今年2月28日、米国とイスラエルがイランを爆撃。イランはその対応措置としてホルムズ海峡を封鎖した。日本が輸入する原油の9割以上がホルムズ海峡を通過していることから、ホルムズ海峡封鎖によって日本に輸入される原油の量が激減することになった。
このため、日本の石油会社や商社はホルムズ海峡を通らずに輸入できる米国産原油の調達を開始している。しかし、SNSやネット上では、米国産原油は日本の製油所では処理ができないという話が持ち上がっている。その理由は次のとおり。
・日本の製油所の多くは、中東産の中質サワー原油に合わせて設計されているため、油質が中東産と異なる米国産原油を精製すると効率が著しく落ちる
・米国産の原油に対応できる日本の製油所は、三割程度に過ぎない
・アメリカ産の原油に対応できる「設備」をより多く建設しておくべきだった
また、「ある企業はカチッと後付けすれば米国産原油を処理できる技術を持っており、その企業の株を買えば資産が何百倍にもなる」などと投資を促すような書き込みもある。
この記事では
・米国産原油は中東産原油とどこが違うのか
・米国産原油を日本の製油所で処理すると、どのような問題が起こるのか
・そもそも日本の製油所で米国産原油を処理できるのか
について解説したい。
結論からいえば処理可能
結論から言えば現状の日本の製油所ではいくつかの問題はあるものの、米国産原油を処理することは可能である。むしろ米国産原油は(価格は別として)品質的にはわが国にとって都合のよい原油といえる。
米国産と中東産はどこが違うのか
一般に原油の品質といった場合、比重、硫黄含有量、金属分、流動点などが評価されるが、特に重要なのは比重と硫黄含有量である。日本に輸入されている米国産原油はその多くがWTIミッドランドといわれる原油で、比重は42(API度)、硫黄分は0.2%である
なお、原油の比重については、慣習的にAPI度という数値が使われ、API度が大きいほど比重が小さい。つまり軽質な原油を示している。APIが42というのは超軽質原油であり、硫黄分0.2%はこれも超がつく低硫黄原油である。ちなみに硫黄分の多い原油はサワー原油、少ないものはスイート原油といわれる。つまり日本が輸入する米国産原油は超軽質のスイート原油に分類される。
一方、中東産原油はどうかというと、代表的な中東原油であるアラビアンライト原油を例にとると、API度は33~34、硫黄分は1.8%である。このような原油の場合は中質の高硫黄原油(サワー原油)に分類される。(ただし、中東産原油がすべて同じかというとそうではなく、同じ中東産でもばらつきがある)
では、このような品質の違いは、精製工程にどのような影響を与えるのだろうか。
米国産原油は日本にとって好ましい品質を持つ
原油は製油所に運ばれると、まず常圧蒸留という操作が行われる。これによって沸点の差によってナフサ、ガソリン、灯油、軽油、重油などの留分に分けられる。このうち、ナフサから軽油までの留分は白油、重油は黒油とよばれる。
米国産原油のような比重の小さい原油を蒸留装置にかけると白油留分が多くとれ、黒油の割合は少ない。わが国の石油製品需要はガソリンやナフサなどの白油の需要が大きく、重油の需要は非常に少ないから米国産原油は日本の市場にフィットした原油といえるだろう。
原油に含まれる硫黄分については、石油製品が燃えたときに有害な亜硫酸ガスとなって排出される。亜硫酸ガスは大気汚染や機器腐食の原因となるから、これは少ない方がよい。我が国は過去に四日市ぜんそくのような亜硫酸ガスによる深刻な公害問題が起こったことがあり、重油などに含まれる硫黄分は厳しく規制されている。
また、ガソリンや軽油に含まれる硫黄分は自動車に搭載された排ガス浄化触媒に致命的なダメージを与えることから、これも厳しく規制されている。実際、我が国で販売されているガソリンや軽油の硫黄分は検出限界以下まで下げられている。このような燃料はサルファーフリーと呼ばれ、世界でも最高峰の高品質燃料なのだ。
このように米国産原油は中東原油より、需要の多い白油がたくさん採れるし、硫黄分も少ないから、むしろ日本の事情に適した原油ということができるだろう。
米国産原油は精製過程でどのような問題が起こるのか
とはいっても、我が国の石油精製設備は中東原油を処理することを念頭に設計されたものが多から、問題がないわけではない。
まず問題になるのが、原油が最初に通る常圧蒸留装置である。この蒸留装置は学校の実験でやるようなフラスコで行うような簡単な設備ではない。製油所で使われるのは連続式精密蒸留塔と呼ばれる装置だ。
この装置は高さ50m(15階建てのビルに相当)におよぶ巨大な鋼の塔で、これに350℃程度に加熱された原油が連続的に送り込まれる。すると、この塔の中で何回も蒸留が繰り返されて、沸点の低い留分が塔の上方に、低い留分が塔の下方に分離されてくる。また350℃程度では沸騰しない重質な留分は塔の底に落ちてくる。これが重油である。こうやって分離された各留分はポンプによって連続的に取り出される。

つまり、原油を連続的に蒸留装置に送り込むと、蒸留塔の上部から下部にかけてナフサやガソリン、灯油、軽油が、そして底部からは重油が連続的に取り出されるという仕組みになっている。このような装置が一日24時間、一年365目、ずっと休みなく動き続けて原油から各留分を分離し続けているのである。
ここで問題なのは、わが国の常圧蒸留装置は例えばアラビアンライトのような中東原油を念頭に設計されていることである。このように設計された常圧蒸留塔は抜き出される各留分の量がアラビアンライトを蒸留したとき分離される各留分の量に合わせてある。
これにナフサやガソリンのような軽質の留分がたっぷり含まれている米国原油を導入すると、軽質留分が多すぎて装置の抜き出し能力を超えてしまう可能性がある。また、塔の底に溜まる重油が少ないから、今度は重油の抜き出し能力の下限を割り込んでしまうという問題もある。
対策はどうするのか
ただし、各留分の抜き出し能力についてはある程度の余裕を見て設計されている。中東産原油といってもアラビアンライトだけではなく、さまざまな種類の原油があるからだ。例えばUAEから輸入されるマーバン原油やカタールランド原油は軽質でAPI度が40近くあるし、中立地帯で産出するカフジ原油のAPI度は28程度しかない重質原油である。
だから、中東以外の原油を使ったからといって、すぐに抜き出し能力を超えてしまうということはない。配管や抜き出しポンプの能力がその余裕の範囲なら、米国産原油を処理しても問題はない。
ただ、抜き出し能力が設計余力を超えた場合には対策が必要になる。その対策としては次のようなものが考えられる。
・原油処理量を下げる
・軽油留分の少ない中質あるいは重質原油と混ぜて処理する
・常圧蒸留装置で取り出された重油を、処理前の原油に混ぜて再び処理する
・重油の抜出し能力の下限を割った場合は、抜出ポンプの下流側の一部をポンプ吸引側に戻して、見かけ上の重油抜出量を増やす
特に、軽質留分の少ない原油と混ぜて処理する方法はよく使われる。製油所は輸入された原油を貯蔵するための原油タンクを何基か持っているから、その原油タンクの中で中東原油と米国原油を混ぜてやればいいのだ。
これらの対策をとってもまだ設計能力を超えてしまう場合は装置の改造が必要となる。しかし、そこまでしなくても日本に輸入された米国原油は今のところ特に問題なく処理されているようである。
二次装置への影響
製油所ではまず原油を常圧蒸留装置で処理して、ガソリンや灯油、軽油、重油などに分離しているわけであるが、蒸留分離しただけでは製品にはならない。
各留分は二次装置とよばれる装置群によってさらに精製処理を行うことによって、実用に耐える製品として出荷される。これらの二次装置も日本の製油所では中東原油に合わせて設計されているわけであるが、これらの二次装置に米国原油から分離された各留分を処理しても問題ないのだろうか。
まず、米国原油は硫黄分が少ないから、二次装置のうち硫黄分を取り除く脱硫装置が影響を受ける。といっても取り除かなければならない硫黄の量が減るわけだから運転条件がマイルドなる。これによって脱硫装置で使用される燃料が減ることになり、これはいいことだろう。
ただし、取り除かれた硫黄分は硫黄回収装置で固体の硫黄となって、肥料や硫酸の原料として出荷されている。米国産の硫黄分の少ない原油を処理すれば硫黄回収量が低下することになるため、硫黄回収装置の運転能力の下限を切ってしまう可能性もある。ただし、今のところ硫黄回収装置が問題になっているという話は聞かない。
まとめ
そもそも石油産業の発祥の地は米国であり、その精製技術の多くは米国で米国産原油を精製するために開発されてきたものである。わが国でも、戦前は米国産原油を大量に輸入し、その精製技術も米国から導入されてきた。
戦後になって高度成長期が始まると国内各地に次々と製油所が建設されていったが、そこで処理される原油としては、安いが米国産よりやや重く、硫黄分の多い中東原油が大半を占めるようになっていった。
このような扱いにくい原油を処理するために、わが国は脱硫装置や分解装置などさまざまな追加の技術を導入してきたのである。つまり、米国産原油よりむしろ中東産原油の方が精製処理が難しいので、それに対応していったのである。だから、中東産に代わって米国産の原油が導入されるとしても、それほど大きな障害が起こるわけではない。
最近はあまり聞かないが、わが国の製油所はかつてはインドネシアや中国からも原油を輸入して処理していた。これらの原油は中東産原油とも米国産原油とも違って重質、低硫黄かつ流動点が高い(常温で固体)という非常に特殊な性質を持つ原油であったが、このような原油もわが国の製油所は処理してきたという実績がある。
米国産原油の性状は今まで処理してきた中東産原油とは違っているが、恐らく設計余裕の範囲であれば処理することが可能であり、あるいは中東産原油と混ぜて処理することによって、わが国の製油所でも十分処理が可能であると考えられる。
つまり、米国産原油が大量にわが国に入ってきたとしても、精製技術上は対応が可能で、それほど心配する必要はないということである。
2026年10月9日


