2030年日本のガソリンが変わる E10ガソリンの導入であなたの愛車は大丈夫か

愛車は大丈夫なのか

前回の記事で、政府がバイオエタノールを10%添加したガソリン、すなわちE10ガソリンの導入方針を決めたことを伝えた。世界ではガソリンにバイオエタノールを添加することは普通に行われており、むしろ日本は遅いくらいだ。日本には農業振興というインセンティブはないものの、気候変動対策としてE10導入が検討されているわけだ。

しかし、バイオエタノールを混合したガソリンを使って車に何かトラブルは起きないのだろうか。結論から先に言えば、バイオエタノールは海外でもすでに豊富な導入実績があるのだからそれほど心配する必要はない。ただし、カーメーカー側でも燃料供給側でも、さらにユーザー側でもそれなりの対応が必要である。

実はバイオエタノールをガソリンに添加すると以下のような問題が起こることが知られている。

  • 一部の自動車部品に悪影響を及ぼす
  • 蒸気圧が上昇する
  • 燃費が悪化する
  • 添加したバイオエタノールが水に溶ける

そして、逆に次の利点もある。

  • オクタン価が向上する

その問題のひとつひとつについて確認していこう。

自動車部品への影響

特に気になるのがパーツへの影響だろう。バイオエタノールにはアルミなどの金属を腐食したり、ある種のゴムを膨潤させたりする作用があることが知られている。バイオエタノール先駆者であるブラジルでも導入初期にはいろいろなトラブルが発生したという。そのためカーメーカーと石油会社が協議しながら少しずつバイオエタノールの混合割合を増やしていったという歴史がある。

日本でも、以前、高濃度アルコール燃料というものが市販されて問題になった。これはガイアックスなどという名称で販売され、マスコミでも取り上げられたので覚えておられる方もいらっしゃるだろう。ガソリンに50%以上のアルコールやエーテル類を混ぜて、これはもはやガソリンではないという理由でガソリン税を払わずに、その分安売りをした燃料である。

しかし、このような燃料を使うと一部の車種で故障や事故が多発。走行中に火災が発生するという危険な事故も発生したため販売が禁止されることになった。このような事件が起こったことも日本でE10の採用を遅らせる原因のひとつとなったのかもしれない。

なお、この事件がきっかけとなって日本のガソリンに添加されるバイオエタノールの割合は3%以下に制限されることになったのである。

ただ、カーメーカー側でバイオエタノールに耐性のある材料を選んで製造すれば、バイオエタノールを含むガソリンでも使用が可能になる。実際、将来のE10採用をにらんで、かなり早い時期からE10対応車を製造しているカーメーカーもある。このようなE10対応車ならE10を使用しても問題は起こらないということだ。

蒸気圧が高くなる問題

ガソリンは揮発油と呼ばれるように、揮発つまり蒸発しやすい物質である。この蒸発のしやすさは蒸気圧という数値で表すが、蒸気圧は高すぎても低すぎても車の運転に影響を及ぼす。このため、蒸気圧は、あまり一般には知られていないことであるがガソリン製造時に厳格に管理されている大切な品質なのである。

蒸気圧が高くなると夏場はべーパーロックを起こしやすくなり、エンジンに燃料が届かず息継ぎを起こすようになったり、エンジンが止まったりする。また、光化学スモッグの原因にもなるので、近年はできるだけ低くするよう少しずつ規格が改訂されてきた。

しかしながら、バイオエタノールはそれ自体の蒸気圧は高くないのだが、ガソリンに添加すると蒸気圧が急激に上昇するという不思議な現象がおきることが知られている。これを防ぐためにはバイオエタノールを添加するガソリン自体の蒸気圧を規格より低くしておき、バイオエタノールを混合したときにちょうど規格に入るようにしておく。これは石油会社が責任をもってやるべきだろう。このようなガソリンをBOB-Cあるいはサブオクタンガソリンと言っている。

燃費の悪化

1kgのバイオエタノールを燃やした時に発生する熱エネルギーは26.8kJ (キロジュール)であり、これはガソリンの44.0kJに比べて6割程度しかない。このため同じ量の燃料でもバイオエタノールを使ったときの走行距離はガソリンに比べて大幅に低下することになる。これはバイオエタノール本来の性質であるから、残念ながら改善することはできない。

といってもE10 はわずか10%しかバイオエタノールは含まれていないので、燃費の悪化はそれほど気にならないかもしれない。ただ、今後E20やE100などが導入されるようになれば、燃費の悪化はかなり顕著となっていく。

添加したバイオエタノールが水に溶けるという問題

ガソリンは水に溶けないが、バイオエタノールはどんな割合でも水に溶ける。ガソリンを貯蔵するタンクは意外と水が混入することがあるのだが、通常のガソリンの場合は水が入っても底に溜まるだけで、ガソリン自体の品質に影響はない。

しかし、E10の場合は貯蔵タンクに水が入るとその水の中にバイオエタノールだけが溶け込んでしまい、ガソリン部分はE10ガソリンがE8になったりE5になったりする恐れがある。あるいは将来E100やE85になれば、水は分離せずにいくらでも溶け込んでしまうから、水で薄めた不正燃料が横行するかもしれない。

オクタン価が高いという利点は?

バイオエタノールはオクタン価が111もあり、市販のハイオクガソリンよりも高いくらいである。これは車にとっていいことのように見えるが、実はあまり意味はない。なぜなら、オクタン価が低くなるとノッキングを起こすようになり問題であるが、逆にオクタン価が要求値より高くても燃費が良くなるわけでも、パワーが出るわけでもないからである。

蒸気圧を調整するためにバイオエタノールと混合するガソリンとしてBOB-Cが使われると書いたが、このBOB-Cは実はオクタン価も低めに調整されており、バイオエタノールを混合することによって、オクタン価が規格に入るようになっている。だからE10になったからといってオクタン価が上がるというわけではない。

じゃあオクタン価が高いことは何の利点もなにもないかというとそうでもない。製油所ではガソリンのオクタン価を上げるために大量のCO2 を排出しているから、BOB-Cのオクタン価が低ければ、それだけ製油所内でのCO2排出量が減ることになる。

つまり、E10ガソリンのオクタン価は通常のガソリンと同じオクタン価になるように調整して販売されることになるだろう。だから消費者にとっては何のメリットもないわけであるが、製油所でBOB-Cを作るときにCO2排出量が減るので、ちゃんと気候変動対策になっているのである。

対策

E10は単純にガソリンに10%のバイオエタノールを添加すればできるというものではない。以上述べたような問題がおこらないように、その対策を講じなければならない。

バイオエタノールが部品に悪影響を与えるという問題については、自動車側でそれに対応した車両を提供することが必要であり、消費者側は自分の愛車がE10に対応しているか確認する必要があるだろう。

蒸気圧が上がるという問題については、石油会社はバイオエタノールを混合することを前提として品質調整したガソリンBOB-Cを提供しなければならない。また、バイオエタノールが水に溶けるという問題については、流通業者はできるだけ水が混入しないように注意を払う必要がある。

燃費が悪化するという問題は残念ながら、ガソリン並みに燃費を良くすることはできないから、販売価格で調整ということになるのではないだろうか。よく、マスコミではブラジルやアメリカで売られているバイオエタノールがガソリンより安いと驚いたように報道されていることがあるが、バイオエタノールはガソリンより燃費が悪いので、その調整のため値段が下げてあるということだ。

以上のような対策が必要とはなるが、米国やブラジルではすでに長年に渡って大量のバイオエタノール混合ガソリンが販売されている。だから日本でもそれに倣えば、E10 を導入しても問題はないだろう。もしE10を使ったことが原因で自動車に対して何らかのトラブルが発生するようなら、E10ガソリンは信頼を失ってしまうことになるから、消費者に心配を与えないようにE10導入は慎重に進められることになるだろう。

現状と今後

現在、日本でもガソリン用としてバイオエタノールが使われていることをご存じだろうか。実は経済産業省は日本の石油会社に年間50万KL(原油換算)のバイオエタノールを輸入してガソリンに混合して使用することを義務付けているのだ。

日本の石油会社はバイオエタノールを輸入し、これを石油精製工程でできるイソブテンという物質と化合させてETBE という物質にしてガソリンに添加している。 ETBEはいわばバイオと石油のハイブリッド燃料である。

日本の石油会社がバイオエタノールを直接混合しないでETBE方式を選択しているのは、バイオエタノールをガソリンに添加した時の煩わしい問題点がETBEにはほとんどないからである。

ガソリンをガソリンスタンドで購入すると、それがETBE入りのガソリンだという可能性は十分あるのだが、それに気づく人はまずいないだろう。それくらいETBEはガソリンになじんでいて違和感がないのである。

しかし、今後バイオエタノールの割合を増やそうとするならETBEの製造能力からも、原料のイソブテンの量からも実現はむつかしくなってくる。だからいろいろ問題はあっても対策を取りながらバイオエタノールは直接ガソリンに混合することになるだろう。

つまり、ETBEを口に甘いカクテルとすれば、バイオエタノール直接混合はウイスキーのストレートという感覚だ。日本も甘いカクテルは卒業してストレートでいきなさいという話である。

最近、イギリスやフィリピンでもE10ガソリンが導入されている。特にフィリピンでは日本のカーメーカーがその導入を全面的に支援したという。日本においてもこれからカーメーカーと石油会社が協力して、消費者に迷惑が掛からないようにE10、さらにはE20が導入されていくことになるだろう。

2025年1月12日*6