水素は本当に危険なのか ガソリンとどっちが危険か比較してみた

水素は従来から工場などでは使用されてきたが、脱炭素時代を迎えて燃料としての用途が広がってくる可能性がある。今のところ、燃料電池車用の燃料として一部の乗用車やバスに利用されているが、将来は再生可能エネルギーを使って水を電気分解して製造したグリーン水素や発生したCO2を地中に貯留したブルー水素が電力の貯蔵や、海外からの輸入のために使用されることも考えられている。

そうなれば、今後、私たちの身の回りでも水素が比較的頻繁に目に付くようになるかもしれない。

東京都内を走る燃料電池バスの燃料は水素

しかし、水素は爆発しやすく危険であると考える人もいる。水素は本当に危険なのだろうか。私たちの身の回りでよく見かけるガソリンも危険な物質だが、ガソリンスタンドでは一般の人もセルフで給油を行ったりしている。水素はガソリンと同じように安全なのだろうか。それとも危険なのだろうか。水素とガソリンどっちが危険かを比較してみた。

まず、下の表は爆発や燃焼に関する様々な指標となる数値を水素とガソリン、メタン(都市ガスの成分)を比較したものだ。まず、この指標を切り口に、水素とガソリンの安全性について比較を行う。
なお、ガソリンに比べて水素の方が安全なら〇、危険なら✕を表題の前に示している。


〇 水素はガソリンより高い濃度でなければ着火しない

水素はニトログリセリンや硝酸アンモニウムのように熱や衝撃だけで爆発するようなものではない。ガソリンと同じように、空気(中の酸素)と適切な割合で混ざった状態で、かつ着火源があった時だけ、つまり①可燃物、②空気(酸素)、③着火源の三つの条件がそろったときだけ着火する。

ただ、空気と混ざった状態でも可燃物の濃度が小さければ着火しない。着火する最低の濃度が爆発限界(下限)である。この数値はガソリンの場合で1%、水素では4%である。つまり、ガソリンは空気中の濃度が1%でも、何かの着火源があれば着火するのに、水素は4%まで濃くならないと着火しないのである。

例えばガソリンが容器から漏れたとき、蒸発してガソリン蒸気となる。その蒸気の濃度が1%以上あれば、何らかの着火源によって火災が起こるということだ。それに対して水素が漏洩しても、ガソリンの4倍、4%までは大丈夫ということである。

✕ 水素はガソリンより高い濃度でも爆発する

一方、爆発限界には上限もある。可燃物の空気中濃度が高すぎても着火しないのだ。この数値は水素が75%、ガソリンが7.6%である。つまり水素の方がはるかに高い。ガソリンは漏洩した場合、空気中の蒸気濃度が7.6%以上に濃くなれば火をつけても着火しないということになる。

例えば、ガソリンタンクの中ではタンクの空間部分にはガソリン蒸気が充満して7.6%を超えていることが多い。だから、たとえガソリンタンクの中でタバコを吸っても火は着かない。もちろんガソリンタンク内でタバコを吸う人はいないだろうが、タンク内でも静電気や電気火花、落雷などが着火源となりうる。しかし、爆発上限界以上の濃度があれば着火しないということである。

一方、水素の場合は爆発限界(上限)が75%である。水素タンクの中が純粋な水素ならもちろん着火しないが、空気が入り込んで75以下になってしまうと危険である。何らかの着火源があれば着火してしまうことになる。

✕ 水素はガソリンより簡単に着火する

空気と可燃物が混合して、可燃物の濃度が爆発下限と上限の間に入った状態を爆発混合気という。爆発混合気ができただけでは着火しないが、危険な状態にはなっており、何らかのエネルギーが加えられると着火することになる。このエネルギーを着火源というわけである。

着火源にはマッチやライターのような炎、静電気、機械火花、熱、雷などがあるが、これもあまり小さなエネルギーのものであれば着火しない。爆発混合気に着火するための最小のエネルギーは、ガソリンの場合0.24mJなのに対して、水素は0.02mJである。つまり、水素はガソリンの約十分の一のエネルギーでも着火するということである。水素と空気が爆発混合気を形成している場合は、ちょっとした衝撃火花や静電気火花のようなものでも着火する可能性が高いということだ。

✕ 水素が爆発したときの威力はガソリンより大きい

燃料が燃えた時に出てくる熱量つまり燃焼熱は、水素は120kJ/g、ガソリンは44.5kJ/gだ。だから燃焼によって発生するエネルギーは水素の方が断然多い。爆発の威力は爆発の条件によっても違うが、一般に燃焼熱が大きいほど爆発の威力も大きい、だから同じ重さで比較すれば、水素の方がガソリンより爆発の威力は大きい。

例えば、水素自動車とガソリン自動車を比較した場合、同じ重さの燃料をタンク内に貯蔵しているとすれば、これが事故によって火災を起こした時に発生する熱の量は水素自動車の方が大きい。さらに爆発に至った場合、爆発の威力は水素の方が大きくなる。

〇 水素は温度を上げただけでは爆発しにくい

燃料は加熱して温度を上げていくと、ある温度で着火源がなくても勝手に火が着いてしまう。この温度を自己発火温度という。自己発火温度はガソリンが228℃から501℃程度、水素は585℃だから、ガソリンの方がより低い温度で着火してしまう可能性が高い。

ただ、燃料自体を200℃とか500℃などという高温に加熱することはあまりない。加熱炉の外壁のようにたまたま高温になっている場所に、ガソリンが置かれていると、燃えだす可能性がある。水素の場合は、加熱だけで燃えだすにはかなりの高温が必要となるだろう。

✕ 水素は漏れやすい

空気中の拡散速度、つまり空気中で広まっていく速さはガソリンの0.05㎝/sに対して水素は0.61㎝/sだから水素の方がだんぜん拡散しやすい。拡散しやすいということは漏れやすいということである。例えば燃料を輸送する配管で都市ガスやガソリンを輸送する場合には漏洩しなくても、同じ設備で水素を輸送しようとすると配管の継ぎ目などから漏洩してしまう可能性がある。つまり水素は漏れやすい。

〇 水素は漏れてもすぐに薄まってしまう

しかし、燃料が漏れた場合、ガソリンなら床に溜まって少しずつ蒸発して床の底部に蒸気が溜まって爆発混合気を作ってしまうことがある。一方、水素は軽いので床に溜まるということはなく、どんどん上に上がっていって、上がりながら拡散していく。そして爆発下限界濃度以下まで薄まってしまえば、着火源があっても着火はしない。そういう意味では安全である。

つまり、水素は漏れやすいが、漏れてもすぐに拡散して薄まってしまうので、その点では安全ということである。ただし、機密性の高い建屋の中で水素が漏洩すると、天井に水素が溜まって爆発混合気を作ることがあるので、この場合は危険である。

✕ 水素の炎は見えづらい

水素は燃えたときに炎が透明で見えづらい。煙も出ない。ガソリンは燃えるとオレンジ色の明るい炎になるし、黒煙がもうもうと立ち込めるから火災になったことがすぐにわかる。しかし、水素は火が着いても発見しづらいという危険がある。

✕ 水素は鋼材を劣化させる

水素は水素脆化や水素アタックと呼ばれる現象を起こす。これは、例えば水素を鋼の容器に入れておいた場合や、鋼のパイプで輸送したりした場合、水素が鋼材の結晶の中に入り込み、中で膨張して、鋼を脆くしたり、材料の中に隙間を作ったりすることがある。これが起こると、鋼が破裂したり、穴が開いたりして中の水素が漏れ出す原因になる。

このような現象はガソリンでは起こらないから、水素はガソリンより危険である。ただし、この現象はすぐに起こるわけではなく、鋼材を長年使っているうちに少しずつ進行していくから鋼材の劣化が起こったら取り換えるなどで対応できる。あるいは水素脆化の起こりにくい材質を使えばいい。

なお、水素自動車で用いられる水素タンクは炭素繊維強化プラスチック(CFPR)製だから、水素脆化は起こらない。

✕ 水素は超高圧又は超低温で保管される

水素は常温、常圧では気体であるから、この状態で貯蔵しようとすると巨大なタンクが必要となる。例えば、1㎏の水素を貯蔵しようとすると、常温常圧では10m3以上のタンクが必要であるが、1㎏ガソリンを貯蔵するには0.0014m3(=1.4リットル)でいい。そのため、水素を貯蔵する場合は、超高圧にするか、超低温にして液体にして体積を減らして貯蔵される。

水素自動車の場合、水素は最大70MPaまで加圧された状態で貯蔵されている。タンクは炭素繊維強化プラスチックなどで作られ、十分な強度を持っているが、もしタンクに穴が開くようなことがあると、中の水素が猛烈な勢いで噴出してくることになるだろう。

低温で液体として貯蔵する場合は―253℃まで冷却する必要がある。水素の中に窒素のような不純物があると、それが凝固して配管や計器類を閉塞させてしまう可能性があることが指摘されている。

まとめ

水素は危険だ危険だといわれるが、それが実際のどの程度危険なのか、身近な危険物であるガソリンと比較してみたのがこの記事である。

ガソリンは漏洩して蒸発すると、蒸気が重いので床を這うように広がって床一面に爆発混合気を形成する。この状態で着火すると大規模な爆燃を起こして大きな災害となる。例えば京都アニメーション放火事件はこの例である。

一方、水素の場合は、軽い気体なので漏洩すると上昇しながら拡散していき、すぐに薄まって、爆発混合気を作りにくい。この点ではガソリンより安全である。しかし、天井が密閉構造である場合は、水素が天井付近に溜まって爆発混合気を作り、これに着火すれば爆発する。水素はガソリンより爆発混合気の上限濃度が高いうえに、着火エネルギーも小さいので、天井に滞留すれば危険な状態となる。福島第一原発で核燃料から発生した水素が格納容器の天井に溜まり、爆発して建屋を吹き飛ばすという事故があった。

このように、水素とガソリンはある部分では水素が、別の部分ではガソリンが、それぞれ危険性が高い。それぞれの危険性を理解して、適切な取り扱いを行うことがリスクを下げることになる。

3023年11月5日

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