今、石油の時代が終わろうとしている IEAの最新報告書より

2023年11月、IEA(国際エネルギー機関)が世界のエネルギー事情と今後の見通しをまとめた報告書Energy Outlook 2023を発表した。この報告書はエネルギー界では最も権威のあるものとみなされている。

この報告書の中で特に注目したいのは世界の石油需要は2030年までにピークを迎え、そのあとは減少に転じると予想していることだ。いよいよ石油の時代が終わるのだろうか。

18世紀にイギリスで始まった産業革命は人類に大きな変革をもたらした。それまでの農業中心の社会に、工業という新しい産業が加わったのだ。これによって人々の生活は大きく変化していった。

1769年にジェームス・ワットが蒸気機関を発明すると、その燃料として石炭が使われるようになる。蒸気機関は鉱山や紡績工場で使われるほか、汽車や蒸気船などの移動体にも使われるようになり、石炭の使用量もどんどん増えて行った。

1869年にアメリカのエドウィン・ドレークが石油の掘削に成功する。石油は当初はランプ用の灯油が主製品で、ガソリンや軽油は不要物として捨てられていたが、ルドルフ・ディーゼルがディーゼル機関を発明し、ヘンリー・フォードがガソリン車を大衆化すると、石油からガソリンや軽油が大量に生産、消費されるようになっていった。

天然ガスは石油の採掘に伴って発生し、従来は単に現地で燃やされるだけのものであったが、20世紀初頭に長距離パイプラインが整備され、さらに1969年に天然ガスを液化してタンカーで運搬する技術が開発されてから、都市ガスや発電用としての活用が広がって行った。

こうやって石炭や石油、天然ガスといった化石燃料は我々の生活を豊かに、便利にしていき、その使用量はどんどん増えて行った。

ところがIEAの報告書では、増加を続けてきたこの化石燃料の消費量がついに減少に転じると予想しているのだ。この歴史的な変化がここ数年以内に起こると想定されている。

この記事では、IEAの報告書をもとに、なぜ、どのような形で化石燃料、特に石油の消費量が減少し、将来どうなっていくのかを解説したい。

3つのシナリオ

IEAは将来のエネルギー見通しについて、以下の3つのシナリオを使って検討している。

明示された政策シナリオ(STEPS)
エネルギー、気候、関連産業政策などについて各国政府の現在の政策がそのまま続いた場合の見通し

発表された誓約シナリオ(APS)
各国政府が気候目標を達成するために今後進めるとしている政策が、完全に実行されることを前提とした見通し。

2050年までの実質ゼロ排出(NZE)
2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることを前提とした見通し。

分かりやすく言えば、STEPは現行の政策がそのまま続くケース。APSは各国政府が掲げている気候変動対策を完全に実施するケース。NEZは2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするケースということである。

化石燃料の需要は2030年までにピークを迎える

下の図はIEAが上記の3つのシナリオに基づいて試算した石炭、石油、天然ガスのそれぞれの需要予測である。

図1 石炭、石油、天然ガス、再エネ及び原子力の需要予測

石油、石炭、天然ガスいずれも、その需要は2030年以前にピークを向かえて減少に転じる。ピークを迎えたそのあとはどうなるのかはシナリオによって違うが、石炭についてはどのシナリオでも急激に減少していく。

これに対して、石油と天然ガスについてはSTEPSシナリオではピーク後もあまり大きく減少しない。これは先進国では化石燃料の需要が下がって行くが、発展途上国では経済発展に伴って化石燃料の需要が大きくなっていく。このため、先進国の需要減少が発展途上国の需要増によって相殺されてしまうためである。

しかし、APSシナリオとNZEシナリオとなると話が違ってくる。需要がピークを迎えたあと、石炭と同じように石油、天然ガスとも大幅に減少していくと予想されているのだ。そして、2050年時点ではAPSシナリオではピーク時のざっと半分程度、NZEシナリオではピーク時の5分の1程度にまで減少すると予想されている。

一方、再生可能エネルギー(以下「再エネ」)と原子力はいずれのシナリオでも増加していき、STEPSシナリオでは2050年時点で現在の2倍以上、APSシナリオでは3倍以上、NEシナリオでは3.8倍に増加する。

石油の使用が減り、電力が増える

次の図は、実際に消費者が使う最終的なエネルギーの形態がどのように変わっていくかを示している。

図2 最終エネルギー形態別需要割合の変化予測

現在、最も割合が大きいのが石油で、これはガソリンや灯油、軽油、ジェット燃料などの形で消費されるもの。これが全体の4割を占める。次に多いのが電力で、これは全体の20%。あとは天然ガス、石炭、再エネ(薪や炭を除く)および水素およびグリーン水素を使った燃料である。

これが、今後どのように変わっていくのか。IEAの予想では、どのシナリオでも石油、石炭、天然ガスといった化石燃料の割合が減り、代わって電力や再エネ、水素およびグリーン水素を使った燃料の割合が増加する。

2050年についてみると、STEPSシナリオでは、最も多いのは相変わらず石油であるが、APSシナリオでは石油と電力の割合が逆転する。そしてNZEシナリオでは石油の割合が17%まで減り、代わって全エネルギー消費の半分以上が電気で賄われると予想されている。

このように石油の消費が減り、代わって電力が増加する大きな原因は、電気自動車(EV)が普及することによる。つまり現在はもっぱらガソリンや軽油が自動車の燃料であるが、これが電気に代わっていくことになる。

さらに、欧米では家庭や事務所の暖房にば石油や天然ガスを使ったボイラーが使われているが、これが主に電気で作動するヒートポンプに代わっていくことも電力化が促進される要因となる。

次の図は石油の用途別の推移を予想したものである。

図3 石油の用途別変化予測

STEPSシナリオでは、石油の消費量は2022年と比べて、2030年も2050年もほとんど変わっていないが、石油製品の構成は変化している。このシナリオでは乗用車向けの燃料、つまりガソリンや軽油の需要が減少しているが、航空燃料や石油化学向けの需要が増える。

APSシナリオでは乗用車およびトラックの燃料の割合が2050年時点では2022年に比べて約6割も減少する。また、航空燃料、船舶燃料、民生用の需要も大きく減少する。一方、石油化学用の需要はそれほど減少しない。まとめると、2050年の石油需要全体は2022年の56%まで減少する。

NZEシナリオでは乗用車およびトラックの燃料需要は2050年時点で、ほとんどゼロになる。さらに航空燃料や船舶燃料の需要も激減するので、石油需要全体が、2022年に比べて4分の1になってしまう。このシナリオでは2050年の石油の用途はプラスチックなどの石油化学原料やアスファルト、ワックスなどのような「燃やさない石油製品」にほぼ限定されることになる。

化石燃料が減り、再エネが増える理由

ではなぜ、IEAは石油が減り、再エネが増えると予想しているのだろうか。実際、太陽光や風力などの再エネに対する投資は2020年以来40%も増加しているし、2023年には500ギガワット以上の再エネ発電容量が新たに追加される予定である。この増加量は原発500基分に相当する。

このように再エネが増加する要因はもちろん地球温暖化対策という側面が大きい。しかしそれだけではない。再エネの経済性が向上したことや、エネルギー安全保障および中国の動向が挙げられる。

再エネについては、技術が成熟して経済性が向上してきた。その結果、火力発電よりも太陽光や風力で発電した方が安価になりつつある。再エネは当初は地球温暖化対策として導入されたものだが、実際にやってみたら発電コストがどんどん下がっていった。むしろ経済性が高いので再エネが選ばれるというケースが増えてきたということである。

次の理由としてエネルギー安全保障がある。ロシアがウクライナに侵攻したことや中東で紛争が起こったことから、輸入エネルギーに対する不安が高まっている。再エネは基本的に国内資源だ。また、再エネ産業の雇用を国内に創出したいという要望もあるだろう。

さらに、中国の動静も見逃せない。過去10年間、世界の石油使用増加量のほぼ3分の2、天然ガス使用増加量の3分の1を中国が占めていた。しかし、中国の経済成長の勢いは近年、衰え始めており、さらに減速すれば化石燃料需要の下振れの可能性が大きくなる。

IEAでは中国のGDP成長率は2030年まで年平均4%弱と想定している。この前提では中国の総エネルギー需要は今後10年以内にピークに達する。さらに中国では再エネが拡大している。これにより、中国での化石燃料の需要は今後減少していくと予想している。

内燃機関時代の終わり

過去20年間で、石油需要は日量1,800万バレル増加しているが、この増加の主な原因は乗用車やトラック燃料の増加である。現在、石油の最大の用途はガソリンや軽油のような道路輸送用燃料であり、石油需要の約45%を占める。次に大きいのがナフサのような石油化学原料であるが、これは石油消費全体の15%に過ぎない。

しかし、ガソリン車およびディーゼル車、二輪/三輪車、トラックの販売台数はそれぞれ2017年、2018年、2019年にピークに達しており、現在は販売台数が減り始めている。その一方でEVの販売増が顕著となっている。2020年の全世界でのEVの販売台数は、全自動車販売の25台のうちの1台に過ぎなかったが、2023年には5台に1台となっている。

電動化が難しいといわれたバスについても2020年代半ばまでに販売量がピークに達し、EVに代わって行くと考えられている。

ちなみに、IEAはこれを内燃機関の終わり=ICE ageの終わりと表現している。ice ageというのは氷河期という意味であるが、ICE ageと書けば内燃機関つまりガソリンエンジンやディーゼルエンジンの時代という意味になる。

どのシナリオで進むのか

IEAはSTEPS、APS、NZEの3つのシナリオで、将来のエネルギー事情を予測しているが、今後、世界はどのシナリオで進む可能性が最も高いのだろうか。

まず、STEPSシナリオ。これは現状のまま推移したらどうなるかという前提であるが、これは当然変わる可能性がある。例えば、2030年の米国の新車販売台数のうち、EVが占める割合について、2年前のIEAの予測では12%と考えらえていた。しかし、今回の報告書では50%と上方修正されている。これは米国でインフレ抑制法という新しい法律ができて、EV化が促進されると予想されるからである。

また、EUの2030年におけるヒートポンプの設備率は、2年前の予測の2倍に修正されている。あるいは、中国の2030年における太陽光発電と風力発電の発電容量は2年前の予測の2倍となっている。

このように、STEPSは現時点の各国の政策をそのまま延長したものであるが、各国は脱炭素に向けて、今後取るべき政策を誓約しており、これが、APSシナリオである。各国政府はこの誓約政策に移行しつつあるため、これからのエネルギー事情はAPSシナリオに近づいていくものと考えられる。

NZEシナリオについては、世界の多くの国々がこの目標、つまりカーボンニュートラルを宣言している。しかし、達成目標時期は必ずしも2050年ではない。このため、各国がカーボンニュートラル宣言に沿った政策を忠実に実行したとしても、2050年においてはまだこのシナリオに達していない国もある。

これは筆者の予想であるが、今後、少なくともSTEPSシナリオがそのまま進むことは考えられず、各国は既に表明した目標つまりAPSシナリオに近づけようとするだろう。さらに、地球温暖化対策が強く求められるようになれば、あるいは技術開発によって再エネの経済性がさらに高まれば、APSよりさらに進んだNZEシナリオに向かうことになるだろう。

まとめ:石油の時代が終わる

どのシナリオでも、2030年までに石油の消費量はピークに達し、それ以降は下がり始める。ただ、各国政府が現状の政策をそのまま進めた場合は、石油消費量はそれほど減少しない(STEPSシナリオ)

しかし、各国政府が既に表明している気候目標を達成するための政策が実行された場合は、石油の需要は2050年には現在の半分ほどに落ちこむことになる。(APSシナリオ)

さらに各国が宣言しているカーボンニュートラルを達成するための政策を確実に行えば、石油消費量は現在の4分の1まで減少することになる。(NZE)このシナリオでは石油の用途はプラスチックやアスファルト、ワックスなど燃やさない石油製品に限られることになる。

一方、自動車の新規販売についてはEVが中心となり、また暖房は石油や天然ガスではなく、電力を使ったヒートポンプが普及する。このため電力需要が増えていく。現在、全エネルギー消費に占める割合は石油40%、電力20%であるが、2050年にはAPSシナリオでは石油と電力の比率が逆転し、NZEシナリオでは、石油は10%まで低下、代わって電力が全体の半分以上を占めるようになる。

ただし、付け加えておきたいのは、これらのシナリオは世界全体の合計値であるから、実際は先進国と発展途上国ではシナリオの進み方が違うことである。先進国に比べて発展途上国は今後の経済成長に伴って、エネルギー消費自体が増えていく。このため発展途上国は化石燃料に頼る割合が大きい。

先進国では石油需要は既に2005年にピークに達していて、減少し始めているが、発展途上国では人口と自動車保有率が増加しているため、石油需要がピークに達するのはもっと先の話になる。

日本や米国、欧州のような先進国においては、このIEAの予想よりもっと早く石油の消費量が減って行くだろう。いま、わが国やその他の先進国では石油の時代が終わり、電気の時代に入ろうとしている。

2024年1月14日

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