自動車、特に乗用車用の燃料といえば従来はほとんどガソリンだった。一部の乗用車で軽油を使うものもあったし、タクシーを中心としてLPGが使われたが、やはり主流はガソリン。
しかし近年、気候変動対策が叫ばれるようになると、CO2を排出するガソリン車は肩身が狭くなり、それにガソリン価格の高騰が追い打ちをかけている。
ガソリンに代わる新しい燃料として、電気や水素、e-fuel(合成燃料)、アンモニアなどが提案され、すでに普及段階に入ったものもある。
では、これらの燃料の実力は現在どの程度なのか。ここでは、乗用車用として使われる様々な燃料について相撲力士に例えて番付表を作ってみた。
これがその番付表なのだが、財部が勝手に作ったものだが、いかがだろうか。ひいきの力士ならぬ燃料は妥当な番付に入っているだろうか。この番付表には異議のある人もいるかもしれないが、今後、各力士の成長度合いによって、この番付表も変わっていくだろう。
この番付になった理由は以下のとおりである。
横綱 ガソリン
これは今のところ、まだぶっちぎりの横綱だ。フォードが自動車を大衆化して以来、ほぼ一貫して乗用車用の大半はガソリンを燃料としていた。ただ、近年ガソリンの価格が高止まりしてしていることや、CO2や燃費規制とかの脱炭素ルールの採用で不利になりつつある。
ただ、近年ではハイブリッドという新しい技を身に着けて脱炭素ルールにも対応して巻き返しを図っている。といっても、脱炭素ルールは年々厳しくなっており、ハイブリッドでも対応が難しくなるだろう。
欧州ではCO2を排出する車は2035年以降販売禁止というお触れをだしており、これが厳格に実施されるなら、この時点で引退という可能性もある
大関 軽油
軽油はディーゼル車用の燃料である。日本ではあまりディーゼル乗用車はみられないため、軽油が大関というのは異議のある方もおられるかもしれない。しかし、最近まで欧州場所ではガソリン車よりもディーゼル車の方が多く売れていたのだ。日本場所、米国場所ではガソリン、欧州場所では軽油が乗用車用の主な燃料という時代が長らく続いていたのである。
しかし、ディーゼル車は排気ガスの大気汚染対策が難しく、欧州場所でも大気汚染規制が強化されて不利になってきていた。そのところに、フォルクスワーゲンの八百長試合が明るみになって、すっかり評判を落としている。このため、欧州でもこのところディーゼル乗用車の売り上げが落ちてきている。
軽油はバス・トラックでは強みを発揮しているが、乗用車ではもうそろそろ引退かもしれない。
関脇 電気
電気自動車(EV)用のエネルギー源(燃料とは少し違うが)として電気は、ガソリンや軽油とは反対に脱炭素ルールが追い風となって、勝星を増やしつつある。
持ち前の瞬発力や静粛性が得意技だが、ちょっと持久力がないことが欠点。しかし、バッテリーの改良によって次第に改善されつつある。
日本場所ではEVはそれほど売れていないが、欧州場所では2023年にディーゼル車を抜いて、ガソリン車、ハイブリッド車についで販売台数が第3位に躍進している。
米国場所でもEVの販売量が伸びていたが、このところちょっと伸び悩みぎみになっている。これはCO2排出規制や燃費規制のCAFE規制の強化を受けて純ガソリン車の販売が困難になり、その結果、純ガソリン車からハイブリッドに移行していることが原因であろう。ただCAFE規制は今後もっと厳しくなるので、今度はハイブリッドからEVへの移行が始まるのではないだろうか。
EVはガソリン車と比べて育ちざかりなので、今後精進して技術が磨かれていけば十分横綱を狙える位置にあるだろう。
小結 バイオエタノール
1970年代から活躍しているガソリン以外の燃料としてはかなり古参の力士である。
一般にバイオエタノールはガソリンに混合して使われるが、100%濃度あるいはそれに近い濃度のバイオエタノールが使われる国もある。すでに米国やブラジル、欧州で大量に自動車燃料として使われているし、インドや中国、東南アジアでも近年、生産量が増えてきている。
バイオエタノールはもともと、石油代替エネルギーとしてデビューしたものであるが、エネルギー安全保障や農業振興の観点からも重宝されてきた。近年は気候変動対策としての役割が期待されている。
一方、食料との競合や土地利用変化の問題から物言いが付く場合もあるが、最近はセルロースエタノールという技も身に着けてきており、今後の活躍が期待できる。
日本場所では、トヨタやENEOSがバイオエタノールを使った燃料の共同開発を進めており、製紙会社がセルロースエタノールの開発を進めている。幕下の合成燃料とともに、今後電気の対抗となりうるか。
前頭 バイオディーゼル
これもバイオエタノールと同様に1970年代から活躍している古参力士である。特に欧州場所で力を発揮していた。軽油に混合して使われるが、ディーゼル乗用車自体が減りつつあり、乗用車部門では精彩を欠いている。これもバイオエタノールと同じように、石油代替エネルギーとしてデビューしたが、エネルギー安全保障や農業振興、気候変動対策としても役割が期待されている。食料との競合や土地利用変化の問題もバイオエタノールと同じである。
第一世代のFAMEと呼ばれるタイプはあまり取組みがうまくなく、このため軽油への混合割合が制限されてきた。しかし、近年性能が格段に高いHVOという技を身に着けている。HVOは持続可能なジェット燃料(SAF)としての活用が期待されており、将来は乗用車ではなくSAFやバス・トラックの方で実力を発揮しそう。
前頭 LPG
ガソリンに比べて価格が安いというのが最大の利点であるが、常温常圧では気体であるため、圧力をかけて液体で貯蔵する必要がある。このため燃料タンクは密閉容器でなければならないから体重が重くなり、高圧ガスであるから定期的な点検も必要となる。
また、LPGは力がなく足腰が弱いという弱点があるし、給油所の数も限られるから一般には普及しづらく、主にタクシー用の燃料として使われている。また、脱炭素ルールによっても今後不利になっていくだろう。
以前、似たような燃料としてDME(ジメチルエーテル)というものがあって、天然ガスから製造することが計画された。一時、期待されたが、結局幕内力士にはなれずに引退している。
十両 水素
水素は走行時にはCO2を出さないので脱炭素ルールは追い風になるはずだが、このチャンスを生かし切れていない。
水素を使う乗用車には燃料電池車FCVと水素エンジン車があるが、 FCVは既に市販され、水素エンジン車はまだ試験段階である。
水素が普及しない一番の問題は水素の供給インフラが整っていないことだ。超高圧の水素を取り扱うためインフラ設備が高価になる。一方EVなら自宅のコンセントからでも充電できるから利便性の差は歴然としている。それに水素を製造するときに電力を消費するが、そのときかなりの電力が無駄になる。その点でも電力をそのまま使うEVの方が効率がいい。
水素はEVに比べて走行距離を長くすることができるという利点があるため、一時は非常に有望視されたが、 EVも性能が向上しているので水素の利点がなくなってきている。
ということで、米国場所でも欧州場所でもFCVは一時はかなり注目されていたが、今では影が薄い。
将来、再生可能電力の豊富な地域で水を電気分解して水素を作り、日本に輸送するようなシステムが確立すれば水素自動車も普及する可能性がないわけではないが、一般に普及するのは難しいだろう。バスやトラック、あるいは鉄道など一定地域を定期的に走る車両なら力を水素は発揮するかもしれない。
ここまでは、市販されている燃料であり、販売量の多寡はあるものの一応実用化しているとみなされる燃料である。ここから下は幕下。まだ実用化されていない燃料である。
幕下 合成燃料(e-fuel)
空気中や工場排ガスからCO2を回収し、これに水を電気分解して作った水素と合成して作られる燃料である。製品の品質はガソリンとほぼ同じなので、ガソリン車をそのまま使うことができるという利点がある。
ポルシェなどが支援する企業がチリで、e-fuelといわれる合成燃料の一種を製造する小型のプラントを完成させ、既に出荷も始まっているが、まだ一般に使われている状況にはない。ということで合成燃料は幕下にランク付けした。
我が国でも同様の合成燃料の研究を行っており、トヨタやENEOSなどが共同で開発を進める燃料の候補の一つとなっている。
また、 2026年から採用されるF1レースの燃料としても合成燃料が採用される可能性もあり、このような機会に経験を積んで力をつけてくれば、今後幕内に上ってくる可能性もある。
合成燃料の大きな問題は価格が高すぎることである。脱炭素ルールに適合するためには再生可能電力を使って水の電気分解で水素を作ることになるが、それなら電気分解に使う電気をそのままEVに使った方がエネルギーの無駄が少ない。
果たしてEVの対抗になるほどに成長するのかどうかは未知数である。
三段目 アンモニア
アンモニアは燃えたときにCO2を排出しないので、石炭火力発電所で石炭とともに混焼する研究が進められている。そのアンモニアをそのままガソリンの代わりに自動車用燃料として使おうという研究が行われている。
ただ、アンモニアはガソリンとはかなり違った性質を持つため、そのまま既存の自動車を使うことは無理だろう。アンモニアはオクタン価が高いといわれるが、これは着火しにくいということでもあり、点火に工夫がいる。また、重量当たりの発熱量が小さいので持久力がない。
さらに常温常圧では気体なので、LPGと同様に圧縮して密閉タンクに貯蔵することが必要となるが、体重が重くなることと定期点検が必要となることが問題だ。
また、アンモニアはご存じのとおり非常に刺激臭が強く、また有毒ガスでもあるから事故などで燃料が漏洩した場合にどうするかが課題となるだろう。さらに大気汚染物質である窒素酸化物が発生しやすいという問題もある。
そもそも、現在使われているアンモニアは原料として石炭や天然ガスが使われているため、製造するときに大量のCO2 を排出する。これも脱炭素ルールに従うためには再生可能電力で水を電気分解して水素を作らなければならないから、設備の建設費用も多大となる。こう考えるとアンモニアが幕内まで入るのはかなり難しいのではないだろうか。
2024年5月31日
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自動車の燃料を番付にして紹介
たいへん参考になりました
ところで、期待されている割になかなか普及しない
水素、水素ステーションに関連する記事を見つけたので送ります
ジェトロの記事によると
米カルフォルニア州で世界最大規模の大型トラック専用の水素ステーション開設
今年4月に、1日当たり1万8000キログラムの水素供給が可能
これは、200台の重量トラックと400台の軽量トラックへの水素の充填が可能
80キログラムの水素を10分以下で急速充填
ここまで、ジェトロの記事から拾って見たのですが
日本で燃料電池トラックって、どれだけ走っているのでしょうか
その一方で、シェル、乗用車向け水素ステーションをすべて閉鎖
燃料電池自動車で先行している日本のT社はアメリカ、カルフォルニア州向けに力を入れているらしいのですが
水素ステーションが減ってしまったら
おまけ
番外 幕下つけだしにドリーム燃料とか
水素はどうなる?さん 記事を読んでいただいてありがとうございます。また、水素に関する情報提供ありがとうございます。
米国は従来から水素に対する関心が高く、特に中西部には広大な平野があることから風力や太陽光発電のポテンシャルが高く、これを使って水素を作ろうという動きがあります。環境意識の高いカリフォルニアでは水素ステーションも作られてFCVの普及に努めてきました。日本でどのくらいFCVトラックが走っているか知りませんが、東京都内ではFCVバスが結構走っているようです。記事にも書いているように、乗用車は難しいですが、バスやトラックにはFCVが使えるかもしれません。
ドリーム燃料ですか?明らかに八百長試合ですから、幕下でも番付には入らないと思います。もうあまり話題にも上らなくなりましたしね。
昨年の秋から冬にかけて大騒ぎしていたドリーム燃料
今も、昨年の動画をリンクであげている人もいるようですが
ドリーム燃料の最新情報、名誉教授ルート(これとは別に、仙台の会社ルートも)、本人の講演会がまもなくあるようで
2024年6月17日(月)14時〜
福山商工会議所102会議室
合成石油『ドリーム燃料』実用化の現状と展望
主催 山陽流通センター協同組合
今度は、突然のキャンセルはないとは思いますが
現状と展望、内容が気になる
帰ってきたドリーム燃料さんコメントありがとうございます。
そうですか。例の名誉教授、まだこりずにやってますか。もう自分の間違いに気づいて家に籠ってしまったのかと思っていましたが、まだドリームを追いかけているのですね。
騒いでくれると、私のブログ記事の読者が増えるのはいいんですけど。なんだかな。