F1の燃料は持続可能へ
F1(フォーミュラ1)は言うまでもなく世界最高峰のモータースポーツレースである。戦闘機を思わせる形状のフォーミュラーカーに一流のドライバーが乗り込み、時速300㎞以上の高速で、コースを駆け抜ける。
では、ここで使われるの燃料はどんなものかご存じだろうか。高出力で、超高速が出せる特殊な燃料なのだろうか。実は意外と平凡。国内のガソリンスタンドで売られているハイオクガソリンと大きな違いはないのだ。しかし、このF1燃料が大きく変わろうとしている。
フォーミュラカーはレギュレーションという細かな規則に適合していなければならない。このレギュレーションは少しずつ変更されていくが、今年3月、F1を主催するFIA(国際自動車連盟)は新たなレギュレーションを発表した。
大きく変わったのが燃料だ。どこが変わったのか。F1の燃料は基本的にガソリンである。2022年からバイオエタノールを10%混合すること(E10)が義務付けられたが、基本は石油から作られたガソリンだった。それが2026年以降、100%持続可能な燃料でなければならなくなったのだ。
これから、各チームはどのような燃料を使うかを決めていかなければならないことになるし、それに合わせてパワーユニットの仕様も変えなければならない。
では、持続可能な燃料とはどういうものか。どのような燃料が使えるのか。今回発表されたFIAのレギュレーションから、F1で使われる新しい燃料とはどういうものか解説してみたい。
F1で使われる燃料の条件
発表されたレギュレーションによると、 F1用燃料として認められるにはいくつかの条件に適合しなければならない。それは次のとおりである。
- 先進型持続可能(AS)成分のみからなる燃料であること
- EUが規定する温室効果ガス(GHG)排出削減量を達成すること
- 商業的に実現可能な燃料として開発されているものであること
- 特定の化学成分のみを含むこと
- 燃料として特定の性状を持つこと
では、それぞれの条件について、少し詳しく見ていきたい。
先進型持続可能(AS)成分のみからなる燃料であること
マスコミではF1の燃料は100%カーボンニュートラルでなければならないと報道されていることがあるが、発表されたレギュレーションでは先進型持続可能(Advanced Sustainable=AS)燃料という用語が使われている。カーボンニュートラルとは少し意味合いが違うが、マスコミではわかりやすくするためにそう言っているのだろう。
持続可能燃料というのは使ったらおしまいという燃料ではなく、将来にわたって継続的に活用できる燃料という意味だ。石油は地下からくみ出して、使ったあとはCO2と水蒸気になってしまって元には戻らない。使えば使うほど地下の石油は減って、空気中のCO2は増えていき、やがて限界が来る。だから持続可能ではない。
さらに、持続可能ならなんでもいいかというとそうではない。F1で使える燃料には「先進型」という前置詞がつく。例えば、 2022年からガソリンに混ぜて使われているバイオエタノールは持続可能ではあるが、かなり昔から(1970年代から)自動車用燃料として使われているものだから、先進型とはいえないだろう。
ではどんなものが先進型持続可能燃料なのか。公開されたレギュレーションで例に挙げているのが、 ①非生物起源の再生可能燃料原料(RFNBO)、 ②都市ごみ、 ③非食品バイオマスを原料としていることが証明されたものとされている。
RFNBOというのは、要はバイオ燃料以外の持続可能燃料である。 e-fuelやFT合成油が該当するだろう。これらは空気中から回収されたCO2と水素を反応させて作られた液体燃料だ。つまり、空気と水から作られる。
もちろん、ここで使われる水素は、石油や石炭から作られたものではいけない。再生可能発電で作られた電気を使って水を電気分解して作られたものに限られる。(ただし、商業化前のプラントにおいては再生可能電力である必要はない)
RFNBOも、燃料として燃やせばCO2と水になるが、もともと空気中のCO2と水を原料として作られたものであるから、自然界のCO2や水は増えることも減ることもない。つまり持続可能ということができる。
都市ごみを原料とする場合は、都市ごみを一旦ガスにして、精製したあと、 FT合成法や細菌による発酵法によって液体燃料にする。そんな方法が既に開発されている。
非食品バイオマスについては、例としてリグノセルロース系バイオマス(持続可能な森林バイオマスを含む)、藻類、農業残渣または廃棄物、食料生産に適さない限界地で専用に栽培された非食料エネルギー作物が新しいレギュレーションでは挙げられている。(リグノセルロースとは、幹や枝、葉など、植物の体の部分を構成する物質)
このような燃料も燃やせばCO2 と水ができるが、原料のバイオマスは成長するときに空気中のCO2と地下の水を使って成長しているわけだから、燃料として使ってもCO2や水を使い果たすことも、逆に増やすこともない。これもつまり持続可能な燃料である。
ただし、バイオマスなら何でもいいというわけでなく、原生林や人の手が入らない森林、自然保護に指定された土地、生物多様性の高い草原などから得られたものであってはならない。 (2008年1月以降にその状態にあったもの)さらに、湿地や泥炭地などの高炭素ストックのある土地に由来するものであってはならないという制約がついている。
なお、バイオマスは非食用でなければならないとされているが、すでに食用の目的を果たしている場合には、先進的持続可能な成分と見なすとされている。例えば一度揚げ物に使った植物油、つまり廃食用油はオッケーということだ。
そして、 F1燃料としてはいくつかの成分を混ぜ合わせてもいいが、その成分はいずれも先進的持続可能燃料でなければならない。
EUが規定する温室効果ガス(GHG)排出削減量を達成すること
新しいレギュレーションでは、F1で使われる先進型持続可能燃料は、「EUの再生可能エネルギー指令(RED)において運輸部門に対して定義されている温室効果ガス(GHG)排出削減量を達成しなければならない」と記載されている。
F1で使われる先進型持続可能燃料でも、燃えればCO2を排出するが、すでに述べたようにこのCO2はもともと空気に含まれていた成分であるから、温室効果ガス(GHG)排出量としてはカウントする必要はない。
しかしながら、原料を収穫したり輸送したりするとき、あるいは加工するときに、ガソリンや軽油、天然ガスなどが使われるならば、それによるCO2排出はGHGとしてカウントしなければならない。あるいは、例えばもともと森林だったところを畑に変えてエネルギー作物を栽培するような場合には、その森林が蓄えていた炭素分がCO2 となって排出されることになる。
このように燃料の燃焼によって発生するCO2以外にも、栽培・収穫、輸送、生産、土地利用変化によってGHGが排出されるなら、その排出量も含めて、 EUが定める排出量削減基準を満たさなければならないとされている。
商業的に実現可能な燃料として開発されているものであること
F1は自動車メーカーの実験場でもある。F1で使われる技術は、将来は一般向けの車両でも使われる可能性がある。燃料についても同様で、単に自動車レースのためというのではなく、将来の一般のエンジン車用燃料として使われる可能性を見据えていると考えられる。
ということで、今回のレギュレーションでは、F1用燃料を供給するサプライヤーは商業的に燃料として使用することを真剣に考えて開発しているものでなければならない。そして、少なくとも年間5キロリットルを生産しているものに限られる。
単にF1のためだけに実験室で少量作りました。将来一般の車両に使われることは考えていませんという燃料ではだめだということである。
特定の化学成分のみを含むこと
今回のF1用燃料に含まれる化学成分はパラフィン、オレフィン、ジオレフィン、ナフテン、芳香族、含酸素化合物、添加剤(酸化防止剤、アンチノック剤、帯電防止剤、堆積物制御剤)に限られると規定されている。
これらの化学成分の顔ぶれをみると、含酸素化合物を除いては、市販のガソリンに含まれている成分とほぼ同じである。
この含酸素化合物とは分子の中に酸素原子を含むものである。今回のレギュレーションでは、含酸素化合物として沸点が210℃未満のパラフィン系モノアルコールおよびパラフィン系モノエーテルのみが使用を認められている。
となると、モノアルコールとしてはバイオエタノール(沸点78℃)、メタノール(沸点65℃)、プロパノール(沸点97℃)、ブタノール(沸点178℃)などが、モノエーテルとしてはMTBE (沸点55℃)やETBE (沸点73℃)などを混合してもよいということになる。
また、燃料の組成としては以下のような制限がある。このうち、芳香族とオレフィンについては欧州の市販ガソリン規格にあるものとほぼ同じである。
燃料として特定の性状を持つこと
F1に使われる燃料は、以下の表に表す性状を持つものだけを用いることができるとレギュレーションには明記されている。
この性状はほぼ一般に市販されているハイオクガソリンと同じである。そして、従前からF1で使われてきたガソリンもほぼこれと同等であろう。
この表には、わが国で市販されているハイオクガソリンの性状を並べて書いておいたが、大きな違いはないことが分かる。つまり、F1の燃料はわが国のENEOSや出光などのガソリンスタンドで売られているハイオクガソリンとほぼ同じスペックだということだ。
ただし、違いとしては酸素含有量が6.70%から7.10%含むことになっているところであろう。これは成分として含酸素化合物を含んでもよいことからきているが、その量は2025年まで使われるバイオエタノールを10%混合したガソリンに比べても大きい。
また、酸素を多く含んでいるためか、発熱量も通常のガソリンよりも小さく設定されている。 (酸素は燃やすことはできても自身は燃えないから発熱量は低くなる)このあたりが、市販のガソリンと違うところだ。(我が国で市販されているガソリンは発熱量が高い=パワーがあり過ぎる ことからF1燃料としては不合格になるだろう)
しかし、全体的な燃料の性状は従来のガソリンとそう変わらないから、F1に参加する車両のエンジンや燃料供給系統については、あまり大きく変更する必要はなさそうだ。またもし、燃料の性状が大きく変わると、F1ドライバーはその違いを敏感に感じ取って違和感を覚えることになるだろう。
どんな燃料が考えられるか
今回のレギュレーションでは、F1で使用することが認められる燃料の性状は今までの石油から作られたガソリンとほぼ同じである。しかし、その原料としては石油ではなく先進型の持続可能なものを使えと言っている。つまり、今まで使ってきたガソリンと(ほぼ)同じものを持続可能な原料を使って作れと言っているわけである。
ではどんな方法でこのような燃料を作るのだろうか。考えられる例を挙げてみよう
合成燃料(e-fuel)
e-fuelはHIFグローバルという企業が、2022年12月からチリ南部のパタゴニア地方にあるハルオニプラントで作っている。このプラントの建設にあたってはポルシェをはじめとしてエクソン・モービルやシーメンスなど欧米の名だたる企業が参画している。
e-fuelは空気から回収されたCO2と水を電気分解して得られた水素を原料として、メタノールを作り、これをMTG法といわれる技術で重合して液体燃料を作る。電気分解に使う電力は風力発電で得る。この方法によって作られる燃料はガソリンに近いものであるが、酸素分が含まれていないので、F1燃料とするにはメタノールやバイオエタノールをブレンドすることになるのではないだろうか。
第二世代バイオエタノール
第二世代バイオエタノールは、農業廃棄物や廃木材、雑草類、着古した木綿衣服などから作られるバイオエタノールである。これを世界で唯一商業生産に成功しているのが、イギリスのシェルとブラジルのコザン社が合弁で設立したライゼンという会社である。
シェルはこの第二世代のバイオエタノールを使って、インディ500用の燃料を製造しており、すでに2023年から使われている。ただし、ライゼン社が作った第二世代バイオエタノールはそのままではレギュレーションを満たさないので、シェルはやはり持続可能な何かの成分をブレンドして製品にしているのだろう。
今回FIAが公開したレギュレーションを見ると、どうも上に掲げた二つの燃料を意識して作られているように思える。e-fuelにはドイツのポルシェが、第二世代バイオエタノールにはイギリスのシェルが大きく係わっており、かつ両社はモータースポーツに非常に関係の深い企業である。
ただし、この二つの燃料以外でも、レギュレーションを満足すればF1燃料として使うことは可能である。例えば、ホンダはサウジアラビアのアラムコ社と協力してF1用の燃料を作る計画だと聞いている。これはe-fuelタイプのようだ。
今後、気候変動対策として世界的に脱石油が進められていくことになるだろう。そのとき自動車はどうなるのか。その答えのひとつは電気自動車(EV)である。これについて、FIAはフォーミュラーEという新しいフォーミュラーを作って、世界中を転戦しているところである。
一方、F1については従来どおりの内燃機関(ICE)を使うが、こちらは燃料の方で気候変動対策を行おうとしている。つまり、従来のような石油から作られたガソリンではなく、石油以外の原料を用いた燃料を使うということである。
このようなF1で鍛えられた燃料が、将来は未来のガソリンになるのかもしれない。
2024年4月20日
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