクロプラスチックもやはり生物に食べられて消化器官を閉塞させたり、体内に蓄積されたりします。また、このような海産物を我々人間が食べることによって、人体にも影響することが懸念されています。
もう一つの問題は、現在ほとんどのプラスチックが石油や天然ガスのような地下に埋蔵されていた有機物資源を原料としていることです。日本では使用済みのプラスチックの84%が回収されています。これは立派な事ですが、回収されたプラスチックの大半が実は焼却処分されているのです。プラスチックを焼却するとCO2が発生し、空気中のCO2濃度を増加させ、地球温暖化の原因となります。
プラスチックは廃棄されれば海洋に流出して海を汚染し、回収されれば焼却されて大気中のCO2濃度を増加させることになるわけです。
プラスチックとは何か
プラスチックは、炭素原子が数百個以上結合した細長い糸のような化学構造をしていています。分子が大きいので、高分子化合物と呼ばれます。このような高分子化合物はモノマーと呼ばれる比較的小さな分子をつなぎ合わせて作られます。そして、そのモノマーが多数繋がった状態がポリマーと言われます。
モノマーとしてどんな化合物を選ぶか、そのモノマーをどんな方法でつなぎ合わせるか、つなぎ合わせるモノマーの数をいくつにするかなどによって、私たちはいろいろな性質を持ったプラスチックを作ることができ、さまざまな用途に使うことができるのです。
例えば、レジ袋はポリエチレンで作られていますが、ポリエチレンはエチレンというモノマーをつなぎ合わせて作ります。プロピレンをモノマーとした場合はポリプロピレンといいます。これはCDケースや食品容器などに使われます。塩化ビニルをモノマーとして作られた高分子化合物がポリ塩化ビニル。通称塩ビ。これはパイプやビニールハウスに使われます。ペットボトルに使われるPET樹脂はエチレングリコールとテレフタル酸を交互につなぎ合わせて作られます。
生分解性とは何か
このような、私たちがプラスチックと呼んでいるもののほとんどは人工的に作られた高分子化合物です。しかし、高分子化合物は人工のものだけではなく、自然界にも様々な高分子化合物が存在します。
例えば、私たちが毎日食べているデンプンやタンパク質も高分子化合物です。デンプンは糖というモノマー、タンパク質はアミノ酸というモノマーが多数結合した高分子化合物です。衣類に使われる綿や麻、紙に使われる繊維質(セルロース)も糖が多数結合したものです。
私たちがでんぷんやタンパク質を食べると、消化酵素の働きによって分解されてモノマー、つまりデンプンの場合は糖、タンパク質の場合はアミノ酸になり、身体に吸収されて、筋肉や皮膚になったり、身体を動かすためのエネルギー源になったりします。
天然の高分子化合物が廃棄されるとどうなるでしょうか。この場合は、微生物が糖やアミノ酸に分解して、人間と同様にかれらの体を作ったり、エネルギー源にしたりします。そして最終的には、CO2と水になってしまいます。
このように、高分子化合物が微生物のような生命によって分解される性質を生分解性といいます。
しかし、プラスチックの多くは生分解されません。それは、微生物がプラスチックを分解する酵素を持っていないからです。生物は何億年もかかって進化してきました。この進化に伴って、生物はデンプンやタンパク質など天然の高分子化合物を分解してエネルギー源とする方法を発達させてきました。
しかし、人工的に作られたプラスチックは高々数十年の歴史しかありません。当然ながら、人間が作り出した新参者のプラスチックを分解する能力を微生物はまだ持っていないのです。
バイオプラスチックとは何か
2020年7月にレジ袋が有料化されたとき、例外規定が設けられました。つまり、今までどおり、タダで配ってもいいよというレジ袋です。その例外とは以下のとおりです。
① 厚みが50ミクロン以上のレジ袋
② 再生可能な植物由来の「バイオマス素材」を25%以上配合しているレジ袋
③ 海洋生分解性プラスチックの配合率が100%のレジ袋
このうち①はなんども繰り返し使うことができるので、海洋汚染の原因となったり、燃やされてCO2を発生させたりすることが少ないだろうということ。
②は植物が原料だから燃やしても空気中のCO2を増やさない。③は海に流れ込んでも分解されてしまうので海を汚さない。
ということが例外の理由になりました。②と③がバイオプラスチックというものです。恐らく、プラスチックスプーンなどの特定プラスチック12種類規制でもこのような例外が適用されるでしょう。
では、ここでバイオプラスチックとは何かについて、簡単に紹介したいと思います。一般のプラスチックは悪役になってしまいましたが、バイオプラスチックはヒーローになるかもしれません。
バイオプラスチックの定義
バイオプラスチックとは、「バイオマスを原料としたもの」および「生分解性を持つもの」のどちらか、もしくはその両方の条件を満たすプラスチックと定義したいと思います。
バイオマスを原料としたものというのは、そのプラスチックの原料の全部あるいは一部が動植物から得られたものであること。生分解性とは、環境に排出されたときに微生物によって、特定の期間にCO2や水、あるいは堆肥のような成分に分解されるものという意味です。
以上の定義から、バイオプラスチックはつぎの三つのタイプに分けられます。
タイプⅠ:原料がバイオマスであり、かつ生分解性を持つもの
タイプⅡ:原料がバイオマスであるが、生分解性がないもの
タイプⅢ:原料がバイオマスではないが、生分解性があること
バイオプラスチックの効用
タイプⅠとタイプⅢのバイオプラスチックは生分解性があるので、使用済みの物が海に流れ出したとしても、分解されてCO2や水に変わり、あるいは水溶性のものになって水に溶けてしまうので、海洋汚染の原因になりにくくなります。
タイプⅠとタイプⅡのバイオプラスチックは原料が主に植物です。植物は空気中のCO2を吸収して光合成によって体を作ります。その植物を使って作られたバイオプラスチックを燃やすとCO2が出てきますが、これはもともと植物が空気中から取り入れたものなので、空気中のCO2を増やしません。つまり温室効果ガスの排出を実質的にゼロ、すなわちカーボンニュートラルにすることができることになります。
※ただし、カーボンニュートラルなのは、バイオプラスチックを燃やした時に出るCO2だけで、バイオプラスチックを作るときや輸送するときに化石燃料が使われれば、その化石燃料から出てくるCO2はカーボンニュートラルではありません。
バイオプラスチックの例
バイオプラスチックにはどんなものがあるか、少し例をあげてみます。
・再生セルロース
再生セルロースは植物に含まれるセルロース(繊維)を原料としたプラスチックです。実はこの種のプラスチックは石油や天然ガスを原料とするプラスチックよりずいぶん前からありました。
綿や木材の繊維を硝酸と硫酸で処理して得られるニトロセルロースに樟脳を反応させると、プラスチックができます。これがセルロイドと呼ばれるもので、世界で最初の熱可塑性プラスチックと言われています。ただし、原料のニトロセルロースが火薬に使われるものであることから非常に燃えやすく、また劣化しやすいという性質があるため、現在では大規模に使われることはなくなっています。
また、木材チップや綿の繊維を水酸化ナトリウムと二硫化炭素で修飾するとビスコースというものが得られます。このビスコースを酸の中で引きだして糸状にしたものがレーヨン、フィルム状にしたものが、セロハンといわれるプラスチックです。
表 バイオプラスチックの分類
タイプⅠの例
タイプⅠは、バイオマス原料から作られ、かつ生分解性もあるプラスチックです。
例えばポリ乳酸(原料:炭化水素)はデンプンを発酵させて作られた乳酸をモノマーとし、この乳酸をエステル結合で重合させて高分子量にしたものです。タイプⅠにはそのほかに、ポリブチレンサクシネート(原料:炭水化物)やバイオポリウレタン(原料:植物油)、バイオポリアミド類(原料:植物油)などがあります。
タイプⅡの例
タイプⅡは原料としてバイオマスがつかわれますが、生分解性のないものです。例えば、ポリエチレンはエチレンを重合させたものですが、原料のエチレンは通常、石油から作られます。しかし、でんぷんや糖蜜などの糖類を発酵させてバイオエタノールを製造し、これを脱水してもエチレンを作ることができます。このエチレンを使ってポリエチレンにしたものがバイオポリエチレンです。そのほかにタイプⅡには、バイオポリプロピレンやバイオポリエチレンテレフタラート、バイオポリアミドなど、従来は石油を原料として作られていたプラスチックの原料をバイオマスに切り替えたプラスチックが含まれます。
タイプⅢの例
タイプⅢは、バイオマスが原料ではありませんが、生分解性のあるプラスチックです。例えば、ポリビニルアルコールは、ポリ酢酸ビニルを鹸化して作られ、ビニロンなどの商品名で販売されています。ポリ酢酸ビニルの原料はエチレンと酢酸から作られますが、一般にエチレンも酢酸も石油や天然ガスから作られますので、原料はバイオマスではありません。しかし、生分解性があり、一部の微生物によりCO2と水に分解されることが知られています。
プラスチックは便利なものです。でもその便利さがあだとなりました。大量生産、大量消費されることにより、プラスチックは海洋汚染や温室効果ガスの排出と言う問題を起こし始めたのです。それを解決する方法は、プラスチックの不必要な使用を減らすことや回収して焼却以外の方法でリサイクルすることが考えられますが、それだけでは不十分です。
問題の解決方法の一つとしてバイオプラスチックがあります。しかし、バイオプラスチックは、まだ製造コストが高く、場合によっては従来のプラスチックより性能が劣ることもあります。原料となるバイオマスをどのように確保するかの問題もあります。
一方で、海洋汚染の問題も大きく、気候変動問題も待ったなしの状況です。今後、バイオプラスチックの研究開発が進展し、私たちの生活の中に入り込み、プラスチック問題が緩和されていくことを期待したいと思います。
2022年1月3日