バイオディーセルはなぜ成功したのか―作り方が石鹸と同じだったから

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バイオディーゼルは石油代替として成功?

1970年代に起こった石油ショックを契機として、世界中で様々な石油代替燃料の開発が行われてきました。しかしながら、その開発計画の多くが失敗、あるいはわずかな量が使用されているだけで、一般には普及しませんでした。

その中で、バイオエタノール(ETBEを含む)とバイオディーゼルは石油に代わる自動車燃料として、世界中で大量に使われており、これは成功と言っていいのではないでしょうか。

今回は、バイオディーゼルに焦点を当て、なぜバイオディーゼルが成功したのか、その謎について製造技術の面から検討してみたいと思います。

自動車用バイオ燃料にはバイオエタノール(ETBEを含む)とバイオディーゼルがあります。このうち、バイオエタノールはサトウキビやトウモロコシのような糖やデンプンを原料として作られ、ガソリンの代わりとして用いられています。これに対し、バイオディーゼルは植物油や動物油のような油脂を原料として作られ、軽油の代わりにディーゼル機関で使われています。

実をいうと、日本ではバイオディーゼルはあまり普及していません。例えば、京都市では市内の廃油を回収してバイオディーゼルにして市内の清掃車やバスの燃料としていますし、民間企業でも廃油を原料としてバイオディーゼルにして販売しているところがあります。
しかし、その量は日本全体の軽油の消費量に比べればごくわずかに過ぎません。

一方、世界に目を向けると、例えば欧州ではナタネ油や大豆油、パーム油などを原料として年間1,350万トンのバイオディーゼルが作られていますし、アメリカやブラジルでは国内で生産される大豆油を使って、それぞれ年間670万トンと450万トンも製造されているのです。

バイオディーゼル成功の理由は作り方が石鹸と同じだったから

さて、ここからが本題。なぜバイオディーゼルが代替燃料としてこんなに成功したかという話です。もちろんその理由は一つではなく、いろいろと考えられるでしょう。例えば各国政府の積極的な誘導政策であったり、原料の植物油が比較的大量に入手できるということであったり、特に欧州ではディーゼル乗用車の普及率が高いということだったり、などなど。

しかし、最も大きな成功要因は、バイオディーゼルの製造方法が石鹸の作り方と、ほぼ同じだったということではないでしょうか。

では、なぜ、作り方が石鹸と同じだから、それが原因でバイオディーゼルが成功したと言えるのか。そう疑問を持たれる方もいらっしゃるでしょう。それは、次の理由によります。

① バイオディーゼルの製造方法が石鹸製造技術の一部として既に完成していた
② 既存の石鹸工場を改造もしくは同様の工場をコピーして建設することにより、容易に量産体制を整えられた
③ 原料の調達から製造、廃棄物処理に至る生産ノウハウの大部分が石鹸製造から流用することができた

ですから、バイオディーゼルを作ろうとすれば、既存の石鹸工場を使って、あるいは石鹸工場をコピーして、簡単に大量生産することができたでしょう。大規模プロジェクトにありがちな不確定要素や投資リスクが非常に少なかったわけです。

では、石鹸産業のどのような技術が使われたのか、具体的に解説してみたいと思います。

なぜ植物油そのままではいけないのか

ディーゼル機関を発明したのはルドルフ・ディーゼルですが、かれが最初に使った燃料は、実はピーナッツオイルでした。つまり、面白いことにディーゼル機関の最初の燃料は植物油だったわけです。

その後、石油産業が勃興した結果、原油から作られた軽油が安くて大量に手に入るようになり、ディーゼル機関の燃料として使われるようになりました。

そのため、ディーゼル機関は軽油を使うことを前提に設計され、改良されていったわけで、その結果、現在のディーゼル機関では植物油をそのまま燃料として使うことは困難となっていきました。

では植物油と軽油はどこが違うのでしょうか。
一番大きな違いは、その粘度、つまり粘り気です。植物油はべとべとした感じがしますが、軽油はさらっとしています。つまり、軽油は植物油に比べて粘度が小さい。実はディーゼル燃料としては、このことが重要なのです。

ガソリンエンジン(オットーエンジン)の場合、燃料のガソリンやバイオエタノールは、シリンダーに送られる前に、揮発させて気体にしてから空気と混ぜられます。その結果、燃料は空気とよく混じり合っていますから、点火プラグで点火すれば、均一に燃えてくれます。(予混合燃焼)

一方、ディーゼルエンジンの場合は、まず、空気だけがシリンダーに送られ、空気が圧縮されてから、燃料の軽油がシリンダー内に吹き込まれます。吹き込まれた燃料はシリンダー内で小さな粒になり、空気中の酸素と接触した部分から順次、自然発火して燃焼していきます。(拡散燃焼)

このとき、シリンダーに吹き込まれた燃料は、できるだけ小さな粒にする必要があります。粒が小さいほど酸素との接触面積が増えて酸素と反応しやすくなるからです。逆に粒が大きいと、酸素と接触した粒の表面だけが燃焼し、粒の内部まで燃えないで排出されることになります。

最近はあまり目にしませんが、以前はトラックやバスの排気管から真っ黒な排気ガスが出ていることがありました。これは軽油の一部が燃焼せずに炭素の粒となって排出されているのです。このような現象が起こると大気汚染の原因になるだけでなく、燃料が完全に燃えていないわけですから燃費も悪くなってしまいます。

燃料をできるだけ小さな粒にしてシリンダーに噴射するには、燃料ポンプで高圧に加圧して噴射ノズルから勢いよく噴射させることになりますが、このとき燃料の粘度が大きすぎても小さすぎてもうまく噴射することができません。

あるいは、噴射できたとしても設計どおりの細かい粒にはならなかったり、不均一になったりすることになります。

ですから、植物油をディーゼル機関の燃料とするには、なにか工夫をして、軽油と同じくらいの粘度にしなければなりません。逆に言えば、植物油も粘度さえ軽油なみに下げてやれば、ディーゼル燃料として使えると言うことなのです。(だって、最初のディーゼル機関は植物油を使っていたのですから)

どうすれば植物油の粘度を下げることができるのか

では、どうすれば植物油の粘度を下げることができるのでしょうか。

「そんなの簡単だ、植物油をメチルエステル化してやりゃいいんだぜ」
恐らく、石鹸工場の技術者がそう言ったかもしれません。

石鹸工場では、植物油を一旦、メチルエステルという化合物にして、それから石鹸にします。(石鹸製造法はそのほかの方法もあります)そのメチルエステルは植物油より粘度が小さく、ちょうど軽油くらいの粘度なのです。

だれかがそれに気がついたのでしょう。(石鹸工場の技術者かもしれませんし、油脂を専門とする化学者かもしれません)
「いいこと思いついたぜ、これで植物油から石油代替品が作れる!」

このように植物油をメチルエステルにしたものが、バイオディーゼルという名称で売り出され、世界中に普及していったというわけです。

植物油はなぜ粘度が高いか

植物油は軽油に比べて、なぜ粘度が高いのでしょうか。それは、分子の大きさや形が軽油と違うからです。

植物油の分子の形は次の図のようになっています。植物油は炭素と酸素と水素からできています。(この図では水素を省略して、炭素と酸素の骨組みだけを示しています。)

この分子の形のうち、右側の炭素が3個並んだ部分がグリセリンと呼ばれる部分。左側の炭素がいくつも鎖状に並んだ部分が脂肪酸と呼ばれる部分です。グリセリンと脂肪酸は酸素で結ばれています。この酸素で結ばれた部分をエステル結合と言います。

植物油には、ナタネ油や大豆油、パーム油、ゴマ油、オリーブ油などいろいろな種類がありますが、みんな基本的には同じ形をしています。ただ、脂肪酸部分の炭素の数や二重結合の数が少し違うだけなのです。

植物油は炭素原子の数が全体でだいたい50個から60個。それに酸素原子が6個くっついていて、全体の分子の重さを表す分子量は800程度になります。

これに対して軽油は、だいたいこんな分子の形をしています。

軽油分子は植物油の脂肪酸部分に近い形をしていますが、炭素と水素だけからできていて、酸素原子はもっていません。(図では水素を省略しています。)また、脂肪酸は炭素が直線状に並んでいるのに対して、軽油分子は炭素の鎖が枝分かれしている場合があります。

軽油は炭素原子の数が10個から20個で、分子量は140から280です。

このように植物油の方が軽油より分子の大きさが大きく、形状も複雑です。そのため、互いに引き合う力(分子間力)が大きく、また、分子同士が互いに絡み合ってしまいます。

その結果、植物油の方が軽油に比べて分子と分子の間が滑りにくい。そのため流動しにくい。つまり粘度が高い。べとべとしているということになります。

では、植物油の粘度を下げるにはどうすればいいか。植物油の分子をところどころ切ってやって、分子を小さくしてやればいいのです。その方法のひとつがメチルエステル化という方法というわけです。

石鹸はどうやって作るか

石鹸は比較的簡単に作ることができます。一番簡単な作り方は植物油(動物油を使われることもあります)に水酸化ナトリウムなどのアルカリを適量加えて、加熱するだけです。

ちなみに原始時代には、焚火であぶった獣の肉から滴り落ちた油脂がアルカリ性の灰の上に落ちて自然に石鹸ができたと言われています。そのくらい簡単に作ることができます。

石鹸の工業的な製法としては釜炊き法や中和法など、いくつかの方法がありますが、大量生産に適した方法としてエステルけん化法という方法があります。

この方法は、まず油脂にメタノールと、触媒として水酸化ナトリウムを少量添加して加熱します。するとエステル交換反応という化学反応が起こって、脂肪酸メチルエステルというものができます。

これを化学式で見てみましょう。

植物油のエステル結合部分は切れやすく、切れるとグリセリンが分離されます。そして、切れたところに、メタノールが新たにエステル結合を形成します。これが脂肪酸メチルエステルというものです。

この反応では、植物油1分子に対してメタノール3分子が新たに結合エステル結合して、脂肪酸メチルエステルは3個できることになります。また、もともと脂肪酸に結合していたグリセリン部分は分離され、1個のグリセリンになります。

つまり、植物油はメチルエステル化によって、3個の脂肪酸メチルエステルと1個のグリセリンに分解されるわけです。

こうやって作られた脂肪酸メチルエステル1分子は炭素の数が15個から20個、酸素原子を2個含み、分子量は280程度となります。これは軽油とほぼ同じ大きさです。

こうやってできた脂肪酸メチルエステルは、副生するグリセリンや未反応の油脂とメタノールから分離、精製されたあと、再び水酸化ナトリウムを加えて加熱すると、鹸化という化学反応が起こって脂肪酸ナトリウムいうものができます。これが石鹸です。

バイオディーゼルは、石鹸製造工程で鹸化を起こす前の状態、つまり脂肪酸メチルエステルという半製品を取り出して、バイオディーゼルという新しい名前を付けた製品というわけです。

つまり、バイオディーゼルは全く新しい製品を作ったというわけではなく、石鹸を作るときに、途中で出てくる半製品を別の用途(つまり燃料)に使ったということなのです。

ですから、冒頭述べたように、既に完成した技術を使って既存の石鹸工場でも製造することができました。これが、バイオディーゼルが成功した大きな理由だと考えられます。

バイオディーゼルの限界

しかしながら、バイオディーゼルは、もともと軽油の代わりを目指して作られたものではありません。そのため、ディーゼル燃料として使うときにはいろいろと性能上の問題があるのも事実です。

この点について、最後に述べておきます。

変質しやすい
脂肪酸部分は炭素が鎖状に連なっていますが、炭素と炭素が二重結合でつながっている部分があるため、この部分が空気中の酸素と反応します。つまり酸化反応です。このため、貯蔵中に変質したり、沈殿物ができたりします。

グリセリンができる
製造工程で示したように、グリセリンが副生します。これを完全に除去しないとディーゼル機関が故障する原因になってしまいます。一時、国内でも手作りでバイオディーゼルを作る個人や企業がありましたが、グリセリンの除去不足が問題になったことがありました。また、除去したグリセリンをどう処分するかの問題もあります。

完全なカーボンニュートラルではない
バイオディーゼルの製造にはメタノールが使われますが、メタノールは天然ガスから作られています。原料の植物油部分はカーボンニュートラルですが、メタノール部分はカーボンニュートラルではありません。

燃費が悪い
これはあまり大きな問題ではないかもしれません。バイオディーゼルには酸素原子が含まれていますが、酸素は燃えません。燃えるのは炭素の部分です。そのため、酸素を含まない軽油と同じ量で比較すると、バイオディーゼルは含まれる酸素の分だけ燃焼エネルギーが小さい。つまり燃費が悪いということになります。

まとめ

以上、バイオディーゼルが成功したのは、既に石鹸製造という技術があったからという話をしてきました。技術というものは、ある日突然、画期的なものが出るわけではなくて、それまでの様々な経験の積み重ねから生まれるもののようです。

ちなみに、上に挙げたバイオディーゼルの問題点については、第二世代バイオディーゼル技術の開発によって解決されようとしています。今話題になっているユーグレナ社のバイオディーゼルも第二世代と思われます。

ただ、第二世代バイオディーゼル技術も突然出てきたわけではなく、それまでの石油精製技術の活用という側面が強い技術です。

2020年9月21日

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