ついにお腹を壊した

これは何?とかげ酒?

ハノイで夕食

その夜は、博士と一緒に夕御飯を食べることにした。

例によってホテルの近くの食堂街へ行くと、博士はいくつかの店を外から見て回り、ここがよかろうと一軒の店を決めて、ずんずん入っていかれる。店は入口付近が土間になっていて、数個の椅子とテーブルがあり、奥はちょっと高くなって座敷風になっている。座敷といっても畳はもちろんなくて、板張りの上にテーブル。そして薄い座布団が置いてある。

博士と私は座敷の方に陣取って、店のおばちゃんにビールを注文する。前もそうだったが、ビールはビアと言えばベトナムでも問題なく通じる。問題はメインディッシュである。メニューがないし、あったとしても読めないだろう。手振り身振りでなんか食べたいと伝えると、しばらくおばちゃんがベトナム語でしゃべったあと、わかったわかったと頷いて、厨房に入って行った。

ほんとうにわかったのだろうか。言葉が通じたとは思えないし、ちょっと心配になる。まあいい。何が出てきても食べられないことはないだろう。カエルだろうがヘビだろうが、ビールで押し流せばいいさと博士と二人で頷き合った。(あとで実際に食用ヘビが空港で売られていたのを見かけた。)

うまい鍋料理

やがて、卓上コンロがでてきて、その上に何やらスープが入った鉄鍋が乗せられて、おばちゃんがコンロに火をつける。そして鶏肉やら野菜やら薩摩揚げやらを盛った大皿を持ってきた。これは、見ればすぐにわかる。なべ料理だ。

私たちは、スープが煮えたぎったのを見計らって、具材をいれ、火が通ってから、小皿にとって、口に入れてみた。うん。これはうまい。スープの出汁は何からとっているのだろう。ややピリ辛だがうまい。

いやいやこれは正解。と博士とふたりでうなずきあった。残念ながら鶏肉は堅くて文字通り歯が立たなかったが、これは出汁を取るためだと諦めることにする。

おばちゃんが来たので、うまいうまいとほめると、おばちゃんも満足そうな顔をする。ついでに何か酒はないかと手振りで注文すると、これも通じたようで、やがて何やらガラスの容器に入った薄茶色の液体を持ってきた。飲んでみるとかなりアルコール度が高いが、紹興酒のような味がして、これもいける。

だいぶ酔いがまわったころ、またおばちゃんがやってきて、鍋の中の残った具材(つまり堅くて食べられなかった鶏肉)を大きなお玉で全部かき出してから、インスタントラーメンをバリバリと二つに割って、スープに入れる。つまりは「しめ」である。このスープで食べるラーメンも美味い。

お腹を壊した

博士と私はすっかり満足して、店を出た。料金はひとり1000円位。鍋料理とビールと何やらの酒でこの値段なら、十分満足である。

ところで店を出るときに、店の目立つ棚の上に大きなガラスの瓶が何本か置いてあることに気づいたので、写真に撮ってきた。これが冒頭の写真である。何が写っているかって。見ればわかることだが、トカゲが20匹ほどお酒に漬けてある。薄茶色のひげのようなものは高麗ニンジンか何かだろう。瓶にはピンクのリボンまで付けてある。

おばちゃんが持ってきた酒はこれだったのだろうか。と博士と話し合ったが、多分違うだろうとの結論に至った。根拠はないけれど。

そのあと、博士と一緒にホテルのバーで一杯やってから、眠りについたのだが、夜中にお腹が痛くなりだした。どうにもたまらず、トイレで吐いた。そうして眠りについたのだが、また気分が悪くなって、もう一度トイレで吐いた。二回吐いたら気分がよくなった。

翌朝、博士に夜中にお腹が痛くなりませんでしたかと聞いてみたが、平気だったとのこと。ということで食あたりではなくて、酒の飲み過ぎで悪酔いしたのだろう。あるいは酒が体に合わなかったのかもしれない。(実は博士の胃袋は、とっても頑丈にできていて、何物でも消化できる能力を持っているのだけれど、その時は知らなかった。)まあいい。仕事も終わったし、あとは日本に帰るだけだ。

その半年後、つまり翌年の5月。博士と私は再びふたりでベトナムを訪れることになる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。