天然ガスパイプライン問題から見たロシア・ウクライナ戦争

この2月、突如ロシアがウクライナに侵攻。世界中を巻き込む大問題となっている。ロシアとウクライナは20年ほど前から衝突を繰り返しているが、もとは同じソビエト連邦に属する兄弟のような国である。それが、ここまで対立が鮮明になってきた理由の一つに天然ガスパイプラインの問題がある。
ここでは、ロシアのエネルギー事情、特に天然ガスの問題についてまとめてみたい。

まず、基本的な知識として押さえておきたいのは、ロシアはエネルギー資源の超大国のひとつということである。原油の産出量については、米国、サウジアラビアに次いで世界第3位。天然ガスについては米国に次ぐ第2位。石炭についても中国、インド、米国などに次ぐ世界第6位を誇っている。

ただし、ロシアが米国というもうひとつのエネルギー資源大国と大きく違うのは、産出された資源のかなりの量を輸出にまわしており、これがロシア政府の大きな収入源となっているということである。実際、石油と天然ガスの輸出収入はロシア政府の年間総収入の43%に達している。

では、これらのエネルギー資源はどこに輸出されているのだろうか。これがロシアの貿易の最大の特徴であるが、輸出相手先がロシアと陸続きの国に大きく偏っている。ロシアは国土面積こそ世界最大であるが、資源を海上輸送できる不凍港は限られる。その結果、輸出はパイプラインや鉄道が中心となり、輸出相手国はほとんどロシアと陸で接する国に限られている。

石油の場合、主な輸出先は欧州が57%、アジアが42%(内、日本2%)、その他が1%。石炭の場合は、欧州が36%、アジアが54%(内、日本10%)、その他が10%である。(2020年実績)このように、石油や石炭の輸出先は基本的に欧州とアジアで、その割合は概ね半量ずつとなっている。

ところが天然ガスの輸出先については、欧州が89%、アジアが11%(内、日本4%)、その他が0%となっており、ロシアの天然ガス輸出については欧州向けが圧倒的である。

※ちなみに日本は天然ガスをオーストラリア、マレーシア、カタールなどから輸入しており、ロシア産は全体の8%。それほど多くはない。主な用途は東京電力や関西電力などで使われる発電用が7割、東京ガスや大阪ガスなどの都市ガス向けが3割である。

ロシアの天然ガス輸出先 (EIA Country Analysis “Russia”より)

これは天然ガスが気体であることから、その輸送はパイプラインに頼らざるを得ないことに起因している。パイプラインを使わないとすれば、液化してLNGとしてタンカーで運ぶことになるが、この場合は液化プラントや貯蔵設備、出荷港の整備に多額の投資が必要となる。パイプラインは、いったん建設してしまえば、最も安価で確実な輸送手段になる。

ただ、問題はロシアから欧州への主要なパイプラインがウクライナを経由していることだ。もともと、ウクライナはソビエト連邦の一部。つまり同じ国内なのだから問題はなかった。欧州への最短ルートがウクライナだったわけである。

ところが、1991年にソビエト連邦が崩壊すると、ウクライナは独立してロシアとは別の国になってしまった。このことが問題の発端である。といっても当初、ウクライナとロシアはまだ友好な関係を維持していた。プーチンが大統領に就任したのは、この平和な時期である。

しかし、2004年にウクライナに親欧米の政権が誕生(オレンジ革命)すると、両国の関係は険悪になって行った。これは、天然ガスパイプラインのウクライナ国内通過料やウクライナ国内での天然ガス使用料の支払いの問題となって表面化し、2006年と2009年にはロシアがパイプラインの供給を一時停止する事態となった。

このパイプラインの停止は、ウクライナだけでなく、輸出先の西欧向け天然ガスも停止されることを意味しており、当然西欧諸国も危機感を抱くことになった。

その後、2014年にキエフで親ロシア派と親欧米派の大規模な武力衝突(ウクライナ騒乱)が起きて親欧米派が勝利すると、ロシアは対抗措置としてクリミアを併合。これに対して欧米は対ロシア制裁を開始した。

一方で、ロシアはウクライナを迂回するパイプラインの建設を急いできた。黒海・トルコを経由する「トルコストリーム」。あるいは、中国を輸出先とする「シベリアの力」などである。そして、ロシアとドイツを海底パイプラインで直接つなぐ「ノルドストリーム2」はほぼ完成しており、これについてはバイデン政権も制裁を解除していた。

このような新しいパイプラインの建設によってウクライナ経由の天然ガス輸送は1990年に85%だったものが、2018年には41%まで低下したと言われる。つまり、ロシアにとって天然ガス輸出と言う点では、ウクライナはそれほど重要な国ではなくなりつつあった。

そして2022年、ロシアは突如ウクライナに軍事進攻する。軍事進攻の理由としては、これ以上NATO加盟国をロシアの近くに作らせないという国防上の問題ももちろんあるだろうが、長年にわたるウクライナとの天然ガスパイプラインについての確執も大きな理由なのだろう。

ノルドストリーム2の完成によって、たとえウクライナが対抗措置として天然ガスパイプラインを閉鎖あるいは破壊したとしても、ロシアの大きな収益源である天然ガスは他のルートを使って輸送できると読んだのかもしれない。

あるいは、プーチン大統領の頭の中には対ウクライナとの関係が良好だったころの記憶がまだ残っており、なんとかこの美しい国をロシアにつなぎ留めておきたいという強い思いがあったのかもしれない。

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