世の中にはいろいろな種類のプラスチックがあふれているが、その中でも特に馴染みの深いものがペットボトルだろう。ペットボトルの原料はもちろん石油であるが、これを植物油、つまり天ぷら油から作るというプロジェクトが進んでいる。というか、もう実現しているという話を紹介したい。
今年1月10日、和歌山県はENEOS、花王、およびサントリーと包括連携協定を締結したと発表した。これは、一般家庭で調理済みで廃棄される天ぷら油や賞味期限の切れた食用油を回収して事業化しようというもの。
また、それに先立つ昨年の8月にはENEOSが三菱商事とサントリーがサステナブルペット樹脂のサプライチェーンを構築することで合意している。いずれも植物油からペットボトルを製造するプロジェクトに関連した動き。つまり、てんぷら油からペットボトルを作るプロジェクトは既に始まっているのだ。
ではどうやって植物油からペットボトルを作るのか。それを解説するまえに、そもそもペットボトルはどうやって作るのか。現在の作り方をまず紹介したい。
石油からペットボトルの作り方
プラスチックはよく原油から得られるナフサが原料だと言われることが多いが、実はナフサだけでなくガソリンを原料とするものもある。ペットボトルはナフサとガソリンの両方が原料となる。
まずナフサの方であるが、ナフサクラッカーという装置で分解されてエチレンという物が作られる。次にこのエチレンを酸素で酸化してエチレンオキシドという物にしたあと、さらに水と反応させてエチレングリコールというものにする。これがペットボトルの一方の原料だ。
もうひとつの原料はガソリンから作られる。ガソリンはリフォーマーという装置で改質するとキシレンという物ができる。キシレンにはオルソ、メタ、パラという三種類のものが混ざってできてくるから、この中からパラキシレンだけを抽出し、そのあと酸素と化合させてテレフタル酸にする。これがペットボトルのもうひとつの原料だ。
このエチレングリコールとテレフタル酸を脱水縮合という方法で、交互にいくつもつなぎ合わせるとポリエチレンテレフタラート(PET樹脂)というプラスチックになる。これを成型してボトル状にしたものがペットボトルだ。
以上が石油を原料とした場合のペットボトルの作り方。ちょっと面倒くさいやり方だが、大量に作ればコストは安くなる。ではどうやって石油じゃなくて植物油からペットボトルをつくるのだろうか。
天ぷら油からのペットボトルの作り方
まず、原料となる植物油だがナタネ油とか大豆油とかオリーブ油とか様々な種類がある。しかしどの植物油でもペットボトルは作ることができる。なぜなら、植物油の成分はみな同じで脂肪酸グリセリドというものだからだ。
脂肪酸グリセリドは脂肪酸とグリセリンからできている。脂肪酸というのはオレイン酸とかリノール酸とかいわれるもので、名前は聞いたことがあるだろう。DHAとかEPAとかあるいはオメガ3とかいわれる健康食品も脂肪酸の仲間である。
また、グリセリンの方には肌にうるおいを持たせるという性質があるので、化粧品などに使われている。石油に比べると植物油はなんとなく体にいいというイメージがある。この植物油からペットボトルを作ってしまおうというのが、このプロジェクトだ。
さていよいよ植物油をペットボトルにする方法を解説しよう。
それは、まず植物油に水素を添加することから始まる。水素を添加すると植物油が脂肪酸とグリセリンに分かれ、さらに脂肪酸はHVO(水素化植物油)というものになり、グリセリンの方はプロパンになる。プロパンとは家庭用の燃料に使われるプロパンガスと同じものである。
ペットボトルの原料となるのはHVOの方だ。このHVOの化学式は実は石油とはほぼ同じものだ。だから石油と同じような使い方ができる。
石油の場合、原油を輸入して製油所で蒸留という方法によってガソリンやナフサ、灯油、軽油などに分けられる。HVOも原油の場合と同様に、蒸留によってナフサや灯油、軽油に分けられる。
このうち、軽油分はディーゼル車の燃料として使うことができる。灯油分の用途は主に航空機用のジェット燃料だ。これはSAF(持続可能航空燃料)といわれる燃料で、今たいへん注目を浴びている燃料だ。そして、ナフサとガソリン留分を合わせてバイオナフサとよんでいる。このバイオナフサがペットボトルの原料となる。
ではどうやってバイオナフサからペットボトルを作るのか。これは簡単で、いままで原料としていたナフサやガソリンを単純にバイオナフサに代えてやればいい。今までペットボトルを作っていた工程や製造設備を変える必要はなく、原料がバイオナフサに代わるだけなのだ。
まずバイオナフサを買ってくる
ENEOSがやろうとしているのは、まず、このバイオナフサを買ってくることだ。すでにフィンランドのネステという会社が、植物油を原料としてバイオナフサを作っているから、ENEOSはこれを買ってくる。
そしてこれを原料として岡山県にある水島製油所のパラキシレン製造装置を使ってパラキシレンを製造する。つまりバイオパラキシレンだ。これができれば、それ以降は、今までと同じサプライチェーンに流してやれば、バイオパラキシレンがバイオテレフタル酸となり、これに石油から作られたエチレングリコールと重合させてPET樹脂にして、ペットボトルが作られることになる。
おや、ちょっと待ってくださいよ。ペットボトルの原料にバイオパラキシレンが使われるのはわかるけど、もう一方の原料のエチレングリコールの原料は石油じゃないか。と異議を唱える人もいるかもしれない。
これはそのとおりだ。この方法だと純粋に植物油からペットボトルを作ったとは言えない。大体、製品の70%くらいが植物油起源ということになる。さらにサプライチェーンの過程で、石油から作られたパラキシレンやテレフタル酸が混ざってしまうかもしれない。
このような場合にはマスバランス方式という手法が使われる。バイオナフサの投入量に応じて、製造されたペットボトルの一部を植物油から作られたとみなす方法である。このあたりはサプライチェーン全体のマネジメントをやることになっている三菱商事がうまくマスバランスを計算してくれるだろう。
ENEOSは2023年中に、ペットボトル3,500万本に相当するバイオパラキシレンを製造し、最終的にはサントリーの飲料用ペットボトルとして今年(2024年)から活用される予定となっている。3,500万本といえば半端な量ではない。試作とかテストとかいうのではなく実用段階と言えるだろう。
バイオナフサを和歌山で作る
ENEOSは実はもうひとつ別のプロジェクトを進めている。
これは、ネステ社がやっているような植物油に水素を添加する装置を日本に作ってしまおうというのだ。ENEOSはこれをフランスの石油会社トタルエナジーズという会社と共同で進めようとしている。設備の設置場所は和歌山だ。
ENEOSは和歌山に製油所を持っていたのだが、昨年10月から操業を停止している。この製油所跡地に植物油の水素添加装置を作ってしまおうというのだ。
和歌山製油所は操業を停止したとはいえ、まだタンクや桟橋、ボイラー、受変電装置などお金のかかる設備が残っているはずである。製油所内にある水素化脱硫装置という設備を改造すれば植物油の水素添加装置に転用できるかもしれない。何もないところに一から新しい設備を作るより圧倒的に有利なのだ。
これは地元、和歌山の経済を活性化させる効果もあるし、雇用も生まれるだろう。和歌山製油所は関空が近いから植物油から作ったバイオジェット燃料、つまりSAFを関空に持ち込んでジェット機の燃料とすることもたやすいだろう。冒頭述べたように和歌山県がENEOSらと協定を結んだのはこういう経緯があるからだ。
このプロジェクトでの主製品は実はペットボトルではなくてSAFで、年間30万トンの製造を予定している。しかし、SAF製造時にはバイオナフサもできるだろうから、ペットボトルを作ることも当然、視野に入っているはずだ。
和歌山で作ったバイオナフサを岡山の水島製油所に送ってバイオパラキシレンを製造すれば、それからペットボトルを作るルートはできているのだから。
なぜ天ぷら油からペットボトルを作るのか
ENEOSは一社で日本の一次エネルギーの約15%(石油、天然ガス)を供給しており、そのエネルギーを使用することによって発生する温室効果ガスの量は年間約2.1億トン(日本全体で約12億トン)に達する。
ENEOSはこれを2030年までに46%削減、さらに2050年までにカーボンニュートラルを目指すという目標を掲げており、この天ぷら油からペットボトルを製造するプロジェクトもその一環といえるだろう。石油会社といえども、脱石油に向かわなくてはならないという世の中になっているのだ。
今後、植物油を使ったSAFやペットボトルのようなプラスチック製造の量が増えてくれば、廃食用油や期限切れ食用油では足りなくなるだろう。そのときはどうするか。日本あるいは世界で植物油などのエネルギー資源を作る農業が盛んになり、農業が石油産業に代わる産業になっていくなら面白い。
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