羽田空港衝突事故 燃えたJAL機の機体の半分以上が炭素繊維強化プラスチック(CFRP)製

1月2日。17時47分頃、新千歳空港を飛び立ち、羽田空港に着陸しようとした日本航空516便(以下「JAL機」)が、滑走路に待機中だった海上保安庁の航空機(以下「海保機」)と衝突する事故が起こった。

この事故により、海保機は乗員6名のうち5名が死亡、1名が重傷を負ったが、JAL機の方は14名が軽傷を負ったものの衝突18分後には乗員乗客379名全員が機内から脱出している。乗員が脱出したあと、JAL機は火炎に包まれ、8時間後にようやく消し止められた。

日本航空516便衝突炎上事故の残骸(JA13XJ)By Makochan12.9 – Own work, CC BY-SA 4.0,
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=143460716

ここで気になったのが、乗員乗客が脱出したあとJAL機が8時間も燃え続け、胴体部分が跡形もなく燃え尽きたことである。これからこの事故についての調査が行われるだろうが、この飛行機の主要部分が炭素繊維強化プラスチック(CFRP)で作られていたということが、この航空機火災事故にどのような影響を与えたのかが一つの焦点になるといわれている。

航空機火災事故では何が燃えるのか。まず考えられるのが燃料である。JAL機の燃料は当然ジェット燃料であるが、ジェット燃料というのは実はガソリンスタンドで売っている灯油と同じものと考えていい。ジェット燃料特有の規格に合格しなければならないが、特に変な作り方をしなければ普通の灯油でもジェット燃料として使える。

灯油はご存じのとおり、常温ではマッチで火を近づけても火は着かない。これはジェット燃料も同じことでガソリンよりも安全な燃料なのだが、一旦火がついてしまえば、燃焼熱で燃料自体が温まるから燃え広がって行くことになる。

今回の事故では、海保機との衝突で燃料が漏れだし、ジェットエンジン内の炎などが着火源となって燃えだしたことが考えられる。

しかし、今回の事故では燃えたのは燃料だけではない。JAL機の機体であるエアバスA350という機種は機体の半分以上がジュラルミンのような金属ではなく、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)でできているのだ。CFPRが使われていたことが、火災にどのような影響を与えたのだろうか。

航空機の材料はもちろん軽いことが望ましいが、一方で400人もの乗客を乗せ、時速1000㎞で、高度1万mを飛行するから、機体には大きな負荷がかかる。その負荷に耐えられる強度のある材料でなければならない。

従来はジュラルミンやアルミニウム・リチウムなどのアルミ合金が使われてきたのだが、軽くて強度の高い炭素繊維が発明されると、それを使った炭素繊維強化プラスチック(CFRP)が機体材料として使われるようになってきた。

最初は機体のごく一部で使われてきたのだが、新しい機体ほどCFRPの使用範囲が広がっている。エアバスA350で使われている材料の内訳は以下のとおりである。

CFRP    53%(使用箇所=胴体、尾翼、主翼部分)
 
アルミ、アルミ・リチウム合金 19%(使用箇所=リブ、フロアビーム、ギアベイ)

チタン    14%(使用箇所=着陸装置、パイロン、アタッチメント)

スチール    6%

その他        8%

A350では、従来、航空機に使われていたアルミ合金は全体の2割ほどしかない。かわりにCFRPが53%と、全体の半分以上に達している。使われている部分も胴体、主翼、尾翼だから、外部から見える範囲のほとんどはCFRP製と言っていいだろう。これほど多量のCFRPを多用した機体は、A350が最初であり、そして今回が初めての火災事故となる。

ではCFRPとはどんなものなのか。CFRPは炭素繊維とプラスチックの複合材料だ。プラスチックだけでは強度が足りないので中に繊維を入れて補強する。その補強材として炭素繊維を使ったものがCFRPである。似たようなものに漁船やバスタブなどに使われるFRPがあるが、これは補強材としてガラス繊維を使ったものだ。

炭素繊維は石油から作られるアクリル樹脂を加熱加工して作られるもので、90%以上が炭素原子からなる。この炭素繊維にプラスチックを混ぜて固める。組み合わせるプラスチックとしては、熱を加えると固まるエポキシ樹脂のような熱硬化性樹脂がよく使われてきたが、逆に熱を加えると液体になる熱可塑性プラスチックも用いられることがある。

A350に採用されているのは帝人(株)が提供するテナックスTPCLといわれるCFRPだ。これは東洋レーヨン(当時)が開発した炭素繊維テナックスにPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)という熱可塑性プラスチックを組み合わせたもの。このテナックスTPCLは強度は鉄の10倍だが、重さは4分の1しかない。軽くて丈夫なので航空機の材料としては絶好の材料である。

PEEKの化学構造

では、このCFRPで火災がおこるとどうなるのか。炭素繊維自体は不燃性といわれる(500~600℃まで高温になると自然発火する)。PEEKは耐熱性、耐薬品性、耐腐食性が高い優れた材料であり、また、難燃性であるから燃えにくい。しかし、やはりプラスチックであるから高温になれば燃える。

今回の事故でも胴体部分は完全に燃え落ちている。炭素繊維自体は不燃性であるから、燃えたのはPEEKの部分だろう。プラスチック部分が燃えれば、形を保っていることができないので崩れ落ちることになる。炭素繊維は燃え残ったとしても外観が黒色なので燃え殻にしか見えないのかもしれない。

今後、事故の調査が進むにつれて、CFRPの火災に対する評価が行われることになるだろう。プラスチックだから燃えるという特性があるが、ジュラルミンでも高温の炎にあぶられれば熱で溶解し、機体自体が崩れる。

2007年8月20日、沖縄県の那覇空港に着陸後、火災が発生した機体。ボーイング737-800。機体はアルミ合金製。

今回の事故では、機体は海保機と衝突しても客室が破壊されることもなく、約1000m地上を走っている。さらにジェット燃料火災の炎にあぶられながらもCFRP製の胴体は強度を保ち、乗員乗客379名全員が脱出する18分間、燃え広がらずに耐え続けた。

しかし、そのあと機体自体が燃えはじめ、数時間燃え続けてほぼ完全に燃え尽きた。
これをどう評価するか。今後の調査で明らかにされるだろう。

2024年1月7日

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