なぜ石油が使われてきたのか
以上述べてきたように、石油化学コンビナートではプラスチック、合成繊維、合成ゴム、塗料、洗剤など実に様々な化学製品が作られているが、その原料のほとんどは石油(原油)という単一の資源だ。石油以外の原料も使われないことはないが、量から言えば、ごく少量に過ぎない。
これらの化学製品に共通しているのは、すべてに炭素原子が含まれること。炭素は互いにくっつきあい、そのくっつき方によって様々なものに変身することができる。
例えば、炭素が1個のときはメタン。これは都市ガスの主成分だ。3個の時はお馴染みのプロパン。ガソリンは炭素が4個から10個くらいくっついていて、灯油、軽油、重油になるにしたがって炭素の数は増えていく。プラスチックや合成繊維などとなると、この炭素原子が1000個以上集まっている。
石油がこれらの化学製品の原料として使われるのは、石油に炭素が含まれているからだ。石油に含まれている炭素のつながりを一旦切って小さな分子にし、この小さな分子を再び編み上げて作られたのが石油化学製品なのだ。
例えていえば、古いセーターをほどいて毛糸にして、その毛糸を編んで手袋にするようなものだ。もちろん手袋でなくても靴下でも毛糸の帽子でもいい。編み方によっていろいろな物を作ることができる。それと同じで、炭素の編み方によって、さまざまな化学製品を作ることができるというわけである。
石油がコンビナートの原料として使われているのは、単純に言えば石油に含まれる炭素が欲しいからなのだ。石油は安価で、均質で、大量に入手することができる便利な炭素源として使われてきたのである。だから、石油でなければ化学製品は作れないというものではない。
さて、ここからが本題なのだが、今後、脱炭素化が進んで、石油を使ってはいけないということになればどうすればいいのか。答えは単純。石油以外に炭素を含むものを原料にすればいいのだ。ただし、石炭や天然ガスは使えない。同じ化石燃料だからだ。ここで提案しているバイオ化学コンビナートでは炭素源として石油の代わりにバイオマスを使おうということである。
バイオマス。つまり植物は成長するときにCO2を吸収する。このCO2と根から吸い上げた水を使って自分の体を作り上げてる。だからバイオマスの体には炭素がたっぷり含まれてる。これをうまく使えば、石油と同じように石油化学製品を作ることができるというわけだ。
ただ、バイオ化学コンビナートというからには、今あるコンビナートを破壊して新たに作るというのではなく、できるだけ生かした使い方をしたい。石油化学コンビナートの原料となる石油の部分をバイオマスに変え、あとはそのままというのが理想的なのだ。
バイオマスからナフサを作る
バイオマスからナフサを作る、つまりバイオナフサを作ることができれば、あとは既存のコンビナートをそのまま生かして石油製品を製造できる。つまり、今までの石油化学コンビナートは製油所で作られたナフサを使って、様々な化学製品を作ってきた。その根幹のナフサの部分をバイオナフサに置き換えてしまおうということである。
実はバイオナフサを作る技術は実用化されて、既に一部では使用されている。バイオナフサのメーカーとしてはフィンランドに本社を持つネステ社が代表的だ。
原料は大豆油やナタネ油、パーム油などの植物油だ。ネステ社はこの植物油を水素化分解という方法で処理して、主に再生可能ディーゼル燃料というものを作っている。この燃料は軽油の代わりにディーゼル車で使うことができる。この燃料を作るときに、副産物の形でジェット燃料やバイオナフサができてくる。
現在はネステ社の主製品は再生可能ディーゼル燃料であるが、将来バイオナフサの需要が多くなれば副産物という扱いではなく、バイオナフサが目的生産物の一つとなるだろう。現在は、バイオナフサの生産割合は小さいが、水素化分解をもっと過酷に行えば(例えば、分解温度を上げるとか、触媒を工夫するとかすれば)、バイオナフサの収率を今より増やすことができる。
わが国でも三井化学がネステ社からバイオナフサを輸入。すでに同社が持つナフサクラッカーでの処理を開始している。
バイオナフサの問題点は原料だ。原料としては大豆油、ナタネ油、パーム油など植物油が使われるわけであるが、現在は植物油を調理に使ったあとに発生する廃食用油の使用が奨励されている。しかし、廃食用油は量的にわずかしかないから、将来バイオナフサが本格化すれば廃食用油ではぜんぜん足りないことになる。将来は植物油の生産を増やしていくことが必要となるだろう。
バイオマスからエチレンを作る
現在の石油化学コンビナートでは、ナフサクラッカーという装置でナフサを分解してエチレンを作り、このエチレンを主原料として化学製品が作られている。このエチレンをバイオマスから作ろう、つまりバイオエチレンを作ろうという話だ。これが実現すると製油所だけでなく、ナフサクラッカーも必要なくなるが、それ以降のコンビナート内の工場群はそのまま活用することができる。
このバイオエチレンを作る技術もまた既に実用化されている。実用化したのはブラジルの化学会社ブラスケム社だ。原料はブラジルで大量に栽培されているサトウキビを使う。ブラジルではサトウキビを絞って得られる糖蜜を発酵させてバイオエタノールを作り、ガソリンに混ぜて自動車燃料として大量に消費されている。
このバイオエタノールから酸素と水素を取り除くことによって、バイオエタノールはエチレンに変わる。この反応を脱水反応というが、適切な触媒を選べば200℃程度の比較的温和な条件で進行するうえ、反応率も90%以上あって無駄が少ない化学反応なのだ。
いやちょっと待ってくださいよ、現在の石油化学コンビナートではエチレンだけではなく、ナフサを分解するときに同時にできてくるプロピレンやBTXも重要な化学製品の原料となっている。それはどうするのかという声が聞こえてきそうである。
実はそれも心配ない。バイオエタノールからエチレンを作るときに、うまく触媒を選ぶことによって、エチレンだけでなくプロピレンやBTXも同時に作ることができるのだ。その研究も進んでいる。
例えば、旭化成ではバイオエタノールを原料として一つのプロセスで、エチレンやプロピレン、ベンゼン、トルエンなどを作る技術を開発中で、2027年までの完成を目指すという。
バイオエチレンの場合も、問題は原料をどうするかだ。バイオエタノールはサトウキビだけでなく、トウモロコシや小麦、キャッサバ(ご存知タピオカの原料)などの農作物からも作ることができる。近年では草や木のようなセルロース系とよばれる材料を使ってバイオエタノールを作る技術も開発されているが、とりあえずはこれらの農作物を増産することが必要となるだろう。
プラスチックの原料は畑で作られる
石油はエネルギー源であり、かつ化学製品をつくるための原料つまり炭素源でもある。石油が使われなくなったとしても、エネルギーは太陽光や風力などの再生可能資源から得ることができる。しかし、プラスチックなどの化学製品は物質であってエネルギーではないから太陽光や風力では作れない。
脱炭素で石油を使ってはいけないとなれば、石油以外の炭素源を探さなければならない。その有力なものとして、ここではバイオマスを挙げている。今後、プラスチックなどの化学製品は植物油やトウモロコシ、サトウキビなどが原料となる。つまり石油化学コンビナートはバイオ化学コンビナートになって行くというわけである。
プラスチックや合成繊維、合成ゴムなどの化学製品はみんな石油から作られているというイメージが定着しているが、将来はこれらの化学製品は石油ではなく植物から作られることになる。原料は石油ではなく、畑で取れる農作物になり、原料を作るのは砂漠に住む石油王ではなく、畑を耕す農民ということになるのだ。
このようなバイオマス資源はプラスチックにするより食料にすべきだという声が相変わらず根強い。しかし、世界の人口増加率は年々下がりつつある。国連の最新の統計によると世界の人口増加率は1%を割っているから、ひところ言われた人口爆発の危険はもう去ったといっていいだろう。むしろ多くの国々で人口が増加から減少に転じているのだ。
今後は食料不足どころか食料余剰の時代になる可能性もある。そうなれば、食料を作る農業からプラスチック原料を作る農業へと、農業自体が転換していく可能性もあるだろう。
脱石油が進むとプラスチックは使えなくなるのか? バイオ化学コンビナートの提案(1)
2023年7月22日