水素は本当に夢の燃料か? 過度な期待は禁物だ

最近、「これから水素社会を作っていこう」という掛け声が政府や企業やマスコミから聞こえてくる。

水素は燃やしてもCO2が発生せず、枯渇せず、燃やした時の発熱量が高く、貯蔵したり輸送したりすることもできる。いいことずくめの夢の燃料とか究極のエネルギー源とか言われたりする。

本当にそうだろうか。ここでは「夢の燃料」水素について事実はどうなのかということについて議論してみたい。

1.水素が夢の燃料であるという根拠

まず、政府や企業、マスコミが掲げる、水素が夢の燃料あるいは究極のエネルギー源であるという根拠は、主に次のような項目であろう。

① 水素は燃やしてもCO2を出さない。出てくるのは水だけ
② 水素は無尽蔵に作り出せ、枯渇しない
③ 水素は発熱量が高く、燃焼効率が良い
④ 水素は貯蔵、輸送が可能

これについて、少し詳しく見ていきたい。

2.水素は燃やしてもCO2を出さない?

「水素は使用時に燃やしても水になるだけでガソリンや天然ガスのようにCO2を排出しない」

これは確かに間違いではない。しかし、それなら電気も同じ。使うときにはCO2を排出しない。しかし、電気は発電所で電気を作る時にCO2 を出すことは多くの人が知っているだろう。

日本の電気の多くは火力発電所で石炭や天然ガスなどの化石燃料を燃やして作られている。化石燃料を燃やせばCO2が出る。だから電気は使うときにCO2が出なくても、作るときにCO2が発生する。
水素も電気と同じで、使うときにCO2が発生しなくても、作るときに発生する可能性があるのだ。 (グリーン水素でなければ意味がない―環境省の水素ステーションは地球に優しくなかった  参照)

では、水素はどうやって作るのか。このときCO2は出ないのだろうか。水素を作る方法としては、主に水蒸気改質法、部分酸化法、電気分解法という3つの方法がある。

水蒸気改質法

現在、最も普及しているのは水蒸気改質法と呼ばれる方法だ。この方法は天然ガス(主成分:メタン)や石油に水を高温で反応させて作られる。水を水蒸気の形にして反応させるので水蒸気改質法といわれる。
メタンを原料とした場合の水蒸気改質法の反応式は次のとおりである。

水蒸気改質反応

また、この反応で出てくるCO(一酸化炭素)は有毒ガスなので、そのまま捨てるわけにはいかない。それでさらに水を反応させてCO2と水素にして、この反応でも水素を作り出す。この反応を水性シフト反応というが、このときCO2が排出される。

水性シフト反応

この化学反応式でわかるように、水蒸気改質法では石油や天然ガスが持っている水素を取り出すだけでなく、一部は水(水蒸気)を分解することによって水素が得られる。水という物質は超安定だから、これを分解するには多くのエネルギーが必要になる。

だからこの反応を起こすには、外部からエネルギーを熱の形で供給してやらなければならない。この熱も石油や天然ガスを燃やして得ているので、これによっても大量のCO2が発生する。

部分酸化法

天然ガスや石油、石炭を完全燃焼させるとCO2と水になってしまうが、不完全燃焼(部分酸化)をおこさせると一酸化炭素(CO)と水素になる。部分酸化法はこの不完全燃焼を利用したものである。重質油や石炭を原料にしたときの部分酸化法の反応式は次のとおりである。

部分酸化反応

この反応でも有毒なCOが出てくるので、水性シフト反応をつかってCO2に転換して排出される。このときCO2が排出される。

電気分解法

電気分解法は水に電極を突っ込み、その電極に電圧をかけることによって水が分解されて水素と酸素になる。プラスの電極付近では酸素が、マイナスの電極付近では水素が発生する。この方法は水素を作る3つの方法のうち、唯一水素を取り出す工程でCO2が発生しない。

ただし、電気分解法では電気を消費する。この電気を火力発電所で作れば、発電所でCO2が発生することになるのは説明したとおりだ。

CO2を排出しない水素製造方法

電気分解法で使用する電力を火力発電所で作らず、原子力や太陽光、風力、バイオマスなどの再生可能エネルギーを用いて作った場合は、CO2を発生しない水素ということになる。(再生可能エネルギーから作られた水素はグリーン水素といわれる)

また、水蒸気改質法や部分酸化法で発生したCO2を回収して地下深くに貯蔵した場合は、CO2が発生しないわけではないが大気中に排出されない。この方法はCCSとよばれる。(CCSを使った場合の水素はブルー水素といわれる)

しかし、 CCSは結局、発生したCO2を捨ててしまうわけで、ごみの廃棄でも問題となっているように、将来は捨てる場所がなくなってしまう懸念がある。原子力でも核廃棄物をどう廃棄するかという問題が未解決である。CCSでも原子力でも、やがて限界が来るので、サステナブル(持続可能)とはいえないだろう。

上記のように、水素はCO2を排出しないのではなく、その製造段階から考えると再生可能エネルギーを使って電気分解法で作られた水素に限り、CO2を発生しないという条件付きになる。どんな作り方をした水素でもCO2を排出しないというわけではない。

3.水素は枯渇しない?

水素は水を電気分解して作られる。水は海に行けば無尽蔵にあるじゃないか。これが「水素は枯渇しない」という言い分である。これも表面的にはそのとおりである。水は水素と酸素の化合物(H2O)であるから、水に含まれる水素は確かに無尽蔵にある。( 水素は海水からとりだせば無尽蔵のエネルギー源になる?  参照)

ただし、水や海水はそれ自体がエネルギー源ではない、水を電気分解して得られる水素分子(H2)の形になって初めてエネルギーを持っているといえるのである。では、電気分解に必要な電気はどうするのか。火力発電所で天然ガスや石炭を燃やして電気を作るなら、燃料となる天然ガスや石炭は枯渇性資源である。

つまり、水素は無尽蔵にあるが、水素を作るときに化石燃料を使うのなら、その化石燃料は枯渇性である。だから上記と同じく、再生可能エネルギーを使った場合のみ資源が枯渇しないという条件付きになる。

ちなみに電気もこれと同じ関係にある。水素が無尽蔵にあるというのなら、電気(電子)も水素と同じく無尽蔵にある。ただし、電子は、それが流れて(つまり電流)初めてエネルギーを取り出せるわけで、その電子を動かすのが発電所の役割。そのために化石燃料や再生可能エネルギーが使われているのである。

つまり、水素にしても電子にしても、その物自体は無尽蔵にあるが、私たちは水素や電子が欲しいのではなく、水素や電子を媒体として得られるエネルギーが欲しいのである。水素や電子が無尽蔵にあっても、それは単なるエネルギーの運び屋に過ぎないのであり、エネルギーが無尽蔵にあると勘違いしてはならない。

4.水素は発熱量が大きく、熱効率がよい?

「水素は燃えた時に発生する熱量が、ガソリンや都市ガスに比べて大きいから燃効率がよい」という。

これを聞いたとき、私はえっと思った。私がかつて工場で勤務していたとき、水素は熱量が少ないというのが常識だったからである。工場内には燃料ガスの配管があちこちに張り巡らされている。そのガスの組成は毎日変化する。

それで時々燃料ガスのサンプルを取って分析するのだが、その組成は、水素、メタン、エタン、プロパン、硫化水素など。このうち、水素分が多いほど燃料ガスとしての発熱量が少なくなる。だから水素は発熱量が低く、燃料としての価値が低いというのが現場の常識だったのだ。

ではなぜ、水素は熱量が高いというのだろうか。これは、要するに単位の違いである。水素、メタン(天然ガスの主成分)、ガソリンが燃えた時の熱量(高発熱量)は次のとおりである。

重さで比較すれば(MJ/kg)  水素141.80、メタン 55.5、ガソリン  47.3
容積で比較すれば(MJ/Nm3) 水素  12.8、メタン  35.9、ガソリン 33,360

つまり、水素は重さで比較すれば、確かに発熱量が高いが、容積で比較すればそれは完全に逆転する。(ちなみにガソリンは液体)水素はあらゆる元素の中で最も軽い。だから重さで比較すれば当然有利になる。しかし、実際に水素を使う者にとっては重さあたりの発熱量なんか意味がない。

まず水素の重さを測るということはあり得ない。そもそも気体である水素の重さをどうやって測るのか。水素にも重さがあることは知っているが、空気よりも軽い。空気より軽い物を空気中で測ることは実際的ではないのである。

だから都市ガスはm3単位である。お宅の昨月の都市ガス使用量は何m3だったから料金は〇〇円です。と請求書が来るだろう。都市ガスの使用量をkgで請求されることはない。ガソリンだってリットル単位だ。重さじゃない。

にもかかわらず、どうして水素だけkgあたりの発熱量を持ち出して、「水素は発熱量が高いのです」というのだろうか。

もうひとつおまけに、この図をお見せしよう。

昼間勝, 燃料協会誌, 第57巻, 第615号, p336 (1978)

これは、オットーサイクル(ガソリンエンジン)で、水素を燃料とした場合とガソリンを燃料とした場合の、シリンダー内の圧力(P)と容積(V)の関係を示したものである。1から2が圧縮行程、2から3が爆発行程、3から4が膨張行程を表している。

これを見て分かるように、爆発行程で得られる圧力は水素よりガソリンの方が断然大きい。圧力が高いというのはそれだけ大きな出力が得られるということである。つまり、同じエンジンを使ったとき、燃料をガソリンにした方が水素を燃料とした場合よりも断然出力が大きいということである。

これは容積あたりの発熱量でみれば、ガソリンの方が水素よりはるかに大きいからである。水素は発熱量が大きいから燃焼効率がよいなどという話を信じていると、ガソリンの代わりに水素を使った方が出力が上がると誤解してしまうことになる。実際は逆。つまりエンジンの出力は重さあたりの発熱量ではなく、容積あたりの発熱量で決まるのだ。

ちなみにロケットエンジンでは水素を燃料とするが、それはできるだけ軽い燃料が求められるからである。この場合、水素を極低温に冷却して液体にして用いられており、気体として使っているわけではない。このときはkgあたりの発熱量が効いてくる。

しかし、気体である水素について、わざわざkg当たりの熱量を持ち出してきたのは、それが水素にとって都合のよい数字だったからなのだろう。悪いことをいいことのように言いくるめようという作為を感じる。

5.水素は貯蔵や運搬が可能?

電気は基本的に貯蔵ができない。だから、電力会社では中央給電指令所というところで、常に電気の使用量を確認して、使われるだけ発電するよう各発電所に指示している。電気は基本的に在庫というものを持つことができないのだ。

しかし、「水素はボンベに入れて貯めておくことができる。ボンベを輸送すれば、送電線がないところにもエネルギーを届けることができる」という利点がある。

これももちろん間違いではない。しかし、エネルギーの貯蔵や輸送ができるのは水素だけではない。石油や石炭やバイオ燃料だって貯蔵が可能だし、輸送もできる。

気体のまま貯蔵する

確かに貯蔵できるというのは水素の優れた特性のひとつであるが、気体だから嵩が張ることになる。1kJ分のエネルギーを蓄えようとすると、液体のガソリンなら26ℓ、同じく液体のバイオエタノールなら42ℓ、固体の石炭なら28ℓほどの容積で済むが、気体の水素なら78,000ℓもの容量となってしまう。

しかも、ガソリンやバイオエタノールならドラム缶にでも入れておけばいいし、石炭ならそのあたりに転がしておいてもいい。しかし水素を貯蔵するなら完全に密閉した容器に入れなければならない。そうしなければ、勝手に空気中に飛び出して行ってしまうことになるだろう。

圧縮して貯蔵する

もちろん、水素を圧縮すれば、容積を小さくすることができる。しかし、この方法だと耐圧ボンベに貯蔵する必要があり、容器自体が超重くなってしまう。高圧ガスだからちゃんと管理しておかないと危険でもある。(水素脆化といって、水素には鋼を劣化させる作用があるので、その注意も必要である)

液体にして貯蔵する

水素を冷却して液体にして、容積を小さくするという方法もある。ただし、この場合はマイナス259℃まで低温にしなければならない。温度はどんなに冷却してもマイナス273℃(絶対零度)までしか下げることはできないのはご存じだろう。水素を液体にしようとすれば、ほぼこの限界温度まで温度を下げなければならないのである。

水素を圧縮すればするほどコンプレッサーで消費される電力は大きくなる。冷却して液体にする場合も、やはり冷却するために大量の電力を消費することになる。冷却も圧縮もしなければ、巨大な密閉容器を用意しなければならいことになる。

確かに、水素は電気と違って貯蔵や運搬ができるという利点はあるが、石油や石炭のようにとっても簡単というわけではなく、大きなエネルギーを必要としたり、危険を伴ったりするのである。

水素の活用方法のひとつとして、電力の貯蔵というのがある。電力が余った時に電気分解で水から水素を作って貯めて置き、電力が不足するときに燃料電池を使って電力を作り出すという方法である。
これも水素の有効な使い方の例であろう。
電気を貯める方法は蓄電池だけじゃない 蓄電ビジネスは成立するか  参照)

しかしながら、水から水素を電気分解で作るときのエネルギー効率は70%程度しかない。また水素から燃料電池を使って電気を作るときの効率は40%から70%程度である。

ということは、全体としてエネルギー効率は50%以下になる。つまり、この方法では電力の半分くらいしか貯蔵できないということになる。

6.最後に

結局、水素はほかのエネルギー源を使って作られ、使うときにそのエネルギーを出すという働きをする。水素はそれ自体がエネルギー源ではなく、エネルギーの運び屋、いわゆる二次エネルギーのひとつに過ぎない。

水素をどうやって作るかによって、CO2を出さない場合も、出す場合もあるし、枯渇するかしないかも違ってくる。発熱量についても重さで考えるか容量で考えるかによって違ってくる。貯蔵や輸送ができるといっても、それは電気と比較すればということで、石油や石炭、バイオエタノールなどと比較すれば、ずいぶん利便性に劣る。

電気だけでなく、水素も二次エネルギーのひとつとして開発するのも悪くはないと思う。トヨタやホンダが水素を燃料とする燃料電池車を売り出したり、ENEOSが水素ステーションを作ったりしている。これを否定するものではない。( 2050年に温室効果ガス排出実質ゼロ…あなたが次に買う未来の自動車はこうなる  参照)

しかし、政府やマスコミは、いいところばかりを強調して水素は究極のエネルギー源だとか、夢の燃料だとかをいうべきではないだろう。水素が優れているというのなら、それは、「こういう条件ならば」とか、「ほかの手段と比較して」とかきちんと説明すべきである。

そうしなければ世論をミスリードしてしまうことになるだろう。

2021年4月7日

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