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トランプ(次期大統領?)にノーベル平和賞を 環境政策がカギ

トランプ前大統領は日本ではすこぶる評判が悪い。
次期大統領はトランプじゃないだろうな。もしトランプが再び大統領になったらどうなるんだ。ひどいことになるんじゃないか。と考える人も多い。だから、もしもトランプが大統領になったらという意味で「もしトラ」という言葉が生まれた。

ところが、米国ではトランプ大統領候補の人気がどんどん高まってきた。これはもしトラではなくて「ほぼトラ(ほぼトランプが大統領に確定)」ではないかとまで言われ始めた。

そして、7月13日に起こったのがトランプ候補銃撃事件だ。トランプ氏はSPに囲まれて退場したものの、かれを取り巻くSPの問から体を乗り出し、拳を振り上げて健在ぶりをアピールした。ちょうど戦国武将が敵の前に自分の体をさらけ出して、部下を叱咤激励するようなものだ。こういうのにアメリカ国民は弱い。

一方、対立候補のバイデン大統領はどうかというと、こちらは公開討論会ではしどろもどろ。副大統領のハリス氏をトランプ氏と言い間違えたり、ゼレンスキー大統領のことを、こともあろうことか敵のプーチン大統領と言い間違えたり。

これであと4年間も大統領としての職務を全うできるのか、多くのアメリカ国民が不安に思っただろう。

これではトランプ氏に勝てない。民主党の有力議員たちもバイデン大統領に撤退を働きかけるが、今のところ本人は続投の意思を隠さない。このままいけば、次期大統領は大差をつけてトランプ氏に決まるだろう。

トランプ氏はノーベル賞がほしい?

では、2期目の大統領になったらトランプ氏はどんな政策を行うのだろうか。やはり共和党の政策綱領に沿ったアメリカ第一主義だろうか。

ここで、興味深いうわさ話を紹介したい。かれはノーベル平和賞を狙っているというのだ。トランプ氏がノーベル賞?どうもノーベル賞には最も縁のない人であるように思えるだが、そういう他人の評価と彼自身の野望とは違っていているかもしれない。

かつて日本の安倍総理が、当時のトランプ大統領に「日本政府はあなたをノーベル平和賞候補として推薦しました」という内容の手紙を送ったことがある。トランプ大統領はこの手紙をもらって大いに喜び、安倍総理から美しい手紙を受け取ったとツイッターで自慢げに公表している。

安倍元総理はアメリカ側から「トランプ大統領をノーベル賞候補として推薦してほしい」と打診を受け、2018年の秋ごろノーベル賞関係者にトランプ氏を推薦したという。

安倍元総理の外交儀礼のひとつだとしても、もちろんトランプ氏は悪い気はしないだろう。実はトランプ氏、安倍元総理だけでなく、様々な機会にノーベル賞が取れるように推薦してほしいと依頼しているというから、かなり本気なのだ。

トランプ氏は言うまでもないが大金持ちである。さらに大統領という地位も手に入れた。金と地位の次には名誉を手に入れたいと思うだろう。それがノーベル平和賞だ。

金と地位は墓の中まで持っていくわけにはいかないが、名誉は死後も語り継がれる。アメリカ最悪の大統領といわれるより、世界最高のアメリカ大統領といわれる方が気分がいいに決まっているのだ。

アメリカ大統領は2期しか務めることができないから、その次はない。今度大統領に選ばれたら、有権者に媚びを売って次の選挙のための票を稼ぐ必要はないのである。共和党の綱領などくそくらえ。自分がノーベル賞をとれればそれでいいのだ。結局、それが共和党の評判を高めることになるだろうし。

ちなみに過去にはかれがライバル視したバラク・オバマ元大統領もノーベル賞を取っている。オバマ氏は実際、何もしていないのにノーベル賞だ。トランプ氏は「オバマがノーベル賞だって。何もしていないのに。だったら俺の方がもっとノーベル賞の価値がある。」そういう発言もしている。

トランプ氏がノーベル賞を狙っているというのは、単なるうわさではなく、かなり本気のようなのだ。

では、どうすればかれはノーベル賞を受賞できるだろうか。かれが本気でノーベル賞を狙っているのなら、その行動はだいたい予測できることになる。

どうすればノーベル平和賞が取れるのか

バイデン氏が大統領になってから、ウクライナとパレスチナという重要な国際紛争がふたつ起こっている。ウクライナは泥沼化し、パレスチナは解決の糸口も見えない。

バイデン大統領はウクライナを支援しているが、供与したミサイルにロシア領内に打ってはいけないと制限をつけたり、戦車や戦闘機をわずかな数に制限したり。負けそうになると制限を緩めるが、勝ち始めると制限する。

バイデンはそもそも勝とうとしているのか、どこまで勝って手打ちにするつもりなのか、何かの戦略があって介入しているとは思えない。

パレスチナについても、バイデン氏は煮え切らない。
ガザへの過酷な攻撃についてイスラエルを非難しているにもかかわらず、国連の停戦決議には拒否権を発動するという具合だ。何度も和平への話し合いが行われているにも拘わらず、詰め切らない。

バイデン氏ではこの二つの紛争を終わらせることはできないし、そもそも終わらせようと考えていないのだろう。このままいけば、さらに世界各地で別の紛争が起こる可能性さえある。

トランプ氏が大統領なって、かれが仲裁に乗り出し、この二つの紛争を終わらせれば、ノーベル賞も見えてくる。実際、かれはウクライナの戦争は24時間で終わらせると豪語しているのだから、少なくともバイデン氏と違ってウクライナ戦争を終わらせる努力をするだろう。

過去にも、ジミー・カーターがノーベル賞を受賞しているが、それは国際紛争の平和解決に尽力したという理由で。また、大統領ではないがヘンリー・キッシンジャーが、ベトナム戦争の平和交渉に尽力したという理由で、それぞれノーベル賞を受けている。

極めつけは日露戦争を終わらせたセオドア・ルーズベルトだ。もともと、日本はアメリカに仲裁を依頼していたのだが、日本が日本海海戦で勝利を収めた時期を見計らって、かれが仲介に入って戦争を終わらせた。

同じように、米軍が全面協力してウクライナが優勢になったところで、仲裁条件を持ち出して戦争を終わらせたらどうだろう。バイデン氏のお陰で戦争が長引き、ウクライナもロシアも疲弊して、早く戦争を終わらせたいと思っている。ちょうどいい機会だ。

もう一つの条件環境政策

ただし、トランプ氏の場合は、戦争を終わらせただけではノーベル賞は難しいと思う。もちろんトランプ氏にはさまざまなスキャンダルがあるから、これも逆風とはなるが、それを置いても、かれの一番の問題は地球環境問題に後ろ向きなことだ。

前回の大統領のときも、かれは地球温暖化は信じないと断言した。そもそもトランプ氏の強力な支持母体のひとつが石油業界だし、「(石油を)掘って掘って掘りまくれ」が共和党のスローガンである。

一方、ノーベル平和賞を決めるのはノルウェーの議会が指名するノーベル委員会だ。(平和賞を決めるのはスウェーデンではなくノルウェー)

ノルウェーは北海油田を持つ産油国であるが、産出した原油はほとんど輸出に回し、自国の電力にほとんどは豊富な水力をはじめとする自然エネルギーで賄っている。EV(電気自動車)の販売比率は90%に達し、SDGsの達成度も世界第4位。世界でも有数な環境大国なのだ。

実際、ノルウェー・ノーベル委員会は地球環境問題に貢献したという功績を認めて、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)や大統領候補だったアル・ゴア氏にもノーベル賞を贈っている。

ウクライナやパレスチナで紛争を解決しても、人為的な気候変動そのものをフェイクだという人にノーベル平和賞は贈りにくいだろう。なんといってもアメリカは中国に次いで世界第二位のCO2排出国なのだ。

さて、大統領になったらトランプ氏はどうするか。ノーベル賞を取って世界に貢献した大統領といわれるか、石油業界に媚びをうって歴代最低の大統領といわれるか。

2024年7月20日

ジェット燃料不足はなぜ起こっているのか 生産量が足りないわけではない

ここのところ地方空港を中心に航空機用燃料、すなわちジェット燃料の不足が問題となっている。コロナ後の訪日外国人客(インバウンド)の急回復に伴って、旅行客が増加。インバウンドは地方創生の切り札と期待する地方自治体もあるなか、ジェット燃料が不足したため、航空便の増便を断念する事例も相次ぎ、地方経済の活性化の足を引っ張る形となっている。

なぜ、今ジェット燃料の不足という事態が起っているのだろうか。
近年、製油所がつぎつぎと廃止されているため、ジェット燃料の生産能力が不足しているとか、ガソリン需要の低迷しているため、ガソリン生産に伴って生産されるジェット燃料も生産量が減っているとか、そういうことを心配する向きもある。しかし、製油所でジェット燃料の生産能力が落ちているというのは考えづらい。

意外に思う人もいるかもしれないが、ジェット燃料は実は灯油と同じものなのである。規格項目が灯油とは多少違っていることや、水分の含有量などに配慮しなければならないというような違いもあるが、基本的にジェット燃料は灯油と同じもので、ENEOSや出光などのガソリンスタンドで売られている灯油で、航空機は十分、空を飛ぶことができる。

2023年度1年間のわが国の生産量でいえば、灯油は1,132万㎘、ジェット燃料は1,169万㎘でほぼ均衡している。灯油は暖房に使われるから冬場が需要期で、夏場の販売量は大幅に落ち込む。いまは夏だから、灯油の需要は少ない。その分だけ原油から得られる灯油はジェット燃料に回せることになる。この夏場になって急にジェット燃料の生産が落ちるというのは考えづらいのだ。

下の図は、ジェット燃料の年間出荷量を示している。2020年にコロナパンデミックによって、出荷量は激減し、そのあと、急速に回復してきているが、それでもようやくパンデミック前に戻っただけである。だからそれほど製油所での生産に無理があるとも思えない。

ではなにが、ジェット燃料不足の原因なのだろうか。
石油連盟の資料によると、ジェット燃料の不足は生産量ではなくて物流の問題のようなのだ。

ジェット燃料は製油所で生産されたあと、近くの空港にはタンクローリーで届けられる。タンクローリーとは街でよく見かける、荷台がタンクになっているトラックだ。空港が製油所から遠い場合は製油所から内航タンカーで一旦、空港近くの油槽所とよばれるタンクに運ばれたあと、油槽所からタンクローリーで空港に届けられる。

あるいは大きな臨海型空港では、製油所から直接内航タンカーで配送されることもある。つまり、ジェット燃料の輸送は内航タンカーとタンクローリーを組み合わせて行われているのである。

しかし、いま日本全国で問題になっていることがある。それは人手不足の問題だ。ジェット燃料の配送においても、やはり労働力不足問題が発生している。内航タンカーの船員について言えば、人数的には減ってはいないものの、2022年4月に施行された船員法の改訂によって1日の労働時間や残業時間が制限され、連続休息の取得も義務付けられることになった。その結果、船の稼働率が大幅に低下しているのだ。

また、タンクローリーについても同様の問題が起こっている。下のグラフに示すように、わが国のトラック運転従事者は減りつつある。そのうえ、2024年から時間外労働や年間拘束時間などの制限が取り入れられた。これによって、運転従事者の労働時間が短くなってタンクローリーによる配送がうまく回らなくなっているのだ。

道路貨物運送業の運転従業者数の推移
(持続可能な物流の実現に向けた検討会(第1回)資料より)

以上のように、空港でのジェット燃料不足は、製油所でのジェット燃料の生産量というより、製油所で生産されたジェット燃料を地方の空港に届ける物流が原因のようなのだ。

もともと、内航タンカーやタンクローリーのような運輸事業は、労働時間が長いことや労働条件環境が過酷なことで知られていた。その結果、若年層の定着率も低く、従事者の高齢化も進んでいる。

このような過酷な労働条件を改善するために船員法や労働基準法が改訂されたわけであるが、そこにコロナパンデミックが終息したことによるインバウンドの急激な回復が重なり、ジェット燃料の輸送が追い付かなくなったということなのだろう。

インバウンドによる観光事業もわが国にとって重要な産業であり、また船員やタンクローリーの運転従事者の過酷な労働を緩和することもまた重要な政策である。今後、必要な物流従事者を確保するとともに、需要を正確に予測した上での計画的な輸送スケジュールの作成など、安定的で、効率的な輸送を確保する工夫が必要となってくるだろう。

2024年7月4日

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またひとつ「石油」の文字が消えた JPECの名称変更 「脱石油」?に進む石油会社

一般にはあまり知られていないが、石油業界の関連団体に「石油技術センター(JPEC)」という組織がある。その団体が今年4月から名称を変更した。新しい名称が「カーボンニュートラル燃料技術センター」。あれ? 石油業界の団体なのに「石油」の文字が消えた。

JPECとは

JPECは1986年の設立。このときは「石油産業活性化センター(略称PEC)」と称していたのだが、その後「石油技術センター」に名称が変わっている。その役割は、「石油及び石油産業に関する技術開発。調査研究及び情報収集。エネルギー供給構造の高度化促進。地球環境の保全とエネルギーの安定供給の確保」とされる。

つまり、石油に関する技術開発や調査研究、情報収集が仕事である。このほかにも原油調達の安定化を目的としてアラブ諸国など産油国との共同プロジェクトなども行ってきたが、こちらの仕事はJCCP(国際石油・ガス・持続可能エネルギー協力機関)という組織に移管されている。

JPECの本部は東京都江東区にあり、他に基盤技術研究所と北米、欧州および中国にそれぞれ駐在員事務所を置く。JPECは一般にはあまり知名度は高くないが比較的大きな組織なのだ。賛助企業には石油元売り各社やエンジニアリング会社、触媒・添加剤会社、自動車工業会など石油に関連した企業が名を連ね、所属職員も大半は賛助企業からの出向である。

その組織が2024年4月1日付で名称を変更。その名も「カーボンニュートラル燃料技術センター」となった。

おや?「石油」の文字が消えた。ただし、英文はJapan Petroleum and Carbon Neutral Fuels Energy Center (略称JPEC)。英文ではカーボンニュートラル燃料(Carbon Neutral Fuels)が付け加えられたが、石油(Petroleum)の文字は残っている。

今後、石油に関する従来事業に加えて、新たにカーボンニュートラル燃料の技術開発プラットフォームとしての機能を追加するという。

石油会社の社名から「石油」が消えている

今回、石油業界団体のひとつから「石油」の文字が消えたが、実は従来から石油会社名から「石油」の文字はどんどん減ってきている。

1980年代、日本の石油元売会社は15社あった。その15社のうち、出光興産を除く14社にはすべて社名に「石油」が入っていた。日本石油、共同石油、大協石油、丸善石油、エッソ石油などだ。年配の方にはお馴染みの名前も多いだろう。

今日の石油産業(石油連盟)2023より

しかし、これらの元売石油会社は合併や統合を繰り返し、そのたびに社名から「石油」の文字が消えていったのだ。1992年には共同石油と精製会社の日本鉱業が合併してジャパンエナジーに、 2010年には新日本石油とジャパンエナジーが合併してJX日鉱日石エネルギーに、そしてそのJXが東燃ゼネラルと合併してENEOSに。また、昭和シェル石油が出光興産と合併して昭和シェル石油の名前が消滅という具合である。

現在は1986年以降、合併や統合をしていないコスモ石油と、1980年代から他社との合併・統合をまったくやっていないキグナス石油および太陽石油が「石油」という名を残している。といっても、キグナス石油と太陽石油の売上高は合わせても全体の4%程度でしかないから、日本の石油業界はENEOS、出光、コスモの3社に統合されていると言っていいだろう。

石油会社から「石油」が消えた理由

なぜ、石油会社から「石油」という文字が消えていったのか。それは石油だけがビジネスの会社ではなくなった。あるいは石油という名前がついていると石油以外のビジネスには進みにくいということだろう。そして合併や統合によって社名を変えるとき、これを好機として石油という文字をなくしていった。ということだ。

例えばENEOS(ENEOSホールディングス)は次のような事業を行っている。

  • ENEOS:石油製品の製造販売
  • ENEOSマテリアル:石油化学製品の製造販売
  • JX石油開発:石油天然ガスの開発・生産
  • JX金属:非鉄金属、半導体材料の製造販売、金属リサイクル
  • ENEOS Power:電力の販売
  • ENEOSリニューアブルエナジー:太陽光発電、風力発電、バイオマス発電

出光興産の場合は

  • 燃料油:石油製品の製造販売
  • 石油化学:エチレンの生産
  • 高機能材料:電子材料、エンジニアリングプラスチック、農薬等の生産・販売
  • 資源開発:石油・天然ガス開発、地熱発電
  • 電力:太陽光発電、風力発電、バイオマス発電

単なる石油の精製販売だけではないことが分かるだろう。
もちろん、現在のところ石油関連事業が事業の柱であることは間違いないが、2000年頃から少しずつ石油以外の事業にも手を広げ始めてきた。恐らく、このころから石油の時代は盤石ではない。やがて終わるかもしれないという危機感があったのだろう。そして、それは現実のものになりつつある。

2024年6月22日

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未来のガソリンはこうなる? 出光、ENEOS、トヨタ、三菱重工が検討を開始

2024年5月27日。出光興産、ENEOS、トヨタ、三菱重工の4社はカーボンニュートラル(以下「CN」)社会の実現を目指して自動車の脱炭素化に貢献する「CN燃料」の導入・普及に向けた検討を開始したと発表した。

今後、日本の自動車市場におけるCN燃料の導入や制度について議論・検討することや、エネルギーセキュリティ、製造の実現可能性を調査するとしている。ただし、具体的にどのような燃料になるのかは明らかではない。

この記事では、この4社が中心となって進める「未来のガソリン」はどのようなものになるのかについて予想してみたい。

未来のガソリンに必要な2つの要素

未来のガソリンには次の二つの要素が必要となるだろう。

  • カーボンニュートラル(CN)であること
  • 現在のガソリンエンジンがほぼそのまま使えること

このうち、①についてはプレスリリースでも言及されているが、②も当然のことであろう。未来のガソリンは、従来のような出力が大幅に向上しますとか、エンジンをきれいにしますとかいうことを売りにしたガソリンではない。未来のガソリンは地球に優しい燃料でなければならない。

わが国をはじめとして米国や欧州など主要国は2050年までにカーボンニュートラルを達成するという目標を掲げている。その目標を達成するために電気自動車(EV)が推奨されているわけであるが、CN燃料を使えば従来のガソリン車でもCNが達成できるというところがミソだ。

また、各国は2035年までに従来のガソリンや軽油を使った小型車両の販売を禁止する計画があるが、それが厳格に実施されてもすでに販売されている車は廃車になるまでは走り続ける。そういう車でもCN燃料を使えばCO2排出はゼロとみなせる。そこがCN燃料の強みのひとつだ。だから未来のガソリンはCNであるだけでなく、現在のガソリン車にそのまま使えることが条件となる。

候補はふたつ

ではどんな燃料が想定されているのだろうか。上述の4社のプレスリリースでは合成燃料系とバイオ燃料系を挙げている。合成燃料というのはCO2と水素を原料として作られた燃料だ。

すでにポルシェなどが支援するHIFという会社が空気中のCO2と水を電気分解して作った水素からガソリンを作るプラントを完成させている。e-fuelと言われるものだ。この会社は出光興産と提携契約を結んでいるから、これが候補の一つとなるだろう。

一方、わが国のグリーンイノべ-ション基金でも合成燃料の開発を行っているが、その中心となっているのがENEOSだ。また、三菱重工はCO2の回収装置については世界トップシェアを誇る企業だ。

もうひとつのバイオ燃料系であるが、ガソリンの代替となるのがバイオエタノールだ。これはサトウキビやトウモロコシを原料として作られるが、農業廃棄物や木材などのセルロース系原料からも製造できる可能性がある。

バイオエタノールをガソリンの代替にする方法については拙著「なぜバイオエタノールはガソリンの代わりになるのか」に詳しく書いているので、興味のある方はご覧いただきたい。

現在のガソリン車で使えるか

次に問題になるのが、そのままガソリンエンジンで使えるかという点である。

ポルシェなどが開発しているe-fuelはMtG法という方法で作られており、製造されたガソリンは現在のガソリンとほぼ同じ品質を持つといわれているから、このままガソリンエンジンで使うことができるだろう。

一方、 ENEOSなどが開発している方法はFT合成法といわれる方法であるが、そのままでは現在のガソリンエンジンでは使えない。アップグレードと呼ばれる操作がうまくいけば現在のガソリンと同等のものが作れるだろう。

バイオエタノールについては、現在でもガソリンに3%まで混合して使用することが可能で、車種にもよるが、10%までは問題ない。しかし、高濃度のバイオエタノールを使うには、それ専用の車両が必要となる。トヨタは昨年、100%バイオエタノール燃料でも走行できるハイブリッド車をブラジルで発売している。であれば現在の車両そのままでは無理でも若干の手直し程度で高濃度のバイオエタノールが使えるようになるだろう。

出光興産はバイオエタノールを脱水してエチレンにしたあと、オリゴメリゼーションという方法で液体燃料とする技術の開発を行っている。主な生産物はジェット燃料であるが、この技術を使ってガソリンを製造することも可能であろう。

未来のガソリンは少しずつ変化する

つまり、合成燃料系でもバイオ燃料系でも、若干の工夫をすれば現在の自動車でもほとんどそのまま使えるガソリンができそうだということである。ただし、当初は従来のガソリンにCN燃料を混ぜて使うことになるだろう。

そして、本当に現在のガソリン車でも問題がないか確認しながら、少しずつCN燃料の割合を増やしていくという地道な作業が行われるだろう。EVのように一気に全く新しいものを導入するというのとは対照的である。

そして、最終的には、既存のガソリン車を使いながら、従来のガソリンと何の違和感もなくそのままCN燃料が使えるというのが理想である。

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不凍液殺人事件 エチレングリコールって何だ

東京都台東区のマンションで今年(2024年)2月、不凍液などを飲ませて4歳の少女を殺害した疑いで少女の両親が逮捕された。さらに2018年に父親の妹も急死しているが、これも警視庁は不凍液による殺人とみて2人を再逮捕している。

不凍液の成分はエチレングリコールという化学物質だが、市販されていて、だれでも購入することができる。エチレングリコールとはどんなものなのか、簡単にまとめてみた。

エチレングリコールは無色透明(不凍液として販売されるときは緑色やピンクなどに着色されている)の可燃性のある液体だ。国内では石油を原料として年間50万トン以上が生産される化学業界ではかなりありふれた化合物である。

そのうち、不凍液として使われるのは10%程度で、主な用途はペットボトルとしておなじみのPET樹脂や合成繊維(ポリエステル)の原料である。ペットボトルやポリエステルの原料といっても、樹脂や繊維になってしまえば毒性はまったくなくなるので心配する必要はない。

しかし、エチレングリコール単体では経口毒性があって、致死量は大人の場合で111g(既存化学物質安全性評価シートより)だ。かなり大量に飲まなければ死には至らないものの、甘みがあるので毒性があるとは気づかずに飲んでしまうことがある。

実際に、誤飲や飲料水への混入による多くの死亡例が報告されており、死因は急性の中枢神経系の機能不全および肝臓障害によるとされている。

化学的にはグリコール類という部類に入る。グリコール類とはヒドロキシ基(-OH)という部分が2個以上ある有機化合物で(-OHが1個のものはアルコール類)、その中で最も小さい分子が炭素数が2のエチレングリコールだ。炭素数3のものはプロピレングリコール、エチレングリコールが2個くっついた形をしたものはジエチレングリコールとよばれる。

この3つはいずれも水に溶かして不凍液として使用することができる。
プロピレングリコールは毒性が低いため、医薬品や化粧品にも使われているが、ジエチレングリコールはエチレングリコールと同様に毒性がある。このジエチレングリコールは1985年頃、甘みやまろやかさを出すためワインに添加されて販売されていたことから問題になったことがある。

わが国では不凍液はエチレングリコールが使われているが、このような毒性のあるものが一般に市販されているということは問題だろう。不凍液としては、もっと毒性の低いプロピレングリコールを使うべきだと思う。

2024年3月7日

トヨタのHV販売好調、EVは不調 だからといってEVはダメとはならない理由

最近、トヨタのHV(ハイブリッド車)の売れ行きが好調で、その一方でEVの売上が振るわないというニュースが広がっている。

REUTERの記事によると昨年(2023年)1月から11月までの米新車登録台数に占めるHVの割合は9.3%で、EVを1.8ポイント上回ったという(S&Pグローバル・モビリティのデータ)。

EVの大手メーカーであるテスラ社は売上不振を受けて米国、中国を含む主要市場で昨年から大幅な値下げを実施したが、その結果、利幅が縮小しているという。

これを受けて、日本のマスコミやネット上ではそれみたことかEVなんて普及するわけがないとか、やはりトヨタは正しかったとかの論調がみられる。YouTubeなんか「EVはオワコン認定」とか、「EV失速」とか、「EV産業の末路」とか、そんな過激な記事であふれている。

しかしながら、このHVの好調は一時的なものでしかなく、長い目でみればとEV化は確実に進んでいくだろう。

EUは一昨年(2022年)、2035年までにCO2を排出する新車の販売を禁止すると発表している。これを受けて日本のマスコミは、EUがエンジン車を全て廃止するとか、EV以外は認めないとか報道をしている。

そして、EUがe-fuelの使用を容認すると、EUがエンジンを認めたとか、EUが方針を撤回したとか、やはりEUはEV化は無理だと気づいたかとか、の報道が見られた。しかし、そもそもEUはエンジン車を認めないと言っていたわけではないから、この報道は間違っている。

まず、EUが発表した内容を確認してみよう。この発表の内容は要約すると以下のとおりだ。

  • 2035年までにCO2を排出する乗用車および小型商用車の新車販売を禁止する
  • 2030年までに2021年比で乗用車で55% 、小型商用車で50%のCO2排出量を削減する

つまり、EUは地球温暖化の原因となるCO2の排出量を規制しているのであって、エンジン車を禁止するとか、EVでなければならないとは一言も言っていない。そして、2030年に乗用車で55%のCO2排出量を削減するという中間目標を立てている。

つまりEUは一気にEVにしなさいとか、エンジン車は廃止だとか言っているわけではなく、あくまでも目的はCO2排出量の削減であり、そのための方法はカーメーカーが考えなさいということ。そして2030年の中間目標は55%の削減ですよ、それに向かって努力してくださいといっているわけである。

これは日本でも同様で、第6次エネルギー基本計画では2030年に運輸部門全体でCO2排出量を35%減らすという中間目標が掲げられている。

つまり、将来的には自動車からのCO2排出はゼロにする。そのための手段としてEVやe-fuelがある。ただし、現在は中間目標に向かってCO2の排出量を削減していく段階にある。

中間目標はCO2の削減であってゼロではないのだから、EVにこだわる必要はない。といっても純ガソリン車や欧州で普及率の高いディーゼル乗用車では中間目標を達成することは難しい。だからHVという選択になる。ということだ。

今のところ、EVは値段が高く、充電にかかる時間が長い割には航続距離が短いという欠点がある。それなら、今のところEVでなくてもHVの方がいい。しかし、2035年のCO2排出量をゼロにするにはやはりHVでも目標達成はできない。そのころにはEVの性能も上がってHV並みになっている可能性もある。

ということでHVの好調はこれからずっと続くわけではなく、いつかはEVに置き換わっていくことにならざるを得ないだろう。

渚に佇んで、寄せては返す波を見ていても潮が満ちているのか引いているのかはわからない。と同じように、一時的なHVの販売好調をみて、EVはだめだということにはならないということだ。

それにしても、トヨタの新型プリウスはかっこいい。これなら売れると思う。しかし、この好調に甘んじず、トヨタは次のEV化に向けて走り出してほしい。当然、考えていることだろうけど。

2024年2月12日

災害時に役に立つのはやはり石油 エネルギー供給の「最後の砦」

能登半島地震

今年1月1日、16時10分頃、非常に大きな地震が能登半島を襲った。最大震度は7。被害状況はまだ確認されていない部分があるが、この記事を書いている1月25日時点のまとめでは死者223名、負傷者1,284名、住宅の全壊、半壊合わせて16,000棟以上に及ぶ激甚災害であった。

このような災害が起こったとき、まず家屋の倒壊や津波、地崩れ、火災などの直接的な被害のほか、被災者の避難や損害の復旧、生活の再建が必要となる。

ここで重要となるのがライフラインの早期復旧である。災害が発生すると普段あるのが当たり前と思っていた水道や電気、ガス、石油が災害によって使えなくなる。これによって災害復旧作業にも大きな障害となる。避難した被災者にも不便を強いることになり、最悪の場合、災害関連死の要因ともなる。

ライフラインの状況

そのライフラインの復旧状況であるが、断水は最大75,300戸。このうち1月24日時点で45,380戸がまだ復旧していない。電力については最大40,500戸が停電し、24日現在、約4,700戸が復旧していない状態と報告されている。

一方、ガソリンや軽油、灯油を供給するガソリンスタンド(SS)については、震災直後に営業停止となったところが65軒。営業可能なのは207軒。状況確認中が259軒となっていた。しかし、24日時点では13軒が営業停止中と報告されており、それ以外のほとんどのSSは復旧して営業中と思われる。

また、石油製品を貯蔵しておく油槽所についても、地震直後に一部で配管に損傷があったため出荷停止となったものの、近隣油槽所からの応援配送により大きな影響はなかったと報告されている。そして24日の現時点では順調にローリー出荷中という。

石油は防災の最後の砦

ライフラインのうち、もちろん水も電気も重要であるが、石油は災害時には特に重要な役割を果たす。消防、救急、警察それに自衛隊用車両の燃料として欠かせないし、病院などの自家発電用にも使用される。一般家庭や避難所に芯式の石油ストーブがあれば、停電していても暖房ができるし、煮炊きもできる。

自宅が倒壊あるいは余震で崩壊する恐れがあるため、自家用車内で生活する人もいるが、車内暖房のためにもガソリンが必要である。

このように石油は災害時に電気や都市ガスの不通を補う重要な役割を担うことができるし、石油は備蓄ができるという利点もある。

第6次エネルギー基本計画でも
「石油は、エネルギー密度が高く、最終需要者への供給体制及び備蓄制度が整備されており、可搬性、貯蔵の容易性や災害直後から被災地への燃料供給に対応できるという機動性に利点がある」とされており、石油は災害時にはエネルギー供給の「最後の砦」となると、その役割が強調されている。

意外に強靭 石油の供給体制

既に述べたように、今回の能登半島地震ではSSの被害は比較的少なく、またその復旧は電気や水道に比べてかなり早く、比較的早期に石油製品の提供を開始している。これは、実はSS側で従来の災害を教訓として、様々な取り組みを行ってきたからである。

SSはもちろん、ガソリンのような大量の危険物を取り扱う施設であるから、付近住民から不安視されることもある。実際、SSの建設計画が持ち上がると近隣住民の間で反対運動が起こることも珍しくなかった。

その認識を変えたのが、1995年に発生した阪神淡路大震災である。このとき、神戸市内で大規模な火災が発生し、付近一面が焼け野原になった地域もあった。にもかかわらず、SSで火災が発生したという例はなく、むしろSSだけが火災からまぬがれポツンと残っていたという例がいくつも見られたのである。

阪神淡路大震災に伴う火災ではガソリンスタンドだけが焼け残った

これはSSが法令によって決められた厳格な安全設計で建設されているからで、特に火災が発生したとき、付近の建物への延焼を防ぐために高さ2m以上の防火壁で周囲を囲うことが決められている。この防火壁のお陰で逆にSS内部が火災から守られたのである。

これを契機として、SSは危険な設備ではなく、逆に災害に強い施設であると見直されることになり、逆に災害時の防災拠点として整備が進められてきたという経緯がある。

具体的には全国のSSの中から約2,000か所が中核SSとして整備されている。中核SSは災害時には緊急車両への優先給油を行うため、自家発電設備や大型タンクが整備された。

また、中核SSほどではないが、自家発電設備を備え、災害時に地域住民の石油製品の供給拠点となる役割を持つ住民拠点SSが14,500か所整備されている。これは全国の総SSの内の半数以上に相当する。

中核SSや住民拠点SSは、自家発電装置や緊急設備の定期的な稼働確認が義務付けられており、また、災害時に対応する研修や訓練を行っている。今回、能登半島地震でもSSがいち早く復旧したのは、このような日ごろの備えが生きたのではないだろうか。

今後どうなる

このように、災害発生時にはSSが防災拠点のひとつとなって大きな働きをすることが期待されている。しかし、近年、ガソリンや灯油の消費量が減ってきており、このためSSの数も減少し始めている。

さらに、地球温暖化対策として、今後EVが普及が予想されており、SSの数は今後も減り続けることになる。そうなると将来的には災害時に石油の供給ができなくなる可能性もある。

気候変動対策としてEVの普及は必要であるが、緊急車両までEV化してしまうと災害時に活動できなくなる恐れがある。今後EV社会が実現した場合、災害対策をどうするのか、課題として捉えておく必要があるだろう。

2024年1月28日

羽田空港衝突事故 燃えたJAL機の機体の半分以上が炭素繊維強化プラスチック(CFRP)製

1月2日。17時47分頃、新千歳空港を飛び立ち、羽田空港に着陸しようとした日本航空516便(以下「JAL機」)が、滑走路に待機中だった海上保安庁の航空機(以下「海保機」)と衝突する事故が起こった。

この事故により、海保機は乗員6名のうち5名が死亡、1名が重傷を負ったが、JAL機の方は14名が軽傷を負ったものの衝突18分後には乗員乗客379名全員が機内から脱出している。乗員が脱出したあと、JAL機は火炎に包まれ、8時間後にようやく消し止められた。

日本航空516便衝突炎上事故の残骸(JA13XJ)By Makochan12.9 – Own work, CC BY-SA 4.0,
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=143460716

ここで気になったのが、乗員乗客が脱出したあとJAL機が8時間も燃え続け、胴体部分が跡形もなく燃え尽きたことである。これからこの事故についての調査が行われるだろうが、この飛行機の主要部分が炭素繊維強化プラスチック(CFRP)で作られていたということが、この航空機火災事故にどのような影響を与えたのかが一つの焦点になるといわれている。

航空機火災事故では何が燃えるのか。まず考えられるのが燃料である。JAL機の燃料は当然ジェット燃料であるが、ジェット燃料というのは実はガソリンスタンドで売っている灯油と同じものと考えていい。ジェット燃料特有の規格に合格しなければならないが、特に変な作り方をしなければ普通の灯油でもジェット燃料として使える。

灯油はご存じのとおり、常温ではマッチで火を近づけても火は着かない。これはジェット燃料も同じことでガソリンよりも安全な燃料なのだが、一旦火がついてしまえば、燃焼熱で燃料自体が温まるから燃え広がって行くことになる。

今回の事故では、海保機との衝突で燃料が漏れだし、ジェットエンジン内の炎などが着火源となって燃えだしたことが考えられる。

しかし、今回の事故では燃えたのは燃料だけではない。JAL機の機体であるエアバスA350という機種は機体の半分以上がジュラルミンのような金属ではなく、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)でできているのだ。CFPRが使われていたことが、火災にどのような影響を与えたのだろうか。

航空機の材料はもちろん軽いことが望ましいが、一方で400人もの乗客を乗せ、時速1000㎞で、高度1万mを飛行するから、機体には大きな負荷がかかる。その負荷に耐えられる強度のある材料でなければならない。

従来はジュラルミンやアルミニウム・リチウムなどのアルミ合金が使われてきたのだが、軽くて強度の高い炭素繊維が発明されると、それを使った炭素繊維強化プラスチック(CFRP)が機体材料として使われるようになってきた。

最初は機体のごく一部で使われてきたのだが、新しい機体ほどCFRPの使用範囲が広がっている。エアバスA350で使われている材料の内訳は以下のとおりである。

CFRP    53%(使用箇所=胴体、尾翼、主翼部分)
 
アルミ、アルミ・リチウム合金 19%(使用箇所=リブ、フロアビーム、ギアベイ)

チタン    14%(使用箇所=着陸装置、パイロン、アタッチメント)

スチール    6%

その他        8%

A350では、従来、航空機に使われていたアルミ合金は全体の2割ほどしかない。かわりにCFRPが53%と、全体の半分以上に達している。使われている部分も胴体、主翼、尾翼だから、外部から見える範囲のほとんどはCFRP製と言っていいだろう。これほど多量のCFRPを多用した機体は、A350が最初であり、そして今回が初めての火災事故となる。

ではCFRPとはどんなものなのか。CFRPは炭素繊維とプラスチックの複合材料だ。プラスチックだけでは強度が足りないので中に繊維を入れて補強する。その補強材として炭素繊維を使ったものがCFRPである。似たようなものに漁船やバスタブなどに使われるFRPがあるが、これは補強材としてガラス繊維を使ったものだ。

炭素繊維は石油から作られるアクリル樹脂を加熱加工して作られるもので、90%以上が炭素原子からなる。この炭素繊維にプラスチックを混ぜて固める。組み合わせるプラスチックとしては、熱を加えると固まるエポキシ樹脂のような熱硬化性樹脂がよく使われてきたが、逆に熱を加えると液体になる熱可塑性プラスチックも用いられることがある。

A350に採用されているのは帝人(株)が提供するテナックスTPCLといわれるCFRPだ。これは東洋レーヨン(当時)が開発した炭素繊維テナックスにPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)という熱可塑性プラスチックを組み合わせたもの。このテナックスTPCLは強度は鉄の10倍だが、重さは4分の1しかない。軽くて丈夫なので航空機の材料としては絶好の材料である。

PEEKの化学構造

では、このCFRPで火災がおこるとどうなるのか。炭素繊維自体は不燃性といわれる(500~600℃まで高温になると自然発火する)。PEEKは耐熱性、耐薬品性、耐腐食性が高い優れた材料であり、また、難燃性であるから燃えにくい。しかし、やはりプラスチックであるから高温になれば燃える。

今回の事故でも胴体部分は完全に燃え落ちている。炭素繊維自体は不燃性であるから、燃えたのはPEEKの部分だろう。プラスチック部分が燃えれば、形を保っていることができないので崩れ落ちることになる。炭素繊維は燃え残ったとしても外観が黒色なので燃え殻にしか見えないのかもしれない。

今後、事故の調査が進むにつれて、CFRPの火災に対する評価が行われることになるだろう。プラスチックだから燃えるという特性があるが、ジュラルミンでも高温の炎にあぶられれば熱で溶解し、機体自体が崩れる。

2007年8月20日、沖縄県の那覇空港に着陸後、火災が発生した機体。ボーイング737-800。機体はアルミ合金製。

今回の事故では、機体は海保機と衝突しても客室が破壊されることもなく、約1000m地上を走っている。さらにジェット燃料火災の炎にあぶられながらもCFRP製の胴体は強度を保ち、乗員乗客379名全員が脱出する18分間、燃え広がらずに耐え続けた。

しかし、そのあと機体自体が燃えはじめ、数時間燃え続けてほぼ完全に燃え尽きた。
これをどう評価するか。今後の調査で明らかにされるだろう。

2024年1月7日

ひやっしーの危ういビジネス このままではグリーンウォッシュ

一般社団法人・炭素回収技術研究機構(CRRA)の代表理事を務める村木風海〈かずみ〉氏がよくマスコミに登場するようになった。CRRAは地球温暖化の原因となるCO2回収装置「ひやっしー」を開発しており、家庭やオフィス向けに提供するサブスクリプション(定額制)サービスを国内の団体が始めたという。

12月22日付の朝日デジタルによると「X(旧ツイッター)などでは「スゴイ!天才」「衝撃と歓喜!」「世界中に広まるといいね」といった称賛がある一方、「逆にCO2の発生量を追加で増やすだけ」「環境問題にまったく寄与しない」といった批判も上がっている」という。

筆者もこのビジネスには大きな疑問がある。

問題は回収したCO2をどうするのか

ということだ。空気中のCO2を回収するだけなら、それほど難しくはない。アルカリ溶液に吸収させればいい。

実際、ひやっしーは、空気をコンプレッサーで加圧してアルカリ溶液の中に吹込んでブクブクさせている。これだけでCO2を回収することができる。簡単だ。

なぜ、こんな簡単なことを今まで誰もやらなかったのかというと、それは回収したCO2をどうするかの目途が立たなかったからだ。

空気からCO2を回収してもそのまま空気中に放出したり、アルカリ溶液ごと廃棄物処理業者に渡したりしたらなんにもならない。

CRRAでは、回収したCO2からガソリンを作る研究を行っているという。しかし、その技術が完成したわけではない。

確かに、CO2からガソリンを作ることは可能だ。すでに日本を含めて世界各地の研究機関で研究が行われている。ただ、これはかなり難しい

CRRAではCO2を使って微細藻類を培養し、これから採れるグルコースを発酵させてバイオエタノールを作って燃料にするというが、こんな方法は1970年代から提案されて研究が進められているが、いまだに実用化していない難しい技術だ。

ひやっしーがやっているようなアルカリ溶液にブクブクさせるだけといった簡単なものではない。桁違いの技術力と化学工場並みのプラントが必要となるわけだが、このような難しい技術をCRRAが持っているとは思えないし、2年や3年で開発できる技術でもない。

一番の問題は村木氏が提案している方法はすべて、新しいことはなにもない。世界中ですでに研究開発がはじまっているが、非常に難しくまだ完成した技術ではないということだ。CRRAがそれに取り組むのは結構だが、他の研究に比べて特に優れた成果を上げているとも思えない。

いまのところ、ひやっしーで回収されたCO2は、そのままCRRAのラボに保管されているということであるが、いずれは満杯になる。そのときはどうするつもりなのか。

まず、回収したCO2をどう処理するかの

目途を立てた上でビジネスを始めるべき

だろう。

まだその目途もたっていないのに、とりあえずひやっしーをサブスクで販売しておいてから、集めたCO2の有効利用の目途が立たない場合はどうするのか。そのときはビジネスは止めますというのなら、集めた金は全額返金すべきであろう。

少なくとも回収したアルカリ溶液をこっそり捨ててしまうなんてことだけはやってほしくない。

ひやっしーを購入した人や企業や組織は、これが地球温暖化緩和の役に立つと思っているはずである。にも拘らず、集めたCO2をただ貯めておくだけなら、それは典型的なグリーンウォッシュということだ。
(グリーンウォッシュ:実際には効果がないのに環境にいいことをやってるふりをして広告効果をあげたり、投資を呼び込んだりすること)

村木氏は「科学の尺度だけでは計れないビジネスの話をやっている」とインタビューでは答えているが、ビジネスとしてやるのなら、まず、持続可能な技術を確立してからやるべきだろう。

2023年12月29日