初めて点火された核融合反応 しかし実用化にはまだ遠い

11月30日付のPhysics の記事によると、ローレンスバリモア国立研究所のデビ―・キャラハンは、投入したエネルギーより大きいエネルギーを生み出す核融合反応、すなわち核融合の点火に成功したと発表した。

核融合は水素原子と水素原子が融合してヘリウムができる反応である。このとき大量の熱が出るから、この熱を使って発電を行うのが核融合発電である。水素は水に含まれるから無尽蔵にあり、放射能もなく、安全な発電方法。これが完成すればエネルギー問題も地球温暖化問題も一気に解決するだろうと言われる。

この夢のような発電方式が今まで実用化されていなかった大きな原因は核融合を起こすために1億度以上という非常な高温と密度が必要な事である。温度が高すぎて容器に入れて加熱すると容器が融けてしまうから、燃料を宙に浮かせた状態で温度と密度を維持しなければならない。これが難しい。しかし、わずかな時間であるが、これが可能になり実際に核融合が実現している。

次の段階は核融合エネルギーの黒字化である。一旦核融合が起これば、膨大なエネルギーが得られるが、これまでは発生する核融合反応が微小過ぎて、核融合を起こすために投入されたエネルギーの方が大きかったのである。今回は、慣性封じ込めと言われる方法を使って、投入エネルギーよりも多くの核融合エネルギーが得られたという。

国立点火施設で使用された反応器の1つ。真ん中に燃料がある。

このように書くと、核融合発電は着々と実用化に向かっているように思われるかもしれない。ここまでくれば核融合発電の実用化まであと一歩だとするマスコミもある。しかし残念ながら、実用化は以下のような理由から程遠い。

まず、今回の核融合は直径数mm程度の燃料を使って、ほんの一瞬達成されたに過ぎないということ。実用的な発電所とするためには、もっと大量の燃料を使って連続的に安定的に核融合を行わなければならない。

さらに問題なのは、燃料として水素ではなく、重水素とトリチウムが使われていることである。トリチウムは地球上にはほとんど存在しない。つまり、核融合発電の燃料は無尽蔵どころか、すこぶる希少な資源なのである。もう一つの問題は核融合に伴って高速中性子が発生すること。これは人体にとって非常に有害である上に、透過性が高い。さらに高速中性子が設備に損傷を与える。これらの問題点をクリアして何とか発電にこぎつけても、果たして他の発電方式に比べて経済性があるかどうかも疑問である。(核融合発電は「クリーンで無尽蔵で安全」ではない  実用化にはいまだ高い壁 参照)

確かに核融合のエネルギー収支は黒字化したが、それと実用化とは全然違う。科学者が実験室で成功したからと言って、一足飛びに実用的な発電設備が作れると考えるべきではないだろう。

電気自動車BEVに完全に舵を切ったトヨタ いよいよ燃料電池車FCVは撤退か?

トヨタは完全にEVに舵を切った

トヨタは12月14日に行われたバッテリー式電気自動車(以下BEV)戦略に関する説明会で、今後発売する予定のBEVのお披露目を行った。しかし、その演出が、また憎い。最初にbZシリーズ5台を並べ、それぞれの特徴について豊田社長自らが説明した。一度に5車種も。それだけでも驚くのだが、バックのカーテンが取り払われると、さらに11台の様々なタイプのBEVが姿を現したのだ。

米国エネルギー省が公表しているFuel Economy Guide Book(2021年版)によると、全米で15社53モデルのBEVが販売されているが、そのうち最も多くのモデルを出しているのがテスラとポルシェで、それでもそれぞれ14モデルと12モデルに過ぎない。その他の大半のBEVメーカーは1モデルか2モデルしか販売していない。(アメリカではどんな電気自動車(EV)が売られているか 53モデルのモーター出力、充電時間、走行距離、燃費など 参照)

そんな中、トヨタが一気に16モデルのBEVを公表したのだ。そしてトヨタはこれらのBEVをここ数年にうちに順次販売ルートに乗せていくという。さらにトヨタは2030年までにBEV30モデルを投入し、全世界で年間350万台の販売を目指すという。トヨタのBEVのラインアップは、世界中を見渡しても最大級である上に、この販売量である。トヨタは完全にBEVに舵を切り、一気に世界のトップを目指す戦略であろう。

FCVは撤退か

一方、トヨタは従来から燃料電池車(以下FCV)の開発に力を入れてきた。今後これはどうなるのか。この発表会でトヨタはBEV以外の電動車(ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、FCV)にも引き続き注力し、車を販売する地域のエネルギー事情やニーズに合わせた事業を展開していくと語った。
しかし、今回の発表会で見せた「どうだ、トヨタはもうEVで出遅れているとは言わせないぞ」と言わんばかりの論調にFCVはすっかり色あせた感がある。では今後もFCVの開発は続けていくのだろうか。

今年初めの時点で、筆者が知る限り、世界的に見てもFCVを一般に市販しているメーカーはトヨタ、ホンダ、ヒュンダイの3社しかなかった、その後、ホンダはFCVから撤退しているので、現在は2社、4モデルだけになっている。
BEVは充電時間が長く、一充電で走れる距離が短いという欠点がある。これに対して、FCVは充填時間も走行距離もガソリン車並みというのが売りである。しかしながら、以前筆者が書いたように、乗用車タイプのFCVにはもう未来はないだろう。(燃料電池車に未来はあるか FCVが普及しない理由 参照)

一番の問題はFCVの燃料となる水素を供給する水素ステーションが少ないことである。いかにFCVが優れていたとしても、燃料の水素が供給されなければ走ることはできないから、これが解決しない限りFCVの普及は無理。

そして、ステーション1か所当たりの設置費用がガソリンスタンドの数倍もするのだから、今から水素ステーションがガソリンスタンド並みに充実するという可能性は現実的にほとんどない。おそらく、路線バスのような例を除いてFCVが普及することはないだろう。

トヨタは今まで水素ステーションの設置を水素供給会社に呼び掛け、政府もそれを補助してきた。いまさらFCVの旗を降ろすには忍びないであろうが、もうそろそろFCVは撤退の潮時ではないだろうか。

2021年12月16日

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石油産業誌に記事が掲載されました(今後の世界の基礎化学品の需要と原料の予想)

今後の基礎化学品(メタノール、石油化学製品、アンモニア)の需要・生産状況の予想について、IEAのレポート(2018年)を中心に紹介した記事が、石油産業誌11月号に掲載されました。概要は次のとおりです。

1.メタノール:特に中国で伸びる
メタノールの生産量は2030年までに50%以上増加し、2050年にはほぼ2倍になる。特に中国は現在、世界の生産量の約半分を生産しているが、この割合いは2050年にも変わらない。メタノールの需要の35〜40%が燃料用で、ガソリンなどに直接添加して使用するか、MTBEやDMEに転換して使用されている。

2.石油化学製品:環境懸念にも拘わらず成長する
オレフィンおよび芳香族のような石油化学製品の需要は2050年までに約60%増加する。今後、様々な地域で人口と所得が増加することに伴って、プラスチックの消費は特に包装と建設用を中心として増加する。世界平均で、1人当たりの生産量は2017年に約47 kg /人だったものが2050年には60kg /人以上に増加する。欧州や日本などの先進国では、環境影響へ懸念からプラスチック消費の停滞が見られる。

3.アンモニア:肥料用が頭打ち
アンモニアは2030年までに15%以上、2050年までに30%以上の増加が見込まれる。特にアフリカと中東では、2050年までに生産量がほぼ2倍になる。アンモニアの主な用途は肥料であるが、先進国では飽和状態となり、発展途上国でも肥料効率が向上することによって販売量の伸びが抑制される。アンモニアは火薬、ナイロン、アクリル繊維、ニトリルゴムなどにも使用されるが、全体の10〜20%に過ぎない。

4.原料変化の動き
石油化学製品の原料としては現在ナフサや天然ガスが使われている。それ以外の原料としてはエタノールからエチレンを製造する技術などがある。化石資源以外の代替原料は2030年までに5倍に成長し、2030年から50年の間にほぼ3倍になるが、それでも2050年時点で、全体の2%を占めるに過ない。

基礎化学品原料の推移(世界合計)※HVCは石油化学製品

メタノールとアンモニアの原料は世界的には天然ガスであるが、中国では石炭を使用している。メタノールからオレフィンを製造する技術(MTO)が実用化されており、特に中国では今後、メタノールが石油化学製品の原料として使われる。ただし、中国ではメタノールの原料としては依然として石炭が使い続けられると予想されている。

2021年12月12日

緊急着陸した米軍F16戦闘機が落とした外部タンクの危険性

30日午後6時頃、三沢基地の米国空軍F-16戦闘機が飛行中に異常を起こし、青森空港に緊急着陸した。この緊急着陸に先立って燃料タンクを空中で投棄したが、そのタンクが青森県深浦町の歩道付近に落ち、一歩間違えば人命にもかかわると問題になっている。
航空機は機体内に燃料タンクを持っているが、このタンクの容量を大きくすると重くなって機敏な行動ができない。逆に小さくすると飛行距離が伸びない。この矛盾を解決する方法が外部に取り付ける燃料タンク、いわゆる増槽という物だ。
長距離飛ぶときは、この増槽を取り付けて燃料の積載量を増やす。空中で会敵した場合は、この増槽を落として身軽になってから戦闘に臨むことになる。
今回は空中戦ではないが、エンジンに異常が起き、緊急に着陸することになった。このときもできるだけ身軽になっておく必要があるため、増槽を落としたのだろう。

F-16戦闘機 主翼下のロケット型のものが外部燃料タンク


この外部タンク、1基で2000リットルの燃料を積めるという。これはドラム缶10本分。このタンクを2基搭載している。このタンクに充填される燃料はJP-8と言われるジェット燃料である。成分はほとんど灯油で、これに少量の酸化防止剤や静電除去剤が加えられている。
ジェット燃料って灯油なの? JP-1からJP-10、ジェットAからジェットB まで 参照)
この燃料、以前使われていたJP-4よりも引火性が低く、マッチやライターでも簡単には火が着かない比較的安全な燃料だ。ただし、高温になったり、噴霧状態になったり、布などにしみ込ませたりすると着火するようになる。燃えだせば大きな火力をもつ。肌に付着すればかぶれるし、飲み込めば当然、毒性がある。
もう一つの危険性は、その重さである。満タンにすればジェット燃料だけで1.6トンほど。これにタンク自体の重さを加えれば2トン程度になるだろう。これが高空から落ちてくる。人や車に当たれば人命にかかわるし、人家に落ちれば屋根を突き破り、燃料をまき散らし、火気があれば火災にもなる。
いつも思うことなのだが、例え空中戦に臨む、あるいは緊急事態だからと言って外部タンクを落下させれば、そのタンクが地上の住民に被害を及ぼすことは十分予想できる。命がけの戦闘、緊急事態とはいえ、地上のことも考えずに空中から2トンもの重さのあるものを落下させて当たり前、それが増槽というものだという考え方はあまりにも無責任ではないか。それは、タンクを設計したエンジニア、そしてそれを運用する軍の責任である。
外部タンクの中の燃料を空中に放出できるような仕組みを作っておけば、緊急事態には、飛行中にタンクを空にすることができる。そうすればタンクを装着したまま着陸しても問題ないのではないだろうか。
人の頭の上を飛ぶ者の責任として、そのくらいの配慮はすべきだろう。

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ジェット燃料って灯油なの? JP-1からJP-10、ジェットAからジェットB まで

メタネーションは本当にカーボンニュートラルなのか CCUのパラドックス

2020年10月に菅総理が行ったカーボンニュートラル宣言以降、様々な技術開発が進められている。これは大変よいことだと思う。 
例えば自動車ガソリンの代わりに電気や水素が使われる。再生可能エネルギーを使って作ればという前提ではあるが、電気も水素もカーボンニュートラルと言っていいだろう。
では都市ガスはどうするのか。現在都市ガスは天然ガスを使っているからカーボンニュートラルではない。それで近年注目を浴びているのが、メタネーションという技術である。資源エネルギー庁のホームページでもガスのカーボンニュートラルを実現する「メタネーション技術」として紹介されている。しかし、このメタネーション、本当にカーボンニュートラルなのだろうか。

メタネーションとは、水素(H2)と二酸化炭素(CO2)を反応させて天然ガスの成分であるメタン(CH4)を合成して都市ガスとして利用する技術である。この合成メタンを燃やせばCO2が排出されるが、このCO2はもともとメタネーションの原料として使われているから、差し引きゼロとなって大気中のCO2を増やさないという理屈である。これはわかる。(このようにCO2を回収して、燃料やその他の用途に使うことをCCUという)

発電所などから回収したCO2を利用してメタネーションをおこなう工程を図であらわしています。
メタネーションによるCO2排出量削減(資源エネルギーHP「ガスのカーボンニュートラル化を実現する「メタネーション」技術より)


しかし、資源エネルギー庁の記事によると、このCO2は火力発電所や工場から排出されるものを使うという。排出されるCO2を再び使うのだからカーボンニュートラルだという。ん?本当にそうか?
火力発電で化石燃料を燃やして排出されるCO2はカーボンニュートラルではない。しかし、このCO2を回収して合成メタンを作るとカーボンニュートラルだという。これは納得がいかない。

汚れたお金をいろいろ金融機関を回していくと汚れたお金ではないように見えるという技法をマネーロンダリングというが、それに似ている。火力発電で出てきたCO2はカーボンニュートラルではないが、これを回収して再び燃料にして使えばカーボンニュートラルだという。これではマネーロンダリングならぬカーボンロンダリングではないか。

火力発電で出てくるCO2ではなく、大気中のCO2を回収して行うメタネーションなら確かにカーボンニュートラルである。この技術をDACというが、実は大変難しい。だから手っ取り早く火力発電から出てくるCO2を使うということになる。
火力発電のCO2はどうせ大気に放出されるから、大気に放出される前に回収すると考えればDACと同じだという考え方もあるだろう。う~ん、頭の中が混乱してきた。

しかし、要は大気中のCO2を増やさないというのがカーボンニュートラルのはず。火力発電で化石燃料を燃やしてCO2が出てくる以上、これをメタネーションで使おうがどうしようが大気中のCO2は増える。だから全体でみればカーボンニュートラルではない。その責任は火力発電にあり、メタネーションに責任はないというのだろうか。どっちも同罪だと思うが。

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CO2と水から石油を作ることは可能?…カーボンリサイクルは温暖化防止策の切り札ではない

三井化学がCO2排出量を削減できるバイオマスプラスチックを開発:アドマーEFシリーズ

近年、バイオマスプラスチックが話題に上ることが多くなってきている。最近日経XTechでも大手総合化学メーカー三井化学が開発したバイオマスプラスチック、接着性樹脂アドマーEFシリーズが紹介されている

三井化学のプレスリリースによると
「当社が世界に先駆けて開発し、多層ボトルやチューブ、フィルム・シートなどに使用される接着性ポリオレフィン樹脂アドマーにおいて、社会や顧客からのニーズが高く循環経済の実現に貢献する環境対応ラインナップ「アドマーEFシリーズ」を追加し、バイオマス化度50%以上を実現したバイオマスアドマーを開発しました。」
とのことだが、ちょっと分かりにくい。

プラスチックにはポリオレフィン(ポリエチレンやポリプロピレン)のような非極性材料と、ポリアミドやEVOHのような極性材料がある。三井化学のアドマーはこの二種の材料を接着させる接着剤の役割をする樹脂である。従来製品は他のプラスチックと同様に石油から作られているが、今回発表されたEFシリーズは、その原料の50%以上をさとうきびのようなバイオマスに求めた。つまり、バイオマスプラスチックの一種だという。

バイオマスアドマーで成型した多層ボトル(三井化学プレスリリースより)

このプラスチック、石油を使わずにどうやって作るのか。推定ではあるが、まずサトウキビを絞って糖を抽出し、この糖を発酵させてエタノールにする。このエタノールを分解してエチレンとしたあと、重合させてポリエチレンとし、このポリエチレンに官能基と呼ばれる極性部分を付加して作る。この場合、エチレン部分は植物が原料だが、官能基部分は石油が原料となる。
バイオマスプラスチックには生分解性のある物とないものがある。生分解性プラスチックは廃棄されると自然に分解されるが、アドマーEFシリーズは生分解性ではない。しかし、燃焼させても大気中の温室効果ガスであるCO2の増加を従来品より抑えるという特徴がある。

現在のプラスチックのほとんどは石油から作られている。使い終わったあとはゴミとして回収されるが、回収プラスチックの7割くらいは、実は燃やされている。もちろんこのときCO2が排出されることになる。
アドマーEFシリーズは、原料の一部が植物であるから、その原料植物が成長するときに大気中のCO2を吸収している。だから燃やして出てくるCO2のうち、植物が原料となった部分についてはもともと空気から取り入れたもの。だから、大気中のCO2は増えないという理屈になる。

といっても、今回のアドマーEFシリーズは、そもそも接着剤であるから使用量が少なく、さらにバイオ率は50%程度であるから、それほどCO2削減効果は大きくないだろう。しかし、今後、このようなバイオマスプラスチックが様々な用途で使われる可能性がある。本品はそんな時代の先駆けとなるかもしれない。

2021年11月27日

ガソリン価格の上昇 例の特例税制はどうなっているのか

最近、ガソリン価格が上がってきて問題になっている。
政府はこの対策として、全国の小売価格がリットルあたり170円以上となったら、石油元売会社に補助金を出して小売価格の低下を促すという。ちょっと待ってよ。それで本当にガソリン価格が下がるのか。

というのは、石油元売会社が小売価格をコントロールしているわけではないからだ。石油元売はガソリンスタンドにガソリンを卸す。その時の卸価格を仕切値という。この仕切値は多分、元売各社が原油価格や為替などを考慮した一定の計算式によって決めているのだろう。政府が例えば1円の補助金を出してくれれば、石油元売は1円下げた仕切値でガソリンを卸すことになる。だから卸し段階では、政府の目論見通りに値段は下がるだろう。

しかし、ガソリンスタンドはこの仕切値に様々な経費や利益を上乗せして小売価格を決めている。小売価格はガソリンスタンドの経営者が決めることだから、仕切値が下がったからと言って小売価格を下げるとは限らない。例えスタンドがエネオスや出光、コスモなどの看板を掲げていたとしても、小売価格まで元売りが口出しすることは許されない。独占禁止法違反となるからだ。だから、仕切値が下がった分だけ、小売価格を下げずにスタンドが自分の儲けにしてしまう可能性もある。

じゃあ、政府の補助金は全く効果がないのかというと、一定の効果はあるだろう。
例えばあるスタンドが171円で売れば、地域の顧客から政府の補助金を受け取りながら値下げしないと非難されることになる。だから、結局170円が上限ということになるだろう。ただし、ガソリンは地域的に高いところも安いところもある。もともと小売価格が安い地域では、本当は169円でもいいところを、170円まで上げても顧客は気が付かない。また、逆に原油価格が下がり出したとき、170円から下げないというガソリンスタンドも出てくるかもしれない。

一番いいのは、1ℓあたり53.8円もかかっている揮発油税を下げることだと思うが如何だろうか。揮発油税が下がれば、その分小売価格も当然下がる。
実は従来、160円を3か月以上にわたって超えた場合、揮発油税は28.7円まで下げることになっていた。記憶されている方もいらっしゃるだろう。ところがこの特例税制は東日本大震災のどさくさに紛れて、別に法律で定める日までフリーズ状態となっているのだ。そして「別に法律で定める日」はまだ決められていない。そうするうちに170円近くまで上がってしまったということだ。これは国会の怠慢ではないのか。

自動車のEV化 余ったガソリンはどうするのか

COP26が閉幕。気温上昇を1.5℃以内に抑えるという目標が設定され、これから気候変動対策がさらに進められることになるだろう。
我が国の第6次エネルギー基本計画でも、2035年以降発売される乗用車は全て電動車に代わる計画だ。日本の場合、バイブリッド車やプラグインハイブリッド車の販売は認められるが、純ガソリン車の新規販売は禁止になるだろう。

2035年以降、当然、ガソリンの販売量はどんどん少なくなっていくはずである。需要がなくなったガソリンはどうなるのだろうか。こんな質問がQuoraやYahoo知恵袋でよく見かけるようになった。「原油を精製すると灯油や軽油のほかにガソリンが必ず一定量できてしまい、調整が効かない。だからそのガソリンの需要がなくなったら、どうするのか」という質問である。

この質問にはふたつの誤解がある。
まず、石油を精製して灯軽油を作ろうとすると必ずガソリンが一定量できてしまい、ガソリンだけを減らすことができないという誤解である。実際は石油を精製するとできてくる重油の需要がガソリンや灯軽油に比べてはるかに小さいので、その余剰の重油からガソリンや灯軽油を作っている。つまり、石油製品の割合は一定ではなくて、需要に合わせて調整されているのだ。特に市販のガソリンには、その半分くらいは重油から作られたものがブレンドされている。だから、ガソリン車が少なくなってガソリン需要が減少すれば、重油から作るガソリンの量を減らして、その分、灯軽油の量を増やせばいいことになる。

もうひとつの誤解は、気候変動対策で需要が減るのはガソリンだけだというものである。
2050年に温室効果ガス排出量ゼロを目指すのなら、ガソリンだけを減らしても仕方がない。灯油も軽油も重油も減らさなければならないことになる。部屋の暖房は灯油ではなくてエアコンで、トラックやバス、船舶の燃料は水素やバイオ燃料、合成燃料に替わるだろう。

その結果、今後、原油から作られるのはプラスチックなどの石油化学製品や潤滑油、アスファルトのような燃料として燃やすもの以外のものとなっていく。ちなみに石油化学の原料には現在はナフサやガソリンが使われているが、軽油や重油も分解してナフサやガソリンすれば、石油化学の原料にしていくことができる。

これから石油精製はこのような流れになるので、ガソリン車が販売禁止になってもガソリンの需要だけが下がるわけではなく、日本で使われる石油が全体的に減って行くことになる。それに合わせて製油所も分解装置の増強などが必要だけれど、少しずつ変わっていくだろう。

2021年11月18日

韓国で尿素水不足が問題化 尿素を韓国内で作ればCO2削減になるのか

尿素はアンモニアから アンモニアは石炭から作られる

中国から輸入していた尿素水が輸入できなくなったことから、韓国では尿素水の不足が問題になっている。尿素はアンモニアから作られており、中国はこのアンモニアを石炭から作る。世界最大のアンモニア生産国でもある。中国はその石炭をオーストラリアから輸入していたが、これが途絶えたことから、まわりまわって韓国の尿素水が不足となっているわけである。
尿素水はトラックなどディーゼル車の排ガスを浄化するために使われるから、尿素水がなければ韓国のトラックは動かせない。トラックが止まれば物流も止まり、市民生活にも大きな影響を与えることになる。

尿素水の原料のアンモニアはCO2を出さない燃料として日本では盛んに喧伝されているが、この事件からも分かるようにアンモニアは石炭から作られるから、製造過程で大量のCO2を排出する。アンモニアを燃料として使ってもCO2の削減にはならない。むしろかえってCO2排出量は増えてしまうことになる。
今回の韓国の尿素不足は如何にアンモニアが石炭に依存しているかを図らずも示したことになった。

尿素製造はCO2削減になるか

この件に関して、韓国では尿素を国内で作るべきだと議論されている。尿素はアンモニアにCO2を化合させて作られる。

  2NH3    +   CO2    → (NH2)2CO + H2O
アンモニア 二酸化炭素     尿素   水

ここで使うCO2に工場などから回収したものを使えば、CO2の削減になると報道されている。しかし、これは全くのお笑い草である。なぜなら尿素をディーゼル車で使うと、製造した時に使ったのと全く同じ量のCO2が排出されてしまうからである。

ディーゼル排ガスに含まれる有害な窒素酸化物をアンモニアによって還元して、窒素と水という無害なものに変えるのが排ガス浄化装置である。アンモニアは取り扱いが難しいのでCO2と化合させて尿素にしてから水に溶かして尿素水として使う。排ガス浄化装置では尿素が分解して元のアンモニアに戻って還元剤として働くわけだ。
そして尿素がアンモニアに戻るときにCO2を排出する。この量は当然ながらアンモニアから尿素を作るときに使ったCO2と同じになるから、CO2の削減にはならない。

排ガス浄化装置の仕組み

こんなことも分からないのかと韓国を馬鹿にしてはならない。日本だってアンモニアをCO2の出ない燃料だと報道しているが、そのアンモニアを安直に中国などから輸入して使うなら、日本で削減した以上のCO2が輸出国で発生することになる。

2021年11月10日

COP26 岸田演説なぜ化石賞か アンモニア、水素で世界は騙されない

COP26で岸田総理が演説。これに対して11月2日、気候行動ネットワーク(CAN)が名誉ある化石賞を与えると発表した。岸田総理の演説。いったい何が問題だったのだろうか。
総理の演説は1300字程度の非常に短いものであるが、その中で問題なのは次の部分だろう。
(全文はhttps://www.kantei.go.jp/jp/100_kishida/statement/2021/1102cop26.html

「アジアにおける再エネ導入は、太陽光が主体となることが多く、周波数の安定管理のため、既存の火力発電をゼロエミッション化し、活用することも必要です。日本は、・・・アンモニア、水素などのゼロエミ火力に転換するため、1億ドル規模の先導的な事業を展開します。」

まず気が付いたのは「再エネ導入に伴って発生する周波数変動を抑えるための支援」という点である。えらく狭いところを突いて来たなという感じである。次に、その周波数変動を抑えるために既存の火力発電所で、アンモニア・水素を使うという。周波数変動を抑えるのなら蓄電池でもいいじゃないかと思うが、なぜアンモニア・水素なのか。
それは、日本はアンモニア・水素という世界でも画期的な対策を取るんだということを強調したいのだろう。そのためにわざわざアジアの周波数という隅っこの話題を突っついてきた。つまりアンモニア・水素という我田に引水するためにアジアをダシに使ったということだ。

それはいい。アジアも1億ドルは欲しいだろう。しかし、もっと問題なのは、アンモニア・水素ではまったく温室効果ガス削減にならないということである。
今のところ水素もアンモニアも化石燃料から作られているから、そのまま使えば製造過程で大量のCO2が発生する。それなら、原料の化石燃料をそのまま発電に使った方がまだCO2の発生量は少ないのだ。

もちろん、まず、CO2を発生させないアンモニアや水素の製造技術を確立し、その上で既存の火力発電所を改造してアンモニアや水素だけで発電するというのならいい。アジアの周波数変動などを持ち出す必要もない。
しかし、実際には現在CO2を発生させない水素はほとんどないし、アンモニアは製造の目途も立っていない。CANは岸田総理が「アンモニアや水素を『ゼロエミッション火力』だと妄信している」と批判している。つまり、アンモニアや水素と言っても、どうせ石炭から作るんだろうと言っているわけだ。

一方、日本は600億ドル規模の支援に加え、新たに最大100億ドルの追加支援を行う用意があることも表明している。これはアンモニア・水素支援の1億ドルより、はるかに大きい。むしろこっちの方を強調すべきだっただろう。

日本ではアンモニアや水素を使いさえすれば脱炭素になるというような安易な議論が目立つ。COPでもアンモニア・水素をぶち上げれば、それで世界が感心するとでも思ったのだろうか。日本国内ならともかく、世界はそんなことでは騙されない。

2021年11月4日