ときどき耳にする燃料にエマルジョン燃料という物がある。これはA重油や軽油に水と界面活性剤を混ぜた燃料である。水を混ぜても燃焼条件によるが、燃える。ただし、燃えているのは燃料だけで、水が燃えているわけではない。
ネット上では、「燃料高騰の折、水を混ぜて使えるのは朗報」とか、「もともと混ざらない油と水を混ざるようにして利用できるなんてノーベル賞もの」とか、「どうしてもっと大発明として取り上げないのか?」という意見を見かけるが、これは水が燃料として使えると勘違いしているのではないだろうか。
最近、燃料油の値段が高いので、水で薄めて使えないかと考える人は多い。しかし、燃料に水を混ぜただけではすぐに分離してしまう。そこで、少量の界面活性剤を加えて、激しく攪拌してやると分離しなくなる。これがエマルジョン燃料だ。
エマルジョン燃料は、水が燃料に溶けているわけではなく、水が小さな粒になって燃料の中に浮かんでいる状態になっている(水滴油中型)。水粒子同士がくっつきあうと燃料と分離して下に溜まってしまうので、それを防いでいるのが界面活性剤だ。ちなみに界面活性剤とは簡単に言えば洗剤のこと。
このエマルジョン燃料だが、A重油を使ったものと、軽油を使ったものがある。A重油を使ったものは加熱炉やボイラーに使われる。軽油を使ったものはディーゼルエンジンで使うことができるが、軽油引取税の関係があるためか、あまり使われていないようだ。
エマルジョン燃料を燃やすと全体が燃えているように見えるが、燃えているのは燃料の方だけで、水が燃えているわけではない。水は蒸気になって煙突から出ていくだけなのだ。エマルジョン燃料は水も燃料になっていると誤解している人は、なぜこんなうまい話が普及しないのかと疑問に思うが、それはこういう事情による。
では、なぜ燃料に水を入れるのか。それは燃焼効率の向上と大気汚染防止が目的である。エマルジョン燃料は燃えると、水の粒が燃焼熱で蒸発して弾ける。すると燃料も細かい粒になってはじけ飛び、空気との接触面積が増えて燃えやすくなるという効果が期待できる。
また、水が蒸発するときに蒸発潜熱を奪うので燃焼温度が下がる。つまり、炎の温度が低くなる。燃焼温度が高いと空気中の窒素が酸化されて窒素酸化物となり、これが光化学スモッグなどの大気汚染の原因となる。だから、窒素酸化物の規制が厳しい地域では、エマルジョン燃料を使えば規制をクリアできる可能性がある。
ただし、繰り返しになるが、エマルジョン燃料は水を燃料として燃やすのが目的ではない。例えば燃料と水を同じ量混ぜてエマルジョン燃料を作れば、量は2倍になるが、発熱量が2倍になるわけではなく、発熱量は水を入れる前の燃料と同じなのだ。
今まで燃焼効率が悪いため、燃料の一部が燃焼しなかったような加熱炉やボイラーの場合、あるいは完全燃焼をさせるために、燃焼用の空気を余剰に供給していたような場合は、エマルジョン燃料を使えば燃焼効率が上がって燃料の節約になる場合がある。ただし、当然のことだが、使った燃料以上の発熱量が出るわけではない。
しかしながら、燃焼効率を上げる、あるいは窒素酸化物の量を減らすには、エマルジョン燃料を使うほかにも方法がある。例えば燃料を燃焼させるときにスチームを吹き込んでいる場合があるが、これもエマルジョン燃料と同じように、燃料を分散させて燃焼効率を上げているのである。
また、不完全燃焼をおこすぎりぎりまで燃焼用空気の量を絞ってやると、排気ガスと一緒に煙突から逃げて行く熱を減らすことができるので燃焼効率は向上する。窒素酸化物を減らすには、燃料を変えるとか、低ノックスバーナーを使うとかいう方法がある。
一方、エマルジョン燃料の方は界面活性剤の費用がかかるし、混合するための設備も必要となるからその分、コストアップになる。エマルジョン燃料を選択するか、他の方法を選ぶかは費用対効果を勘案して決めることになるだろう。
2022年10月21日
【関連記事】
水や空気で走る車がすでに実用化されている?
日本の得意技「省エネ」 ついにボイラーの熱効率が100%を超えた
再生可能合成燃料/水と空気と光で作る燃料(バイオ燃料編)
ゴミからジェット燃料もできる ランザテックの技術は環境問題の救世主か