燃料電池車に未来はあるか FCVが普及しない理由

1.トヨタがFCVの開発リーダーだが

世の中、脱炭素社会に向けて走り始めた。発電分野では、太陽光や風力発電所がどんどん建設され、火力発電所の役割は少なくなり始めた。自動車は発電と双璧をなすCO2の発生源である。この分野でも今後、脱炭素化が進められていくことになるだろう。

自動車の脱炭素化技術の有力候補は電気自動車(EV)と燃料電池車(FCV)である。EVはもちろん電気を、FCVは水素を、それぞれガソリンや軽油のような化石燃料の代わりに使って走る。

ではEVとFCV、どちらが今後の主役になるだろうか。EVはFCVより比較的安価で、家庭でも充電できるという利点があるが、一回の充電で走れる距離が短いため長距離運転ができない。そのうえ充電にかかる時間がむやみに長いという欠点を持つ。それに比べると、FCVは走行距離も、充填時間も現在のガソリン車並みという優れた性能を持つ。

トヨタがFCVの開発に固執するのは、このような優れた点を買っているのだろう。ハイブリッド車で世界をリードしたように、トヨタはFCVの開発でも世界をリードしている。

しかしながら、現在のところ普及率という点において、FCVはEVよりも大きく出遅れているようである。それはなぜだろうか。今後、FCVの普及が進むのだろうか。筆者は、残念ながらそれはない。FCVはこのままでは衰退の道を進むだろうと考えている。その理由について述べていきたい。

1. EVに大きく離されるFCV

まず、現在のFCVの普及状況についてみると、すでにFCVはEVに大きく水をあけられているように見える。最近街中でもEVをちょくちょく見かけるようになってきた。テスラや日産のEVだ。しかし、FCVを街中で見かけることはほとんどない。

アメリカにFuel Economy Guide Bookという冊子がある。米国エネルギー省(DOE)と環境保護局(EPA)が共同で編集している冊子で、この中に実際に全米で販売されているほぼすべての乗用車(ピックアップトラックを含む)、約1,000モデルがリストアップされている。(アメリカではどんな電気自動車(EV)が売られているか 53モデルのモーター出力、充電時間、走行距離、燃費など 参照)

この1,000種類のモデルに含まれるEVとFCVの数を比較してみると、EVが53モデルあるのに対して、FCVはわずかに5モデルに過ぎない。(内訳はトヨタ2モデル、ホンダ1モデル、ヒュンダイ2モデル)これを見ても、FCVがEVに対して大きく遅れていることが分かるだろう。

しかも、この6月には、FCVを販売している3社のうちのひとつ、ホンダがFCVの製造を中止することを表明しているのだ。
トヨタは自社のFCVにミライと名付けたが、本当にFCVに未来はあるのだろうか。

Fuel Economy Guide Book 2021(DOE, EPA) の FCVのページ

2.FCVとは何か

燃料電池車FCV(Fuel Cell Vehicle)は動力源としてガソリンエンジンではなく、燃料電池を搭載した車両である。燃料電池(Fuel Cell)は電池と名前がついているが、一種の発電機といった方がいい。エンジン発電機やタービン発電機のように可動部分がなく、化学エネルギーをそのまま電気に変える装置である。

私たちがよく知っている電池は一般に使い捨てである。例えばアルカリ乾電池なら電気を発生すると同時に、負極に使われている亜鉛が酸化亜鉛に、正極の二酸化マンガンが酸化マンガンに変わって行き、すべての反応が終わればもう電気を得ることはできない。

しかし、燃料電池は水素と酸素という反応物質を外部から供給し、反応によってできた水(水蒸気)は外部に放出することによって継続的に電気を発生することができる。燃料電池は機械的に動く部分がないので騒音も振動も発生しないし、摩擦損失もないので発電効率がすこぶる良い。

燃料電池は昔から研究されているが、画期的なのは1990年代にカナダのバラードというベンチャー企業が開発した固体高分子形燃料電池(PEFC)である。PEFCは比較的安価で100℃以下の低温でも発電することができ、取り扱いも容易である。そのため、燃料電池が一気に身近なものとなった。(水素は海水からとりだせば無尽蔵のエネルギー源になる? 参照)

例えば、エネファームは家庭用の燃料電池である。この燃料電池は都市ガスを原料として水素を作り、その水素と空気中の酸素を反応させて電気を作る。エネファームは2020年時点で累計設置台数が700万台を突破しており、完全に普及段階に達していると言えるだろう。

エネファームの最大の利点は電気とお湯の両方が作れることだ。発電と同時に80℃くらいの熱が出るから、その熱を使ってお湯を沸かしてお風呂や給湯に利用できる。発生した電気とお湯のエネルギーを足し合わせれば、エネルギー効率はなんと80%に達する。

ちなみにエネルギー効率といえば、最新の火力発電所でも50%くらい、意外だが原子力発電所の効率は非常に悪くて30%くらいしかない。これと比較すれば、燃料電池の効率の良さは群を抜いているのである。

PEFCが家庭用に使えるなら、自動車用の動力源として使えないかと誰でも思うだろう。FCVの開発はエネファームとはほぼ同じ時期から開始されたのである。

ただし、FCVには家庭用の燃料電池とは違った難しい問題がある。燃料の水素をどう供給するかという点である。エネファームの場合は、燃料の都市ガスはガス管で供給される。しかし、自動車は、まさかガス管を引っ張って走るわけにはいかないだろう。

しかも、エネファームの発電容量が1kW程度であるのに、FCVは100kW 以上が必要となる。めちゃくちゃ容量がでかい。しかも、その出力は走行状態に合わせて激しく上下する。

3.オンボード型FCV

FCVへ燃料である水素を供給するために、最初に考えられたのが、オンボード型と言われるタイプだ。これは、従来のガソリン車と同様に車内にガソリンタンクを持ち、このガソリンから水素を作りだして、燃料電池に供給するという仕組みである。

ガソリンを使うのなら、そのままガソリンエンジンで走行すればいいようなものだが、当時のガソリンエンジンのエネルギー効率は17%くらいしかなかった。燃料電池なら効率は40%くらいまで上がる(熱の利用はできない)というメリットがあった。

また、ここで使うガソリンはオクタン価を気にしなくてもよい。高オクタン価ガソリンは製造時に大量のエネルギーを食う。オクタン価が低くていいのなら製造時に発生するCO2も削減できる。また、ガソリンなら全国にある約3万軒のガソリンスタンドで入手が可能なのである。(ハイオクガソリンは純度が高い?、添加剤?、イソオクタンが多い? 参照)

反面、オンボード型なら、ガソリンから水素を作りだすための装置-これを改質装置というのだが-この装置を車内に持ち込む必要がある。エネファームも都市ガスから水素を作るので改質装置を持っているが、ガソリンは天然ガスより改質が難しい。

そのうえ、自動車は加速、減速を繰り返すため、改質装置もそれに迅速に対応して水素の発生量を調整する必要がある。このため、自動車用の改質装置はエネファームに比べて、大型で、すこぶる複雑なものにならざるを得なかったである。

4.高圧タンク型FCV

一方、自動車用の改質装置の開発が難しいのなら、水素をそのまま車内のタンクにいれて使えばよいという考え方もある。しかし、ガソリンと比べて水素は気体だから、積載量が限られる。大量の水素を、限られたタンク容量に押し込もうとすれば、当然タンク内は高圧になる。高圧になればタンクは破裂する。

そのため、高圧になっても破裂しないタンクの開発が行われた。最初は30MPa程度の圧力だったが、最終的には70MPaの圧力まで耐えられる超高圧水素タンクが完成したのである。

高圧タンクに水素を貯めておけば、そのまま燃料電池で使うことができる。これで自動車内部で水素をつくるという厄介な仕組みが不要となり、FCVの開発は一気に楽になった。もし、高圧水素タンクが開発されなかったら、おそらくFCVの開発自体が頓挫していたことだろう。めでたしめでたしというわけだ。

トヨタ, Mirai, Ecv, エコ


このようにして高圧水素タンク方式によって、FCVは自動車としての実用化の見通しが立つことになった。しかしながら、FCVが自動車として完成しても、別の問題があった。それは、高圧の水素をどうやってFCVの高圧水素タンクまで持ってくるかということである。

オンボード型なら、今までのガソリン配送インフラがそのまま使えるが、高圧水素タンク型なら、水素の配送インフラを一から構築しなければならないのだ。

この問題は、水素を供給する側に委ねられることになった。ということはつまり、カーメーカー(つまりトヨタ)が手を出せない領域にFCV普及の舵が握られることになったのである。

5.水素供給システム

水素そのものは石油会社、製鉄会社、ガス会社など様々な企業が製造している。かれらは、既に水素を作る設備もノウハウも持っている。問題は、その水素をどうやってガソリンスタンドならぬ水素スタンド(水素ステーション)まで持ってきて、FCVの高圧水素タンクに押し込めるかということである。

これもいろいろな方法が考えられている。工場で水素を作って水素スタンドまで運ぶ方法がひとつ。もうひとつは水素スタンドで水素を作る方法である。

また、工場で水素を作った場合、それをどうやって水素スタンドまで運ぶのか。これも、高圧ボンベで運ぶ方法がひとつ、水素を冷却して液体にして液化水素で運ぶ方法がひとつある。

そして、いずれの方法にしても、最終的には水素をFCVの高圧水素タンクに押し込むためには70MPa以上の圧力に加圧しなければならないのだ。

ところが、70MPaという圧力は実はそんなに簡単な圧力じゃない。1MPaが大体10気圧。1気圧が1㎝2あたり1㎏の圧力を持つので、1MPaだと10kg。70MPaだと1㎝2あたりになんと700㎏の圧力がかかることになる。

ここまで圧力を上げるには大型コンプレッサーを使って、多大なエネルギーを消費することになる。コンプレッサーの設備費も巨大になるが、そのほか、液化水素で水素スタンドまで運んだ場合は、液体を気体にする気化器が必要となる。水素スタンドで水素を作る場合は、水を電気分解する装置あるいはガソリンを改質する装置が必要となる。もちろん、加圧した水素を貯蔵するための巨大な高圧ボンベも必要となる。

ガソリンなら、そんな手間は必要ない。タンクローリーで常温常圧のガソリンを運んできて、地下タンクにそのまま貯蔵。販売するときはポンプで吸い上げて、車のタンクに注いでやればいい。水素はそんな簡単にはいかないのである。

その結果、ガソリンスタンド1か所の建設費が7~8千万円といわれるところ、水素スタンドのそれは5~6億円かかることになる。そんな水素スタンドをこれから全国に何万か所も作って行けるとは思えない。

6.気体を自動車の燃料にすること自体が無理

FCVの開発が始まったときには、オンサイト型と高圧水素タンク型が検討された。そのとき、筆者はFCVが普及するにはオンサイト型しかないと思っていた。なぜなら、水素ガスの供給インフラを構築することは事実上不可能だからである。そして、それが今現実のものになっている。

もともと、ガソリンエンジンはオットーエンジンと言われ、ガソリンではなくガスを燃料とするエンジンだった。これが自動車用として使用可能となったのは石油産業が発展してガソリンが容易に入手できるようになってからである。(石油の歴史は余り物有効利用の歴史 レジ袋が余り物で作られているって?とんでもない 参照)

なぜガソリンが使われたのか。それはガソリンが貯蔵時は液体で、コンパクトに大量に貯蔵することができ、使うときは気化器を使って簡単にガスにすることができるという特性があるからである。つまりガソリンは、液体としての貯蔵と輸送の利便性と、気体としての良好な燃焼性の「いいとこ取り」を持った燃料だったのである。

FCVの世界では高圧ガスボンベが開発されてカーメーカーはこれに食いついたが、懸念したとおり水素の流通がついて行かないという問題が起きている。

FCVが普及しないのは水素スタンドが増えないから、水素スタンドが増えないのはFCVが普及しないから、鶏と卵の関係だ。と言われたりする。いや、そうではないと筆者は考える。そもそも気体を自動車の燃料にすること自体が無理なのだ。

EVの場合は、送電線を使って電気という燃料を運ぶことができ、蓄電池という固体に変えて自動車内に貯蔵することができる。電気は貯蔵に難があるけれど、流通についてはこれほど便利なものはない。
FCVは水素の貯蔵と流通という問題が解決しなければ普及は難しいだろう。

カーメーカーはFCVの開発にあたって、車のことしか考えていなかったのではないだろうか。ただ単にそのハードウェアだけを開発すればいい。燃料供給の方はなんとかなるだろうと。でもなんともならなかった。

7.FCVに未来はないのか

水素の貯蔵法としては、高圧タンクのほかに水素吸蔵金属やケミカルハイドライド、アンモニアのような方法も考えられなくはない。実はバイオエタノールやe-fuelを使うという方法もある。(CO2を増やさない合成燃料 e-fuelとは何か × アウディ、ポルシェ、トヨタも参入 参照)
この場合は、またオンボード型となるが、これならFCVへの水素供給の問題はなくなる。これについては次の記事で紹介したい。

2021年8月4日

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