2月17日に打ち上げ予定であったH3ロケット初号機が直前になって打ち上げが停止した。これについては、打ち上げ中止と報じている報道機関が多いが、一部では中止ではなく、失敗だとする論調もある。
H3ロケットはH2A/Bの後継となる我が国の主力ロケットであり、JXSAと三菱重工業によって開発が進められてきた。今回はその初号機である。打ち上げは当初、今月12日に予定されていたが、準備作業の不具合から13日に変更されたあと、ロケットのシステムに問題が見つかり15日に延期。さらに天候不良が予想されるとして17日に延期されていたものである。
17日当日は、順調に準備が進み、新しく開発されたメインエンジンLE-9が予定どおり打ち上げ6.3秒前に点火され、正常に立ち上がったようである。しかし、その後、補助ロケットが点火される直前(0.4秒前)に異常が検知されたため、補助ロケットへの点火が行われずに、ロケットは打ち上がらなかった。
これについて、ロケットを開発したJAXAは、今回の打ち上げは失敗ではなく、中止と発表している。ところが、記者会見の席上で、ある記者がこれは中止ではなく、失敗だと発言したため、物議を醸している。
この時の、記者会見の質疑応答の概要はだいたい次のようであった。
記者 意図して止めるのを中止という。意図しない中止は失敗ではないのか。
JAXA このような事例では今まで失敗と言ったことはない。ロケットは安全に止まるように設計されている。今回は想定している中での中止なので失敗ではない。
記者 それを失敗と言うのではないか。
JAXA どのような解釈をするのかは受け止め方の問題であるが、設計の範囲の中で止まっている。安全に止まるように設計されている。
記者 システムで対応できる範囲の異常だったんだけども、起るとは考えてはなかった異常がおきて打ち上げが止まったということか。
JAXA そのとおりで、健全に止まっているという状態である。
記者 それを一般に失敗と言います。
この記者の発言について、礼を失すると非難する意見が多いが、やはりこれは失敗とすべきだという意見もある。失敗を中止と表現するのは、敗戦を終戦と言い換えるようなもの。誤魔化しだというのである。
もちろん失敗を中止だと誤魔化してはいけないことだ。しかし、今回は誤魔化すために中止と言い張っているわけではなく、どうみても中止というべきであろう。JAXAの技術者としても、これはそもそも失敗の範疇に入らない。失敗じゃないかと言われても、逆に「え?なぜ」と聞き返すような事象だろう。
例えば、線路上に異物があり、それを検知した電車が自動的に急ブレーキをかけて止まったとする。これは失敗だろうか。確かに定時運行ができなくなったので失敗という言い方もできるかもしれないが、一般には失敗とは言わない。むしろシステムが正常に働いて、大きな事故を防いだと評価されるだろう。
今回のH3ロケットの場合もこれと同じである。打ち上げに際しては、ひとつひとつ問題がないか厳重にチェックしていく。そのチェックの過程で問題が見つかれば、カウントダウンを止めて、問題を取り除く。その問題が取り除かれれば、またカウントダウンを継続する。問題が見つかったからと言って、いちいちこれを失敗とは言わない。
ではなぜ直前になって問題が見つかったのか。前もって問題を取り除けばいいじゃないかという反論もあるかもしれないが、直前にならなければ見つからない問題もある。
例えば、H3ロケットの燃料となる液体水素はマイナス253℃、液体酸素はマイナス183℃の超低温である。これを何日も前からロケットに注入しておくわけにはいかないから、打ち上げ数時間前に注入する。
そうすると、ロケット各部の温度が徐々に下がって行って、機器が収縮してひずみやズレが出てくる。もちろん、そのひずみやズレも計算の上でロケットは設計されているが、人間がやることなので、すべてを予測することは不可能である。だから、打ち上げ直前まで問題がないかチェックを行うことになる。
そして問題が発生すれば、カウントダウンを止めて、問題を取り除く。これは失敗とは言わない。人間がやることなので、すべてを完全に設計することなどできはしない。必ず想定外のことが起こる。だからチェックを行って問題が起これば止める。
逆にすべて完全です。間違いは起こりませんと技術者が言ったのなら、その技術者を信用すべきではない。必ず人間はミスをする。だからチェックを行って、問題があれば安全な方向、つまり、今回の場合は打ち上げ中止という方向に進むようにシーケンスが組まれている。フェイルセーフという考え方である。
メインエンジンは点火しても、止めることができるが、補助エンジンは一旦点火してしまえば、止めることができない。だから、補助エンジンに点火する前に安全に止めたのである。ちゃんと理屈は通っている。
記者はそれを失敗だと主張したが、それは予定どおりの打ち上げができなかったら失敗だと言っているのだろう。しかし、打ち上げは見世物ではない。ロケットの目的は衛星を軌道に乗せることだ。時間どおりに打ち上げられなかったから失敗ということではない。
目的を達成するために、少しでも懸念があれば躊躇なくカウントダウンを止めて原因を追究すべきであり、その積み重ねが技術開発である。異常が見つかったのに時間どおりを優先して異常を無視して、打ち上げに成功しても、それは単に運がよかったということで、技術開発にはつながらない。
今回、メインエンジンは点火したものの、安全に作動が停止している状態である。このエンジンは再使用が可能なように設計されているという。原因を究明して対策が取れれば、3月中に再び打ち上げることができるというが、今回は初号機であるから、いろいろな問題が当然起こるだろう。記者から失敗だといわれたからといって焦る必要はない。
2023年2月19日