今年(2026年)7月31日。日本ゼオンはバイオエタノールを原料として高効率でブタジエンを製造するベンチプラント(試験装置)を竣工したと発表した。これは日本ゼオンと横浜ゴムとが共同で行っているNEDOの技術開発テーマとして行われたものである。
NEDOのテーマは二つあり、ひとつはバイオエタノールからブタジエンを高効率で製造する方法の開発。もうひとつは植物資源からブタジエンやイソプレンを製造する方法の開発である。前者は触媒技術、後者はバイオ技術を活用するものであるが、今回のベンチプラントは前者のものである。
これから、日本ゼオンはこのベンチプラントで製造されたブタジエンを使って合成ゴムの一種であるポリブタジエンゴム(ブタジエンゴム)を試作し、横浜ゴムはそのブタジエンゴムを使用してタイヤを試作し、走行テストを行って、大規模実証に向けたデータ収集を行うことになっている。
本プラントは2027年1月より本格稼働を開始し、 2034年の事業化を目指す。
現在、合成ゴムは日本の場合、原油から取り出されるナフサが原料である。ナフサはナフサクラッカーと呼ばれる装置で分解され、これによってエチレンやプロピレンなど様々な基礎化学品が製造されるが、その中のひとつがブタジエンである。
我が国で生産される石油化学品のうち、最も多いのがポリエチレンやポリプロピレンといった合成樹脂であるが、それについで多いのが合成ゴムである。
合成ゴムの用途は自動車用のタイヤをはじめとして、ゴムベルト、ホース、パッキン、防水材など産業に欠かせない。さらにゴルフボールや卓球のラケットなど民生用にも広く使われる重要な物資である。
この合成ゴムの原料であるブタジエンをバイオエタノールから作ろうというのが、この研究開発の目標である。
実は、バイオエタノールから合成樹脂の原料であるエチレンを作る技術は既にある。エチレン分子は炭素原子が2個含まれる。一方、バイオエタノールは1個の分子に炭素2個、酸素1個を含んでいる。だから酸素を1個分取り除いてやればエチレンを作ることができる。水の形で酸素が取り除かれるので脱水反応という。

一方、ブタジエンは炭素数が4個であるから、エチレンの製造よりちょっと難しい。酸素を取り除いたあと、バイオエタノール2個分をつなぎ合わせなければならない。日本ゼオンはこのような反応を効率的に行える触媒を開発したということだろう。
ではこの技術。どのような意味、つまり、なぜナフサではなくバイオエタノールを原料とするのだろうか。その意味は二つある。
ひとつは脱石油である。ナフサは原油を蒸留して作られるが、我が国は原油の約95%を中東からの輸入に頼ってきた。さらに輸入してきた原油を蒸留して国内で作られるナフサは国内需要の3分の1しか満たせないので、不足分はナフサそのものを輸入してきた。この輸入ナフサも大半は中東からのものである。
今年、ホルムズ海峡が封鎖され、原油やナフサの輸入が止まったことから、ナフサの供給不安が一気に高まっている。
一方、バイオエタノールは中東ではなく、主な生産国は米国やブラジルであり、中東のような政情不安定な地域ではないから、安定的に輸入することが可能である。東南アジアでも、あるいは国内でも作れるかもしれない。
もうひとつの意味は、気候変動対策である。ナフサと違ってバイオエタノールに含まれる炭素分は大気中から吸収されたものであるため、これを燃やしても発生したCO2はもともと大気中にあった炭素分が大気に戻るだけなので、大気中のCO2を増やさない。
合成ゴムは使用されたあとは廃棄され、その多くは焼却されるが、バイオエタノールが原料であれば、焼却によってCO2が発生しても大気中の濃度を増やさないから、気候変動対策となる。
現在、バイオエタノールからエチレンを作る技術は確立しており、ナフサを原料としたときと同じ品質を持ったポリエチレンを作ることができるし、実際に我が国はバイオエタノールから作られたポリエチレンを輸入して、石油から作られたポリエチレンに混合してレジ袋などに使っている。
しかし、ナフサを原料としたときのようにプロピレンやブタジエン、BTXのような重要な基礎化学品は今のところバイオエタノールから作ることができない。
それが将来、化学産業が脱石油化を目指すときのネックのひとつとなる。日本ゼオンの技術はバイオエタノールからエチレンだけでなく、そのほかの基礎化学品をつくるための道筋の一つとなり、バイオエタノールから様々な化学製品を作るバイオリファイナリーを構築するための道を切り拓く要素技術の一つとなると期待される。
2026年8月6日


