承認欲求って何?
最近、承認欲求で悩む人が増えているという話を聞きます。承認欲求というのはアメリカの心理学者マズローが唱えた欲求の5段階説にでてくる言葉で、それまであまり一般的な用語ではなかったと思います。それが、ここのところしばしば耳にするようになりました。
マズローの説によると、人間の欲望には5段階あり、その欲望の内のひとつが承認欲求と言われるものです。承認欲求とは、簡単に言うと人に認められたいという欲望のことです。
その承認欲求が満たされていないと悩む人が増えているようです。例えば、友達グループの中で自分だけが認められていないなどと感じて悩む。仲間に入っていけないのがつらいなど。
最近は、ツイッターやフェイスブック、インスタグラム、LINEなどのSNSで情報発信の機会が多くなっています。ここでいくら情報発信しても「いいね」がもらえないとか、友達にLINEしても返事がもらえないなど、承認欲求が満たされないと感じている人が増えているのではないでしょうか。
一方で、友人グループの中で人気のある人や、SNSで「いいね」をたくさんもらう人がうらやましくて仕方がない。自分がみじめに思えてくる。そういう人は、どうしたら承認欲求を満たされるのか。あるいは承認欲求から逃げるにはどうすればいいのかと悩む人が増えているようです。
このような承認欲求から生じる悩みを克服するにはどうすればいいのか、その克服方法を提案します。
欲求の5段階説の概要
まず、マズローの欲求の5段階説を復習してみましょう。この説によると、人間の欲求は5段階のピラミッドのように構成されています。下から順番に生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求です。
この5段階の欲求にはつぎのような特徴があります。
・低位の欲求が満たされるごとに、もう1つ上の欲求をもつようになる
・上位の欲求が満たされるほど、満足感が高まる
では、それぞれの欲求についてひとつずつ簡単に見ていきましょう。ただし、この中には私自身の解釈や説明も含まれています。
(1)生理的欲求
3大欲求と言われる食欲・睡眠欲・性欲のほか、排せつや呼吸など生きていく上で必要な欲求がこれに相当します。人間に限らず、全ての動物がこの生理的欲求を持っています。これらの欲求のうち、性欲以外はそれが満たされなれなければ、生きていけません。つまり、生理的欲求とは生きるために必要な最低限の欲求です。なお、性欲は満たされなくても死ぬことはありませんが、種として滅亡を防ぐ重要な欲求です。
(2)安全欲求
敵から襲われない。安全に暮らしたいという欲求です。弱肉強食の野生の世界では常に敵から身を守る必要があります。動物はほぼすべてにこの欲求があり、この欲求がない動物がいたとしても、そのような動物は既に絶滅しているはずです。
人間の場合は、他の動物から捕食されるという危険は現在では、ほとんどありませんが、人類の歴史の99%以上が原始時代だったわけで、やはり安全欲求は持っているのです。
(3)社会的欲求
社会に所属して、群れの一員となりたいという欲求です。これは当然のことですが社会的生活をする動物だけが持っている欲求です。例えばヘビやカエルに社会的欲求はないでしょう。
人間も社会生活をする動物なので、社会の一員になりたい、何らかの組織に所属したいという欲求があります。例えば、友達どおしのグループとか、アイドルのファンクラブとか、学校とか、会社とか、暴走族とか、政治団体とか、国とか。人間は何らかの社会に所属することで安らぎを覚えるのです。
(4)承認欲求
尊厳欲求とも言います。社会の中で高く評価されたい。自分の能力を認めてもらいたいという欲求です。名誉欲、出世欲、自己顕示欲などがその中に含まれます。
犬やサルは家族だけでなく、家族を越えた群れで生活します。群れの中では各個体は平等ではなく、上下関係があります。
動物が群れを作るのは、その方が生存競争を生き延びるのに都合がよいからでしょう。その群れの中には、リーダーがいて、その下にサブリーダーがいて、そのサブリーダーの下にまた、次のサブリーダー候補がいたりします。また、その階層の中でも上位の階層に位置する個体は子孫を残す機会が増えます。
群れの中では、階層のできるだけ上位に上がろうとする、それによって自分の遺伝子を残そうとします。そのためには、自分が如何に優秀であるかをアピールし、社会に認められたいという欲求を持っています。これが承認欲求です。
群れで生活する動物は多くの場合、このような特性、つまり承認欲求を持っているのです。人間も例外ではありません。
(5)自己実現欲求
自分が努力をして何かを成し遂げたいという欲求です。人間はその何かを達成した時に満足感を覚えることになります。
恐らく、これは人間だけが持つ欲求ではないでしょうか。例えば、難しい資格試験に挑戦して合格を勝ち取ったり、身体を鍛え上げて筋肉もりもりになったりすることも、自己実現欲求なのです。
社会的に認められ、金銭的にも地位にも恵まれた人が、社会奉仕に人生をささげたり、匿名で多額の寄付をしたりすることもあります。これも金銭や地位を越えて、人のできないことをすることに喜びを覚える自己実現欲求なのです。(自己超越欲求ということもあります)
例えばインドで宗派を問わずにすべての貧しい人のために働いたマザーテレサやアフガニスタンの砂漠を耕地に変えていったペシャワール会の中村哲医師など。おそらく、このような人々は他の人や社会のために尽くすことで、非常に大きな満足感を得ていたのではないでしょうか。
承認欲求の呪縛
生理的欲求や安全欲求を満足させることは、今日の日本では難しいことではありません。社会的欲求についても、一応だれでも何かしらの社会に所属しています。もちろん社会になじめない人もいるわけですが、これはこれで別の深刻な問題です。
ここでの問題は承認欲求です。社会あるいは群れに属したとき、その中で自分の存在が他のメンバーに承認されるとは限らないということです。なぜならだれもがリーダーやボスになれるわけではないからです。
承認欲求は人から褒めてもらいたいという欲求だと言う人もいます。子供の時から賞罰の中で育ってきた。だから褒めてもらいたいという欲求が親や社会から押し付けられてきたのだというのです。あるいは、親や社会から与えられた期待を担って、他人が求める人物になりたいということだという人もいます。
たしかに、承認欲求としてそのような側面もあるかもしれませんが、いま問題にしている承認欲求というのはちょっと違うと思います。
ここで問題にしている承認欲求はそのような、親や先生、上司など目上の人から褒めてもらいたいということではありません。端的に言えば、同じ階層の仲間から無視されるのが怖いとか、群れの中で人気者でいたいという欲求であって。必ずしも目上の人から褒めてもらいたいということではありません。
グループの中の人気者やSNS上でたくさんの「いいね」をもらっている人、LINEを送れば、たくさんの回答を多くもらう人がいます。それに比べて、自分には「いいね」がほとんどないとか、LINEしても回答も帰ってこないとか。それが気になって仕方がない。
あるいはグループの中でうまくやっている人がうらやましくて仕方がない。自分がとってもみじめに感じてしまう。つまり自己肯定ができない。そのような状況に、本人も気付いていて、それから逃れたいと思っているのが、承認欲求の問題ではないでしょうか。
どうすれば承認欲求の呪縛から逃れられるのか
承認欲求は本来悪いことではありません。先に述べたように、社会的の中で生活をするならば、必ず持っている欲求です。承認欲求はあるのがあたりまえ。否定する必要はありません。例えば、上司から承認してもらえば仕事のモチベーションもアップするでしょう。
一方、承認欲求が満たされない場合は、なんとか承認を得ようとして自分の自慢話ばかりしたり、SNSで「いいね」の数ばかり気になったり、過度にブランド品を身に着けたりして、それがメンタルストレスにつながっていったりします。
では、どうすれば承認欲求の呪縛から逃れられるのか。私は、マズローの言う欲求の5段階説の最上位、すなわち自己実現欲求段階に進めばよいと思います。承認欲求が満たされないのに、次の自己実現欲求に進むことができるのでしょうか。マズローは下位の欲求が充足されると、より上位の欲求が人間の行動動機となるとしました。
例えば、第1段階の生理的欲求が満たされなければ生きていくことさえ難しいので、当然、第2段階の安全欲求や第3段階の社会欲求に進むことは難しいでしょう。しかし、承認欲求が満たされなければ自己実現欲求に進めないということはないはずです。
自己実現欲求は自分の目的、理想の実現に向けて努力し、成し遂げることを言います。何かハードルを見つけて、そのハードルを越えることによって喜びを見出すのです。その判断基準は過去の自分よりもより成長した自分になるということになります。
組織の中での他人との比較ではなく、自分自身が比較の対象となります。だから、それは他人に認めてもらえなくても気にならない。他者や環境に依存することなく、自分が満足すればいいと考える。認めてもらえなくても、自分が認めればいいということです。つまり自己肯定です。
あなたの知り合いにもいるのではありませんか。なにか超然としている人が。
「ははは、実はわたし、この年で恥ずかしいけどクラッシックバレーを習っているのよ。みんなには内緒よ。難しいけどとても面白くて、うまくできた時の喜びはひとしおよ。」
何かに挑戦する。ハードルを作る。例えば資格を取るとか、バレーを習うとか、ボランティアをするとか、身体を鍛えるとか、何か努力するものを見つけること。そのハードルを越えたときの喜びは、SNSでい「いいね」をもらったときよりも数百倍のうれしいはずです。さらに、それが世の人のためになるならもっと素敵。
何かに挑戦して、それを達成できれば、今度はそれをSNSで発信してもいいし、同好の人たちのサークルに入ってもいいと思います。その中では、きっと「いいね」がたくさんもらえることになるでしょう。いや、そうでなくても自己実現が達成されるなら、承認欲求など満たされなくても大丈夫。
2021年10月10日