投稿者「takarabe」のアーカイブ

EUは「エンジン車禁止方針」を撤回などしていない

■EUがエンジン車販売禁止を撤回すると報道されているが…

12月16日、EUは「CO2規準の改正と法人車両の提案」という文書を公表した。これには自動車から排出されるCO2の削減目標を従来の100%から90%に引き下げることや、2035年以降も内燃機関が販売できることなどが記されている。

これを受けて日本のマスコミ各社は「EU、ガソリン車禁止方針を撤回」などとこぞって報じた。なかには、中国メーカーの低価格EVが台頭する中で、EU域内の競争力を確保する狙いだと断定的に報じる報道機関もあった。

これを受けて、「やはりEVでは無理ということにEUもようやく気が付いたか」「エンジン車を廃止することなどできるわけがない」「苦境にあえぐドイツ自動車業界の一撃でEUが方針を転換した」などと、EUを揶揄するような意見がネット上を飛び交っている。

しかし、EUが16日に発表した公表文を改めて読んでみると、確かに従来の規制案から修正はしているものの、日本の報道とはかなりニュアンスが違っていることに気付く。決してEUがEVを断念したわけでも、内燃機関に逆戻りするものでもないことがわかる。

まず、このEUが公表した文書では「柔軟性を保ちながら2035年まで進路を維持する」というスローガンが記されている。つまり2035年までの(ゼロエミッションという)進路は変えないが、その達成方法に柔軟性を持たせるというのがこの文書の趣旨だ。

ではどんな柔軟性を持たせるのかといえば、「2035年までに排気ガス排出量を90%削減する目標を設定し、残りの10%は補償メカニズムを通じて達成」するというものだ。

そもそも従来からEUは2035年以降、エンジン車の販売を禁止するとはひとことも言っていない。にもかかわらず、「するとも言っていないエンジン車禁止」を「撤回する」という日本のマスコミの言い方は変である。

EUの規制は、2035年以降に販売される車(乗用車とバン)はCO2の排出量をゼロ、すなわちゼロエミッションにしなければならない、というものである。エンジンか、モーターか、という手段の話ではなく、CO2の排出量という結果を規制しているわけだ。

ただ、CO2排出量がゼロの車両といえばEVが思い浮かぶので、エンジン車販売禁止とかEVだけしか認めないと報道する機関が多かったというわけだが、たとえエンジン車でもCO2排出量がゼロなら規制されないわけだから、正確にいうとこの報道の仕方は間違っている。

■条件付きでエンジン車でも規制に対応できるようにしたということ

今回のEUの発表で規制がどう変わるかというと、まず従来はCO2の排出量を100%削減するとしていたものを90%削減に緩和している。ただし残りの10%についてもガソリンや軽油を使ってもいいというのではなく、e-fuelやバイオ燃料を使うものだけを認めるとしている。

e-fuelやバイオ燃料は、いわゆるカーボンニュートラル燃料と呼ばれるものだ。燃料として燃やせばCO2を排出するが、その原料としてCO2が使われているから、排出されるCO2と原料として消費されたCO2が相殺されて、大気中のCO2濃度を増やさない。だからCO2を排出しないのと同じことだというのが、ここでいう補償メカニズムだ。

(このほか、EU域内で製造された低炭素製造方法で製造された鋼を使う車両も補償メカニズムとして挙げられているが、このような鋼はまだ一般的ではないから説明は省く)

実はこれ、ドイツのポルシェ社などが従前から主張していたことで、すでにEUは大筋でこれを認めていた。つまり規制緩和は織り込み済みなのだ。今回の提案でEUはこの主張を10%という制限を付けて正式に認めたということに過ぎない。

2035年以降に販売される車両は「CO2を出さないものしか一切認めない」という規制から、「CO2を出しても原料としてCO2を回収しているなら、排出しないのと同じことなので、販売を認めますよ」というのが今回のEU文書なのだ。結果的に2035年までにゼロエミッションを目指すという進路は変わってない。

ただ、従来のように削減率を100%にすると、基本的にEVかFCV(燃料電池自動車)しか選択肢がなくなる。しかし、今回の修正案のようにカーボンニュートラル燃料使用という条件が付くものの、エグゾーストノズル(排気ノズル)からCO2を出してもよいとなれば、プラグインハイブリッド車(PHEV)、レンジエクステンダー、マイルドハイブリッド車、内燃機関車でも販売が認められることになり、2035年のカーボンニューラル目標に向けてカーメーカーとしては選択肢が広がることになる(ただし、10%以内だが)。

つまり、EU文書がスローガンに掲げた「進路を維持しながら(その進路達成に向けての)柔軟性」が広がったというわけだ。

■この新提案が採択されてもエンジン車に逆戻りすることはない

欧州が採用している「CAFE(Corporate Average Fuel Efficiency)規制」では、車1台ごとの規制ではなく、カーメーカーごとの達成度が基準となる。つまりカーメーカーが販売した車全体の平均値で規制される。だからCO2排出量を90%削減しなさいという規制なら、販売する車の90%はCO2を排出しない車、多分EVにしなければならないことになるだろう。

そして残りの10%の販売台数に限ってe-fuelやバイオ燃料を使うことを条件としてエンジン車を販売してもよいということになる。

だから、今回の見直し案が認められてもe-fuelやバイオ燃料対応車に限って1割程度のエンジン車の販売が認められるということであり、2035年度以降に販売される車の大半はEVということになるだろう。

EUが今後更にe-fuelやバイオ燃料使用車の販売割合を増やす修正を行う可能性はある。そうすれば、エンジン車の割合が増えてくることになる。

ただ、e-fuelはコストが高いということと生産量が少ないという問題がある。また、バイオ燃料は現状では、その多くがガソリンや軽油に混ぜて使われているが、EU規制に対応するためにはバイオ燃料の濃度を100%にしなければならない。しかし、100%バイオ燃料では現状の車両では対応できないものが出てくるという問題がある。

少なくとも今回のEUの規制の修正では、2035年以降に大量のエンジン車が販売されるということは起こりそうにない。

2025年12月22日

【関連記事】
電気自動車のCO2排出量はガソリン車の約半分 2050年には4分の1になる
EV販売台数は各国のCAFE規制によって決まる 日本でEVが売れないのはCAFE規制のせい
電気自動車(EV)界のゲームチェンジャー全固体電池とは何か 5分で解説
HV+バイオ燃料という選択肢でエンジン車は生き残る
EVの代わりにポルシェが薦めるe-fuel 実はとんでもないところで作られていた
カーボンニュートラル燃料(CN燃料)とはなにか
欧州のEV化は日本車つぶしの陰謀なのか?

「バイオ液体燃料の最新動向」が発行されました

財部が一部執筆したバイオ燃料製造に関する開発の現状を多面的に紹介した専門書「バイオ液体燃料の最新動向」が12月17日シーエムシー出版から発行されます。
バイオエタノールやバイオディーゼル、航空燃料(SAF)、バイオメタノール、バイオブタノールなどバイオ液体燃料の最新動向を詳細に解説しています。

 詳細・お求めはここをクリック

全固体電池に関する私の記事が朝日新聞SDGs ACTION!に掲載されました

全固体電池は現在の液体電解質を使ったリチウムイオン電池と違い、固体電解質を使います。これよって全固体電池は安全性が高い(発火しにくい)、急速充電が可能、充電量を増やせる可能性がある、低温でも使用できる、寿命が長いといった優れた特性が得られます。
これをEV用として使えば、充電時間や走行距離の点で現在のガソリン車と同じくらいの利便性が得られ、EV界のゲームチェンジャーになると期待されています。

この記事では、全固体電池の概要と、種類と特徴、仕組み、メリットとデメリット、私たちの生活への影響、全固体電池の開発を進める企業の事例などについてわかりやすく解説しました。

記事はこちら→全固体電池とは?従来の電池との違いやメリット、実用化の現状を解説

2025年12月6日

台湾有事によって石油は途絶えるのか

高市首相が国会答弁で、台湾有事を安全保障関連法の「存立危機事態」になりうると発言して議論を呼んでいる。しかし、台湾有事がなぜ日本の存立危機事態になりうるのかについての具体的な議論はされていないようである。中国の台湾侵攻によって台湾海峡が閉鎖され、それによって日本への石油の輸送が途切れ、これが存立の危機になるとかなりの数の人たちが考えているようだ。

そこで、石油の輸送経路、つまりシーレーンについて復習したい。

上の図が石油のシーレーンだ。

日本の石油の約95%が中東から輸入される。アラビア湾で原油を積み込んだ石油タンカーはホルムズ海峡を出てインド洋を通ってマラッカ海峡を経て、台湾とフィリピンの間にあるバシー海峡を抜けて日本に到達する。

マラッカ海峡が通れない大型のタンカーの場合は、マラッカに代わってロンボク海峡を通って太平洋に抜けて日本に至ることになる。しかし、いずれにしても、わざわざ台湾海峡を通るタンカーはない。単に遠回りになるだけだからだ。だから中国が台湾に侵攻するために台湾海峡を通行禁止にしても、石油が途絶えることはない。

さらに、中国がバシー海峡を封鎖したとしてもロンボク海峡ルートのように少し遠回りになるが、代わりの航路はいくつか存在する。少なくとも台湾有事によって石油が途絶することは考えづらい。

台湾有事によって、石油以外の何か別の案件が存立危機につながるということがあるのかもしれないが、少なくとも石油途絶による日本の存立危機という事態は考えづらい。首相は何が原因で存立危機になると考えておられるのだろうか。

アメリカでこんなものを食べてきたという報告

先月10月の19日から25日にかけてアメリカに出張してバイオエタノールに関するカンファレンスに出席。そのあとイリノイ州のトウモロコシ農場やバイオエタノールプラント、エタノール入りガソリンを販売するガソリンスタンドなどを見学してきた。

その内容は、すでにこのコラムで報告している。今回はちょっと趣向を変えて、筆者が在米中にどんなものを食べたてきたのかという報告である。

カンファレンスは19日午後から始まり、 21日まで。この写真は20日の午前10時のコーヒーブレークに出されたドーナツ。

コーヒーカップの大きさと比べてほしいのだが、直径が10cm、厚さが5cmほどもある。大きさもさることながらすこぶる甘い。半分だけ食べてギブアップ。残りは部屋に持ち帰った。

こちらは、 20日の夜のパーティで出された夕食。ステーキはおいしいのだが、ちょっと量が多くて食べきれない。

23日の昼食。食べかけで、ちょっと汚い写真で申し訳ないが、なるべく軽いものと考えてオーダーしたナス料理。左側の塊がそのナス。ナスの間にひき肉が、これでもかと詰められ、上にたっぷりチーズが載っている。

付け合わせにスパゲッティが添えられているとメニューには書かれていたが、付け合わせのレベルを超えているだろう。なんとかこの写真のように食べたが、あとはギブアップ。

トウモロコシ農場で収穫されて、倉庫に積み上げられたトウモロコシ。一粒いただいて食べたが、かなり硬い。バイオエタノールの原料とするほかは、豚や鶏の餌にするものだ。食べられないことはないが、いつも食べ慣れているスイートコーンとは違う。

24日の昼食のカリフォルニアロール。初めて食べたがおいしかった。中にノリが巻いてあり、ノリの香りがなかなかいい。これは全部いただきました。左下にワサビのようなものが添えられていたが、これは多分、合成ワサビ。これはいただけない。

これはいったい何だ?と思われるかもしれないが、隣の席の通訳の人が頼んだ昼食後のデザートだ。豆腐くらいの大きさのパンにキャラメルソースをたっぷり掛けたもの。左の白いのは生クリーム。一口だけ食べさせてもらったが、ごく甘。

バイオエタノールプラントで見たDDGS。
トウモロコシに含まれるでんぷんはバイオエタノールに、油脂分はバイオオイルになり、タンパク質分とその他の成分がこのDDGSになる。これは家畜のえさとして日本にも大量に輸入されている。少し手ですくって食べてみた。あまり味がないが、あとで少し塩味がした。

25日の昼食。定番のBLTサンドイッチ。パンはカリカリに焼けていて、ベーコンもこれもカリカリでおいしい。ただ、ほとんどべーコンでレタスとトマトはどこっ?て感じ。これも半分しか食べられなかった。すみません。

これはほかのメンバーが頼んだハンバーガーだが、パテは先ほど見学したDDGSを焼いたもの。つまりDDGSハンバーガーだ。

DDGSはタンパク質やミネラル、ビタミンがたっぷりだから、アスリートやボディビルダーのような身体を鍛えたい人にはいいかもしれない。日本で食品として販売したら流行るかもしれない。

食べた料理はどれも美味しかった(生のコーンと生のDDGSを除く)。ただし、大変申し訳ないのだが、出された食事はとにかく量が多くて食べきれなかった。米人にはこれを全部食べる人がいるのだろうか。

この食事の量を見るに、アメリカはつくづく豊かな国だと思うが、太った人も多い。 OECD諸国で最も肥満率の高いのがアメリカ、最も低いのが日本だそうである。

ちなみに、DDGSは人間の食べ物として適するかどうかAIに聞いてみた。その答えがこれ。

【AIの答え】
はい、DDGSは食品グレードの基準に従って加工されていれば、人間が食べることができます。つまり、原料となる穀物が人間の食用に適しており、製造施設が衛生基準を満たしているということです。 DDGSは栄養価が高く、タンパク質、食物繊維、その他の有益な化合物が豊富に含まれており、焼き菓子、スナック、シリアルなどの小麦粉の代替品として使用できます。
DDGSを人間が摂取する際の重要なポイント

  • 食品グレードのDDGS:人間が摂取するためには、DDGSは人間の食用に適した穀物から作られ、衛生的な施設で製造されている必要があります。
  • 栄養価:DDGSは食物繊維(1カップあたり30グラム)とタンパク質の優れた供給源であり、有益な抗酸化物質とビタミンも含まれています。
  • 潜在的な用途:パン、マフィン、クッキー、グラノーラ、高タンパクスナックなど、さまざまな食品に組み込むことができます。
  • 風味:DDGS には発酵風味を持つものがあり、酵母発酵生地を使った焼き菓子などには好ましい場合があります。
  • 規制当局の承認:製造工程が必要な食品グレードの基準を満たしている限り、FDAはDDGSを人間の食品に無制限に使用することを承認しています。

バイオエタノールのふるさと アメリカ・コーンベルトのトウモロコシ収穫風景視察記

先月19日から24日にかけて、アメリカ穀物バイオプロダクツ協会のお招きにより、ワシントンで開催されたグローバルエタノールサミットに出席。そのあとアメリカのトウモロコシ栽培からバイオエタノールの製造およびエタノール入りガソリンの販売に至る状況の視察を行った。 この記事では、この視察旅行の中で、トウモロコシの収穫風景について報告したい。

アメリカでは収穫されたトウモロコシの約4割がバイオエタノールの原料となっており、製造されたバイオエタノールはガソリンに10%混合して使用することが義務付けられている。つまりアメリカではガソリンの10%が油田ではなく畑で産出しているというわけである。

アメリカは世界最大のガソリン消費国であるから、添加率10%とはいえ、それに使用されるバイオエタノールの量は莫大である。そしてそのバイオエタノールの原料となるトウモロコシの大半がアメリカ中西部のコーンベルトと呼ばれる地帯で栽培されている。

コーンベルトの分布

10月24日早朝、私たち日本人視察団18名はイリノイ州ペオリアというシカゴから150kmほど離れた小都市のホテルからバスで出発した。

出発時、外はまだほの暗かったが、次第に明るくなっていき、車窓の風景がはっきりと見え始めた。

<写真>コーンベルトの風景

外の風景はこんな感じ。地平線まで続く畑作地帯で、遠くにぼつりぼつりと農家と、収穫されたトウモロコシを貯蔵するサイロが見える。こんな風景が延々とつづいていく。といってもわれわれが走った距離はアメリカのコーンベルトのごく一部に過ぎないのだが。

大平原を1時間ほど走って、バスはやがて一軒の農場にたどり着いた。そこはマーク・ウィルソンさんが経営するDMB Ltd. Grain and Hog農場である。面積は1, 100エーカー。メートル法に直すと445ヘクタール(4.45平方キロメートル)になる。日本の農家の平均耕地面積3.1ヘクタールと比べると驚くほど広いが、これでもアメリカでは小規模な方だという

<写真>トウモロコシ畑

早速、トウモロコシ畑に連れて行ってもらうと、こんな感じ。トウモロコシ畑の1区画の長さは1/2マイルというから、約800m。この時期、トウモロコシはすでに枯れて、大半はすでに収穫が終わっている。

ウィルソンさんがわざわざ、トウモロコシの一部を視察団のために残しておいてくれたのでの、その収穫風景を見学することができた。

<写真>コンバインによるトウモロコシの収穫

これはコンバインによるトウモロコシの収穫風景。巨大なコンバインがトウモロコシを根本から刈り取っていく。切り取られたトウモロコシはコンバインの中で脱穀されて穀粒が分離され、残りの茎や葉、穂の部分は畑にまき散らされていく。

<写真>コンバインによるトウモロコシの収穫

コンバインの中にトウモロコシの実が貯まってくると、並走するトラクターに移送され、さらに刈り取りが進められていく。

<写真>倉庫に貯蔵されたトウモロコシ

通常、トウモロコシはサイロに保管されるが、今年は収穫量が多くてサイロに入りきらないので、一部は倉庫に保管されているという。おかげで、収穫されたトウモロコシの実を手に取って見ることができた。

コーンベルトで栽培されるトウモロコシのほとんどはデントコーンとよばれる実の硬い品種だ。生食用のスイートコーンやトルティーヤの原料となるフリントコーンとは別の品種である。バイオエタノールの原料となるほか、豚や鶏などの飼料となる。粒を食べてみたが、かなり固い。

<グラフ>アメリカのトウモロコシ生産量の推移

このグラフはアメリカのトウモロコシ収量と作付け面積の推移を示したものであるが、トウモロコシ収量は1926年に比べて約7倍となっている。これに対して、この間のトウモロコシ作付面積はほとんど変わっていない。アメリカの面積当たりの収穫量は世界最高水準であるという。

世界の多くの国々で、アメリカの10分の1以下の収穫量しかないので技術指導を行って単収を高めているという。これを世界中でやれば、同じ耕地面積でも世界のトウモロコシ収穫量は数倍に増えていくことになるだろう。

広大なコーンベルトでこのようにして収穫された膨大な量のトウモロコシは製造プラントに送られてバイオエタノールに変身し、ガソリンと混ぜられてE10ガソリンとしてガソリンスタンドで販売されることになる。

E10ガソリンの販売状況については、また別の記事で紹介したい。

2025年11月6日

あと10年で日本はレアアース資源大国になる?

先日、元海洋研究開発機構の小林照明さんという方の講演を聞く機会に恵まれた。小林さんは既に退職されているが、現役時代は海洋研究開発機構が運営する「ちきゅう」の副所長を務められた方である。その講演はとても興味深く、2時間の講演はあっという間に過ぎてしまった。

「ちきゅう」はご存じのとおり地球深部探査船であり、世界各地の海洋にでかけ、掘削調査を行って、地球内部に関するさまざまな調査を行っている。調査内容は多岐にわたるが、だいたい調査期間の半分くらいは科学調査、残りの半分が資源探索等の商業調査であるという。

小林さんは科学調査をもっと行いたいが、調査資金を稼ぐために商業調査も行っているとおっしゃっていた。もちろん科学調査は人類の科学知識を得るために非常に重要であることは論を待たない。

しかしながら、資源調査についても興味深いところだ。特に話題となっているのが、日本の排他的経済水域(EEZ)内に眠っているレアアースなどの貴重な鉱物資源の探査だ。「ちきゅう」は、全長210m、幅38m、総トン数5万7,000トンに達する大型の船。戦艦大和が全長256m、車高39mであるから、ほぼ匹敵する大きさだ。

「ちきゅう」の中央部には高さ120m (海面からの高さ)の掘削やぐらが設置されており、このやぐらを使って、直径50cmほどの鋼鉄製のドリルパイプを海底まで下ろし、ドリルパイプの先に取り付けられたドリル・ビットで地底を掘り進んでいく。

「ちきゅう」は、この設備を使って2024年に宮城県沖の水深約6,900メートルの地点で、船上から深さ7,906メートルまで掘削するという世界記録を達成している。

ドリルパイプは直径50cmといっても海底まで数千mあるわけだから、そのパイプの長さと直径を対比すると、まるで海底まで糸を垂らしたようだと形容される。この糸のようなドリルパイプであるが、鋼鉄製であるからその重みは数千トンに達する。だから、ちょっとした船の動揺によって、鉄パイプは簡単にぷつんと切れてしまう。「ちきゅう」の操船には細心の注意が必要になるだろう。

さて、資源探査で興味深いのは日本のEEZ内に大量に賦存しているといわれるレアアースなどの鉱物資源である。

EEZは海岸線から200海里(約370km)までの海域である。この範囲内では所属国が天然資源の探査・開発・採掘などの経済活動を他国に邪魔されずに行うことができるとされる。日本の海岸線は長い。四つの島が海に囲まれているほか、海洋に浮かぶ島々も多数あるから、ここから370kmの範囲といえば、その面積は膨大になる。日本は国土面積では世界で61番目であるが、EEZの面積は世界で6番目の大国になるという。といえば、これだけの巨大な面積をただ放っておくのは、もったいない。とだれでも考えるだろう。

日本のEEZの海底には、さまざまな機械や電気製品の心臓部品で使われるレアアースが大量に眠っていることがだんだんと明らかになってきたのである。レアアースは水深6,000mの海底の泥に含まれている。この泥を吸い上げて、含まれるレアアースを採取するわけであるが、どこにどれだけのレアアースが眠っているのか。どうやってその泥を回収するのかの調査が「ちきゅう」の仕事になるのだろう。ただ環境をいかに破壊することなく採掘するかという難しさがあるという。しかし、小林さんによると、あと10年以内にレアアースの採掘が可能になるだろうとのこと。

いま、日本は大量のレアアースを海外、特に中国からの輸入に頼っているが、自国のEEZ内でその採掘が可能となれば、安定供給の面からも産業安全保障の面からも非常に有意義であろう。

レアアースに限らずこの日本の広大なEEZには様々な資源が眠っている。アメリカやロシア、中国のように広大な領土を持つ国は、その国内に大量の資源を持っている。日本もEEZを開発していけば、これらの大国に伍する資源大国になることも夢ではないだろう。

2025年10月15日

世界の再生可能エネルギー発電コストは火力発電コストよりはるかに安い

気候変動対策として化石燃料を使わない発電方式の採用が急がれている。しかし、その障害の一つになるのが、コストだ。風力や太陽光発電はCO2を排出しないが、発電コストが高くなる。気候変動対策として、発電コストの上昇は仕方がない。従来まではそう考えられてきた。しかし、近年では再生可能発電は必ずしも高くない。というよりむしろ石炭や天然ガス火力発電より安い。そんなことまで言われるようになってきている。

国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は世界の再生可能エネルギーのコストを集計したレポートを今年7月に公表している。下の図は再生可能電力の発電コストの推移を示したものだ。

このグラフをみれば、再生可能エネルギーによる発電コストは2010年に比べて大幅に低減しているものが多いことが分かる。太陽光で約10分の1、集中型太陽熱で約4分の1、陸上風力で約3分の1、洋上風力で約半分以下まで低下している。(ただし、バイオマスや地熱はあまり改善が見られなかった。)

現在、発電コストが最も安価なのは陸上風力で0.034$/kWh、次が太陽光で0.043$/kWh、水力0.059$/kWhと続く。円に換算するとkWh当たりの発電コストは陸上風力が4.9円、太陽光が6.2円、水力が8.6円となる。 (1$=145円として換算)

太陽光発電の世界平均の発電コストは火力発電の4割も安いという。ちなみに、我が国の場合、天然ガス火力発電のコストが19.1円であるから、世界の太陽光発電コストは日本の火力に比べて7割近くも安いことになる。

 (日本の場合、陸上風力が16.3円、太陽光が10.9円、水力が13.0円と世界平均に比べてかなり高いが、それでも火力発電よりは安価である)

かつて、再生可能発電はコストが高いというのが常識であったが、最近のデータをみると、「火力発電より安い」から「火力発電とは比べ物にならないほど安い」という話になっている。

もちろん、風力や太陽光は気まぐれな発電方式であるから、安いからといって全面的に頼ることはできないが、主電源は再生可能電力で、需要ピーク時には天然ガス火力で補うという、パターンになりつつあるようだ。

地球温暖化は温室効果ガスの層ができて起こっているわけではない

前から気になっていたのだが、地球温暖化のメカニズムについて、以下のような図で説明されることがある。このような説明図を見たことのある人は多いだろう。(この図はある自治体のホームページに掲げられている)

しかし、この説明図は間違いである。

この図を見ると、地球上空に温室効果ガスの層があり、それに地球から放出される熱(赤外線)がぶつかって反射される。かつては温室効果ガス濃度があまり高くなかったので、反射される熱もそれほど大きくなかったが、現在の地球は温室効果ガスの層の濃度が高くなっているので反射される熱が増えて地球が温暖化される。

そのように文章で説明されているわけではないが、おそらく、この図を見た多くの人たちがそう思うだろう。この図を描いた人もそう思っているのかもしれない。では、熱を反射する温室効果ガスの層はどのくらいの高さにあるのだろうか。1万m?、 10万m?、もっともっと上?

例えばオゾン層の高さは1万mから5万mである。これはネットで調べれば簡単に出てくる。では熱を反射する温室効果ガスの層の高さはどのくらいなのだろうか。これはネットで調べても出てこないし、どんな論文でも出てこない。

実は温室効果ガス層の高さは0mである。というか温暖化の解説図で示されるような温室効果ガスの層など存在しないのである。温室効果ガスの主な成分であるCO2は空気より重いので、理屈から言えば地上付近が最も濃度が高くなるはずであるが、実際には空気は混ざりやすいので、地上からかなり上空までCO2は拡散していて、ある部分では濃いところがあったり、季節によっても変化し、工場地帯では濃く、森林地帯では薄くなったりする。しかし、温室効果ガスの明確な層など存在しないのである。

では、この解説図は間違っているのだろうか。そう、はっきりいって間違いである。温室効果は温室効果ガスの層が地球を覆って熱(赤外線)を反射して起こっているのではなく、大気圏全体で起こっている。つまり、温室効果はわれわれが生活するこの地面のすぐ上、つまりあなたの身の回りで起こっており、決して地上数万mのはるかかなたで起こっている現象ではないということである。

もう一つ図をお見せしよう。

これは、環境省が発行している「こども環境白書」に書かれた地球温暖化の説明図である。この図では、はっきりと温室効果ガスの層があると描かれている。いくら子供向けとはいっても、環境省がこれではいかんだろう。

自動車排ガスからのCO2回収は可能か

先日「出すそばから二酸化炭素を回収できればエンジン車でもよくない?」という記事がYahooニュースなどに掲載された。これはエンジン車から排出されたCO2を、車両に搭載されたCO2吸収剤に吸収させてCO2排出をゼロにしてしまおうという技術である。

この技術が完成すれば、エンジン車でもそのまま気候変動対策ができるので、EVなどCO2を排出しない車に変える必要はなく、今のエンジン車がそのまま使えるという話である。さらに回収したCO2は農業用温室などで使えば、食料増産にもつながることになる。すでにスズキやマツダでも開発が進んでいるという。
しかし、この技術。どう考えても無理だろう。

ここで掲げられたCO2吸収装置は排ガス浄化触媒のようなものをイメージしているのだろう。エンジン車の排ガスに含まれる有害物質は大気汚染の原因となるから、これを除去するために触媒が設置されている。CO2も一種の大気汚染物質と考えれば、公害防止用触媒と同じように、CO2吸収装置を取り付ければ、それでOKということになるのではないか。

しかし排ガス浄化用の触媒は自動車排ガスに含まれる一酸化炭素(CO)、炭化水素(CH)、窒素酸化物(NOx)という有害物質を無害な物質に変える装置である。COはCO2に、CHはCO2とH2Oに、NOxはN2に、という具合に無害なものに転換して排出している。決して、これらの有害物質を貯め込んでいるわけではない。

CO2回収装置は排ガス中のCO2を分離して、CO2以外のガスを排出する。これによって確かに排ガスからCO2が排出されなくなるのだが、CO2が別のものに変わったわけではなく、単に装置の中に貯蔵されただけなのだ。

ガソリン1ℓを燃やすと2.32kgのCO2が排出される。ガソリン1ℓの重さはだいたい0.75㎏であるから、消費されるガソリンの約3倍の重さのCO2が排出されることになる。一方、CO、CH、NOxの量はppm単位だから、CO2の排出量は汚染物質に比べて半端なく大きい。さらに、2.32㎏のCO2の体積は標準状態で1180ℓになる。

下の図は、マツダ自動車が開発しているCO2吸収装置の模式図である。(マツダ技報 No.41, p98(2025))

この装置の場合、ガソリン車の排ガスはゼオライトを主体とした吸収材を通すことによってCO2が吸収され、CO2を含まない排ガスが排出される。CO2を吸収したゼオライトは真空ポンプで吸引されることによって、CO2が分離される。この吸収と分離を繰り返すことによって、排ガス中のCO2が連続的に分離されていくことになる。では分離されたCO2はどうなるかというと、CO2タンクの中に貯蔵されていくことになる。

この方法を使えば確かにエグゾーストノズルから排出されるCO2はなくなるが、排ガスから分離されたCO2はどんどんCO2タンクに貯まっていくことになる。もし、この自動車がガソリンスタンドで50ℓのガソリンを入れ、それが全て消費されるまで走行したとすると、タンクに貯められるCO2の体積は59,000ℓとなる。これは1辺が3.9mの立方体と同じ大きさで、このような大きなタンクを車両の中に確保しなければならないことになるが、そんなの無理だろう。

たとえ回収されたCO2を車の中に蓄えることができたとしても、結局は回収されたCO2を何らかの方法で処分しなければならない。もちろん、そのまま大気に放出したら何にもならない。

Yahooニュースの記事では、回収したCO2を温室で植物に吸収させれば食料が増産されると書かれているが、この方法はNGだ。植物はCO2を吸収して成長するが、やがては枯れる。枯れると植物は分解されて吸収したのと同じ量のCO2を排出するから、結局CO2は大気に放出されることになる。

野菜として人間が食べた場合も同じだ。野菜は体内で消化されて、吸収され、エネルギー源として消費され、最終的にはCO2となって呼気から大気中に出ていく。

植物は一般にカーボンニュートラルといわれているが、それは成長過程で大気中からCO2を吸収しているからだ。その吸収するCO2がガソリンのような化石燃料から出てくるものの場合はカーボンニュートラルとはみなされない。

回収したCO2に水素を反応させてe-fuelにするという方法も提案されているが、この場合は水素を作るときに電力が必要となるから、そんな電力があるのならEVで使った方がいい。また、この場合も、e-fuelを燃やせばCO2が出てくる。そのCO2ももともとガソリンが燃えて出てきたものだからカーボンニュートラルではない。

ガソリンを燃やしたあと、発生したCO2を回収すれば、確かにエグゾーストノズルからCO2が排出されることはないが、回収したCO2が消えてなくなるわけではない。結局は何らかの方法でCO2を処分しなければならないから、問題を先送りしているに過ぎない。それなら最初からガソリンを燃やさない方法を考えるべきだろう。それがEVであったり、バイオ燃料であったりするということだ。

2025年9月24日