原油から水素だけを取り出す技術が開発された?

2019年8月21日付けAFPBBニュースに「『汚染ゼロ』水素を原油から抽出、気候変動の突破口となるか」という記事が掲載されました。記事を読むと、温室効果ガスを排出せずに原油から水素を抽出する方法が開発された。気候変動の切り札となる技術だとも書かれています。

原油から作られた燃料を燃やせば温室効果のある炭酸ガスを発生してしまいます。しかし、原油から水素だけを取り出せれば、その水素は燃やしても温室効果ガスを発生しませんから、確かに気候変動に対して効果があるはずです。本当に原油から温室効果ガスを発生させずに水素だけを取り出すことが可能なのでしょうか。検証してみました。

AFPBBが取り上げた技術はスペインのバルセロナで開催された、ゴールドシュミット地球化学国際会議で発表されたとのことなので、この国際会議の予稿(発表の概要を記載したもの)をネットで調べてみると…ありました。ただ、とても簡単な予稿なので、限られた情報ですが、AFPBBの記事と合わせて検討してみたいと思います。

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結論

検討の結論は以下のとおりです。

  • この技術はカナダのオイルサンド層に残留した原油のみを対象としたもので、一般の原油に対して適用することを想定したものではない
  • 技術自体は既存のものの組み合わせであり、特に新しいものではない。
  • この技術は、経済性や製造された水素のロジスティックスの問題があるため、すべての油田に適用できるとは限らない

対象はカナダのオイルサンド層

まず、記事と予稿を比べてみて気づいたことは、AFPBBの見出しとAFPBBの記事、AFPBBの記事と国際会議の予稿の間では少しずつ内容が違ってきているということです。

例えば、AFPBBの見出しには「水素を原油から抽出」と書かれていてますが、記事を見ると、「放棄された油田の中に残留している原油」がこの技術の対象となっています。つまり、すべての原油から水素を取り出す話ではなく、放棄された油田に残っている原油から水素を取り出すという話なのです。

さらに国際会議の予稿を見ると、また違っていて、「カナダのオイルサンド層に残っている原油」と限定されています。

同じ原油でも、見出しでは「原油全部」を指すように見えますが、記事の中身は「油田に残っている原油」に限定しており、さらに実際は「オイルサンドという特殊な地層に残っている原油」のみが対象となっています。つまり、この記事はソースに遡るほど、だんだん話が小さくなっている。つまり針小棒大な記事になっているのです。

技術は火攻法と膜分離の組み合わせ

では、オイルサンド層に残っている原油から水素だけを取り出すのは可能なのでしょうか。記事によると、「油層に酸素を注入すると下層の温度が上昇し、水素が遊離されることを発見した。この水素をろ過すれば……唯一水素が生成される。」と書かれています。

油層に酸素を注入すれば、残留している原油の一部が燃焼して温度が上がります。AFPBBの記事では単に温度が上がれば水素が遊離されるように書かれていますが、実際には酸素と原油が不完全燃焼をすることによって、水素が発生します。これは部分酸化反応といい、よく知られた現象です。ただ、出てくるのは水素だけではなく、一酸化炭素も同時に出てきます。

部分酸化反応の反応式

さらに、油層の温度が上がることによって、原油の一部が分解してメタンなどの軽質炭化水素も発生するでしょう。

また、国際会議の予稿によれば、発生した一酸化炭素と油層内の水が反応して、水性ガスシフト反応が起こると書いてあります。この反応によってさらに水素の量は増えますが、一方で温室効果のある炭酸ガスが発生します。

水性ガスシフト反応の反応式

ということで、この技術によってオイルサンド層に残った原油から水素を作ることは技術的に可能です。ただし、油層から出てくるガスは水素だけではなく、一酸化炭素や炭酸ガス、メタンなどが混じった混合ガスの形で出てくるはずです。炭酸ガスやメタンは温室効果ガスですから、そのままではかえって地球を温暖化してしまいます。

そこで、AFPBBの記事では水素をろ過すると記載されていますが、ろ過というのは、液体や気体に混ざっている固形分を濾紙やフィルターで分離することを言います。ろ過ではゴミやほこりは除去できますが、炭酸ガスやメタンは水素と同じ気体なので、取り除くことはできません。(そもそもAFPBBの記者は、原油から遊離した水素には炭酸ガスやメタンが含まれていると考えていない?)

国際会議の予稿を見ると水素分離膜を使って混合ガスから水素を取り出すと書かれています。確かに分離膜を使えば、炭酸ガスやメタンを分離して水素だけを取り出すことが可能となります。

しかし水素を取り出したあとに残る一酸化炭素や炭酸ガス、メタンなどはどうするのでしょうか。AFPBBの記事にも国際会議の予稿にも書いてありません。そのまま大気に放出したら、地球温暖化を促進することになってしまいます。多分、またオイルサンド層に戻すのではないでしょうか。

この技術を箇条書きにすると以下のとおりになります。

① オイルサンド層に酸素を吹き込む
② オイルサンド層に残留している原油の一部が燃焼して水素と一酸化炭素になる
③ 一酸化炭素はオイルサンド層中の水と反応して水素と炭酸ガスになる
④ 発生したガスは地上で膜分離法によって水素が分離される
⑤ 水素を取り出した残りのガスは、またオイルサンド層に戻される(推定)

ちなみに①の油田に酸素や空気を送り込んで原油をガス化する方法は、火攻法と言われる方法で、一般の油田で実際に使われています。④の膜分離法によって水素を取り出す方法もすでに開発済みです。⑤の炭酸ガスなどを油層に戻して保管することも、CCS(Carbon Capture and Storage)と呼ばれ、すでに一部では実施されている技術です。

つまり、それぞれの技術はすでに開発済みで、特に新しいものではなく、今回はそれをオイルサンド層に適用したというところが新しいということです。ですから、技術的には実行可能と思われます。

酸素を使うことと水素の輸送の問題

技術的には可能としても、いくつかの問題があります。

まず、この技術はオイルサンド層に酸素を吹き込みますが、酸素を作る装置は非常に高額なうえに運転コストも大きいということです。そのため経済性の問題が出てきます。また、酸素は取り扱いを間違えると爆発の危険があり、非常に慎重に運転しなければならないという操業上の問題もあります。

もう一つの問題はロジスティックスの問題です。製造された水素は気体ですから、原油のようにタンクローリーやタンク車で運ぶことができません。カナダやアメリカにはガスパイプラインが網の目のように張り巡らされていますから、このパイプラインを使って水素を運ぶことが考えらえますが、天然ガスやシェールガスとの競合になってしまいます。

また、砂漠やジャングルあるいは洋上などに設置された油田については、そのようなパイプラインがないので、この技術は適用が困難です。

 

話を盛った記事を書かないように

AFPBBの記事はまるで原油から水素だけを取り出すことができ、地球温暖化を防ぐ切り札のように書かれていますが、多分記者の思い込みでしょう。実際はカナダのオイルサンド層に限定された技術が国際会議で紹介されたという話で、それも技術自体は新しいものではないということが分かりました。

この技術をオイルサンド層だけでなく、一般の油田についても適用することは可能と思われますが、高価な酸素製造装置を導入することについての経済性の問題や製造された水素をどのように消費地に運ぶかという問題を抱えることになります。

なお、最後に言わせてもらえば、AFPBBの記者はあまり話を盛って記事を書かないように、読者の方々もあまり記事を信用しないようにお願いします。

2019年8月25日

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