アンモニア発電を巡るマスコミ報道
アンモニアは燃やしても二酸化炭素が発生しない。それなら、アンモニアを火力発電所の燃料の一部として活用しよう。そんなアイデアを実現するために、国と民間がアンモニアの安定的な確保に向けて協力していくことになった。28日、そんな記事がNHKや新聞で一斉に報道されました。
経済産業省が旗振り役となって、燃料アンモニア導入官民協議会が立ち上がり、今後「二酸化炭素を発生しない」アンモニアを燃料として使用することにより温室効果ガスの発生を抑えようという取り組みを紹介したものです。
この報道の内容は、
・アンモニアは燃える性質を持ちながら二酸化炭素が発生しない
・石炭と混ぜて火力発電所の燃料にすれば、二酸化炭素の排出量は少なくなる
・国内でのアンモニア生産は少ないため、海外の生産地からの安定的な確保が課題
・今後、官民で燃料アンモニアの導入に向けて検討をしていく
というものです。
この報道を読んだ人の多くは、アンモニアは二酸化炭素を出さないので、温室効果ガスの削減になる。そんなうまい手があったのか。今後、どんどん進めるべきだ と思われたのではないでしょうか。
どこが問題なのか
でも違います。アンモニア発電は下手すると、かえって温室効果ガスの排出量を増やしてしまいますよ。というのが、今回の記事の趣旨です。
それはなぜか。アンモニアは確かに燃えるときには二酸化炭素を排出しませんが、アンモニアは「製造過程で大量の二酸化炭素を排出するから」ということです。
つまり、アンモニアを使うときだけではなく、その製造時に発生する二酸化炭素も考慮しなければならないのですが、マスコミではなぜか、それがまったく報道されてないのです。
二酸化炭素を出さないアンモニアの製造方法もあります(グリーンアンモニアと言います)。ですから、このようなアンモニアを使えば確かに温室効果ガスの削減につながりますが、今のところ世界中どこを探してもグリーンアンモニアを作っている工場はありません。
これから再生可能エネルギーを使ったアンモニアを作るにしても、まだぜんぜんその目途も立っていないのです。大規模な投資も必要になりますし、時間もかかります。費用をどうするのかの問題もあります。
しかし、今回のマスコミ報道を見る限り、どの報道もそのことがすっぽりと抜けていて、どんなアンモニアでも燃やせば二酸化炭素の削減になるかのように書かれているのです。
アンモニアはどうやって作るか
では、アンモニアはどのようにして作られるのでしょうか。
アンモニアは主に化学肥料の原料として世界中で大量に製造されているなじみの深い化学物質です。アンモニア(NH3)は窒素(N)と水素(H)からできていますから窒素と水素を結合させてやればいいのですが、ただ単に窒素と水素を混ぜただけではアンモニアにはなりません。
窒素と水素の混合物に鉄触媒を加えて高温、高圧(500~1,000℃、20~35MPa)にすることによって、アンモニアを合成することができます。
この方法は約100年前にドイツのハーバーとボッシュ(どちらもノーベル賞受賞)によって発明され、それから基本的にはほとんど変わらない方法でアンモニアが作られてきました。
アンモニアの一方の原料となる窒素は空気から取り出すことができますが、空気の約80%は窒素ですから、ほとんど無尽蔵です。
一方、水素の方ですが、これは世界中のアンモニア工場では天然ガス又は石炭(天然ガスが65%、石炭が35%)から水素が作られています。実はこのとき、大量の二酸化炭素が発生するのです。
天然ガス(主成分メタンCH4)から水素(H2)を作る反応(水蒸気改質法)は以下のように示されます。
CH4 + 2H2O → CO2 + 4H2
この水素と窒素を反応させてアンモニア(NH3)を作ります(ハーバーボッシュ法)。
N2 + 3H2 → 2NH3
この化学式から、アンモニア1分子をつくると二酸化炭素が0.375分子できることになります。重量に換算するとアンモニア1トン作ると0.97トンの二酸化炭素が発生します。

また、アンモニア製造時の二酸化炭素の発生要因はこれだけではありません。天然ガスから水素を作る反応は吸熱反応と言って、反応が進むにつれて温度が下がって行く反応です。温度が下がると反応が続かなくなるので、常に熱を与え続けなければなりません。
そのため、アンモニア工場では天然ガスを大量に燃やして加熱していますが、天然ガスを燃やせば当然ながら二酸化炭素が発生します。
また、アンモニアのもう一方の原料である窒素ですが、これは空気を―196℃まで冷却して、液体窒素として空気中から取り出します(深冷分離法)。この方法では、冷却のために大きな電力を消費しますが、この電力が火力発電所から供給されるのなら発電所で二酸化炭素を発生することになります。
アンモニア1トンを作るために必要なエネルギーは約26GJ。このエネルギーを天然ガス(メタン=50.0GJ/t)から得ようとすると、約0.5トンのメタンを燃やさなければならず、これによって1.38トンの二酸化炭素が発生します。
アンモニア原料の水素を製造するときの化学反応で発生する二酸化炭素が0.97トン。アンモニア製造に必要なエネルギーを供給するために発生する二酸化炭素が1.38トンですから、合計2.35トンの二酸化炭素が1トンのアンモニアを製造するときに発生することになります。
こうやって製造されたアンモニアを燃やした時に得られる熱量は意外に小さく、18.6GJ/tしかありません。一方、天然ガスの発熱量は50GJ/tもありますから、アンモニア1トンを燃やしたときと同じ量の熱量を天然ガスから得ようとすると0.37トンで済むことになります。
そして、0.37トンの天然ガスの燃焼によって発生する二酸化炭素は1.02トンにしかなりません。
天然ガスを原料にしてアンモニアを作ってそれを燃料として発電すると、燃焼時には確かに二酸化炭素が発生しませんが、アンモニアを製造するときにアンモニア1トンあたり2.35トンの二酸化炭素が発生します。
そのアンモニア1トンと同じエネルギーを天然ガスを燃焼させて得ようとすると、1.02トンしか二酸化炭素は発生しません。つまり、天然ガスをそのまま燃やして発電した時に比べて、アンモニア発電は2.3倍の二酸化炭素が発生することになるのです。
これではかえって二酸化炭素の排出量を増やしてしまうことになります。
窒素酸化物の問題
さらに、ここではあまり詳しくは述べませんが、アンモニアをそのまま燃やすと、アンモニア中の窒素が窒素酸化物という物質に変わります。
窒素酸化物はいろいろな種類があり、それが混ざって排出されますが、そのうち一酸化二窒素は二酸化炭素の300倍もの温室効果を持ちます。同じく窒素酸化物の二酸化窒素は猛烈な毒性があります。
マスコミはアンモニアは燃やしても二酸化炭素が出ないという利点ばかりを強調していますが、もっと恐ろしいものが出てくる可能性があるのです。
二酸化炭素を排出しないアンモニア製造方法
二酸化炭素を排出しないアンモニアの製造方法もあります。二酸化炭素の発生原因は主にアンモニアの原料となる水素製造時に発生するわけですから、このとき原料として天然ガスや石炭を使わず、水を電気分解して製造すればいいのです。( グリーン水素でなければ意味がない―環境省の水素ステーションは地球に優しくなかった )
ただし、ここで使う電気は太陽光や風力など再生可能電力によって作られたものでなければなりません。このような再生可能電力を使って二酸化炭素を出さないで作られたアンモニアをグリーンアンモニアと言います。

あるいは、天然ガスや石炭を使ってもいいですが、発生した二酸化炭素を回収して地中に埋めるなどして大気中に出ないようにすると言う方法もあります。このような方法で作られたアンモニアをブルーアンモニアといいます。
このような製造工程で二酸化炭素を出さないアンモニアは、実は先に紹介した「燃料アンモニア導入官民協議会」の資料でもその必要性が示されており、グリーンあるいはブルーアンモニアの調達先についても議論されているのです。
ところが、マスコミ報道では、この部分がすっぽりと抜け落ちていて、まるでアンモニアならなんでもいい。日本で作られているアンモニアが不足しているのなら海外から調達すればいいという論調なのです。
中には、わざわざアンモニアは天然ガスから作ると記載しているマスコミもありますが、その場合は二酸化炭素を回収して地中に埋めるなどの対策が必要になります。ところが報道では、その部分が無視されているのです。
いくらアンモニア燃焼時に二酸化炭素を出さないと言っても、製造過程で大量の二酸化炭素を出すなら意味がありません。アンモニア発電によって二酸化炭素を排出しないようにするためには、グリーンかブルーのアンモニアを使うことが必須なのです。
アンモニアはエネルギーキャリアーに過ぎない
しかしながら、現在グリーンあるいはブルーアンモニアを製造している工場は世界中どこにもありません。これからこのような二酸化炭素を出さないアンモニア製造工場を作るとして、時間も資金もかかります。単に既存のアンモニア工場からアンモニアを買ってくればいいという話ではないのです。
また、根本的な問題として、再生可能電力をどうやって調達するかと言う問題もあります。結局、アンモニア発電と言っても、再生可能電気を使って水素を作り、その水素を使ってアンモニアを作り、そのアンモニアを発電所に運んで燃やして再び電気に変えているわけで、アンモニアは再生可能電気の運び屋(キャリア―)に過ぎないと言うことなのです。
であれば、再生可能電力をそのまま送電線で送ればいいし、あるいはアンモニアにせずに水素のまま運んで燃料電池で発電すればいい。 (水素は海水からとりだせば無尽蔵のエネルギー源になる? 参照)ケミカルハイドライドという方法もある。
どの方法が最もいいのか検討する必要がありますが、アンモニアはエネルギー転換のステップが多くなり、その都度エネルギーのロスが増えていくので、その分不利です。
さらに燃やしたときに得られる熱量が小さく、有害な窒素酸化物が発生する可能性があることを考えると、アンモニアの直接燃焼はちょっと筋の悪い技術のように思えますが如何でしょうか。
(触媒によってアンモニアを分解して水素を取り出して燃料電池で発電するという方法もあります。この方法なら窒素酸化物を出しません。ただし、水素を直接輸送する場合やケミカルハライドと比べてどちらがいいかの検討が必要となります)
2020年10月29日
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