ロシアの通信社が米国のロシア原油輸入が48%も増加したと報道 フェイクニュースはこうして作られる

昨日4月9日、ロシアの通信社であるスプートニクニュース(日本語版)が、「米国 ロシアからの原油輸入を1週間で43%も増量」とする記事を掲載した。ロシア安全保障会議のポポフ副書記が明らかにしたという。「米国は、欧州に対しては対ロシア制裁を強要しながら、米国自身はロシアからの原油輸入を続けているだけにとどまらず、先週はその供給量を43%増の日量10万バレルにまで増やした。」と。
つまり、米国は欧州にロシアの資源を買うなと指示しながら、自分はロシアから原油輸入を続けており、それどころか48%も輸入量を増やしたというのである。日本でもこの記事を読んで、これは米国の背任行為だと憤慨する人もいたようである。

本当にロシアからの原油輸入量は増えているのだろうか。
米国にはEIAと言う機関があり、エネルギーに関する非常に詳しいデータを収集して、公表している。その膨大なデータの中から米国がロシアから輸入している原油の量を週ごとにまとめてグラフにしてみたのが下の図である。

米国のロシア産原油輸入量推移(週ごと) スプートニクの記事で原油輸入量が増えたというのは、赤〇の部分

全体に大きなばらつきがあるが、スプートニクの記事とは逆にロシア産原油の輸入量は少しずつ減少する傾向にあることが分かる。
では、スプートニクの記事でいう、48%増加したというのはどこのことを言うのだろうか。これはどうも、今年3月の第4週のことらしい。第3週の輸入量は日量で7万バレル、第4週は10万バレルであるから、だいたい48%増加している。これは、図の中の赤丸で示した部分に相当する。
つまり、米国がロシアから輸入している原油の量はここ1年で減少しているが、3月後半の第3週と第4週だけを比較すると少しばかり増えているという話である。

ちなみに、米国は世界第1位、ロシアは世界第3位の原油生産国であり、両国とも原油の輸出国でもある。したがって、米国はそもそもロシアから原油を輸入する必要はない。実際、2021年における米国の原油消費量(日量平均9億8700万バレル)のうち、ロシア原油が占める割合は0.07%に過ぎなかった。一方、ロシアが米国に輸出してる原油の割合も全輸出量のわずかに1%であった。

つまり、互いに原油を輸出入する必要がなく、したがって量も少ない。そのため週ごとの変化も分母が小さいために、ばらつきが大きくなってしまう。(たとえばタンカー1隻で200万バレルくらいの原油を運ぶから、石油タンカー1隻の入出港が遅れただけで、日量10万バレルくらいのばらつきは簡単にでてしまう)

たまたま3月の終わりの週で原油の受け入れ量が、その前の週に比べて3万バレルほど大きくなったが、これは単にばらつきの範囲にすぎない。これをスプートニクニュースでは米国が意図的に輸入量を増やしているかのように報道したというわけである。

確かに米国のロシア原油輸入量が48%増えたという数字はあるが、それはほんの1週間だけを切り取った数字であり、全般的にはロシアからの原油輸入量は減ってきているのである。スプートニクの記事はフェイクニュースと言っていいだろう。

ちなみに、米国はロシアからの石油、石炭、天然ガスの輸入を全面的に禁止する措置を取っており、4月の第1週目はロシアからの原油輸入量は見事にゼロとなっている。

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電気自動車だけじゃない 今、第二世代のバイオディーゼルが注目されている

最近、バイオディーゼルに関するニュースをよく目にするようになってきた。
例えば、マツダが鈴鹿で行われるスーパー耐久レースにバイオディーゼル仕様車を投入するとか、大型フェリーでバイオディーゼルを使うとか、空港の荷物牽引車をバイオディーゼルで走らせるとか、レボインターナショナルという会社がバイオディーゼルの生産設備を増強するとか。中にはとんこつラーメンからバイオディーゼルを作るなんてのもある。
では、バイオディーゼルとはいったい何なのか。

バイオエタノールとどう違うのか

自動車に使われるバイオ燃料は大きく分けて2種類ある。ひとつはバイオエタノール。もうひとつがバイオディーゼルだ。バイオエタノールはガソリンエンジン(オットーエンジン)の燃料、バイオディーゼルはもちろんディーゼルエンジンの燃料として使われる。

ガソリンエンジンの場合、燃料は一旦蒸発させて空気と完全に混ぜてからシリンダーに送り込まれる。前もって空気とよく混ぜられているから完全燃焼しやすく、きれいに燃えてくれる。ただ、当然ながら燃料は蒸発しやすい、つまり揮発しやすいことが条件となる。その点、バイオエタノールは揮発性があるので、ガソリンエンジンに使われるわけだ。

一方、ディーゼルエンジンの場合は、燃料は蒸発させるのではなく、燃料噴射ノズルから高速で噴射させ、霧状にしてシリンダーに供給される。霧状になった燃料はシリンダー内で高温になった空気と接触し、接触したところから順次燃焼していく。

だから、ディーゼルエンジンの場合、燃料に揮発性は必要なくて、極端に言えば液体で燃える物なら何でも燃料にすることができる。つまり、ディーゼルエンジンは使える燃料の幅がかなり広いのだ。

バイオディーゼルの作り方

では石油以外で、液体で燃える物にはどんなものがあるだろうか。まず思いつくのが植物油。実際、ルドルフ・ディーゼルがディーゼルエンジンを発明したとき、彼が最初に使った燃料はピーナッツから作った植物油だったそうだ。

ただし、植物油には大きな問題がある。粘度が高すぎるのだ。つまりねばっこい。軽油のようにさらさらしていない。だからそのままディーゼルエンジンに使うと燃料噴射ノズルから噴射させても細かな霧状にはならない。だから、そのまま燃やすと不完全燃焼を起こして黒煙もうもうとなってしまう。

では、植物油の粘度を下げるにはどうすればいいか。ここは油脂化学者に登場願おう。かれは事も無げに言うだろう「植物油の粘度を下げたい?それならエステル化すればいいんですよ」と。

方法はこうだ。まず植物油にメタノールという天然ガスから作られたアルコールと、触媒の水酸化ナトリウムを入れて混ぜて、60℃に加熱する。すると植物油が脂肪酸メチルエステル(FAME)というさらさらした油と、どろどろしたグリセリンに分離してくる。さらさらした方がバイオディーゼルだ。この方法はとても簡単なので原料と鍋さえあればできてしまう。

実はこれ、工業的に石鹸を作るときに使われる方法の一部だ。だから石鹸工場でバイオディーゼルを作ることができる。ヨーロッパでバイオディーゼルが大量に作られはじめたのは、製造方法が石鹸工業として既に確立していたからだろう。

ただし、このバイオディーゼルにはいくつかの問題がある。まず、酸化しやすい。要はてんぷら油だから少しずつ劣化してくる。貯蔵中に沈殿ができたりする。

作るときにグリセリンができてくるのも問題。きちんと精製すれば化粧品にも使えるが、普通は廃棄物になってしまう。グリセリンの分離が悪いとエンジンのフィルターを詰まらせたりする。原料に使われるメタノールは天然ガスという化石燃料から作られるから、完全にカーボンニュートラルじゃない。酸素原子が含まれているので燃費が悪くなる。などなど。

だから、バイオディーゼルを自分の自動車に使おうとするときは、ちょっと勇気がいる。精製度の悪い物や古い物を使うとエンジンが壊れてしまうからだ。市販の軽油にバイオディーゼルを混ぜて売ってもいいけど、混ぜる量は5%以下にしなさいと法律で決められているのもこのためだ。

第二世代バイオディーゼル

ではどうするか。ここは石油化学者に登場願おう。かれは事も無げにいうだろう「植物油の粘度を下げたい?簡単ですよ。水素化分解すればいいんです」と。

水素化分解と言うのは例えば重油のような粘度の高い大きな分子をもつ油を、いくつかの小さな分子にばらばらに分解して、灯油や軽油やジェット燃料を作る方法である。このとき水素を使うので水素化分解という。この方法はすでに確立した技術で、多くの製油所で実際に使われている。

この方法を植物油に使えば、軽油やジェット燃料ができてくるはず。というのは石油技術者ならだれでも考えつく方法だろう。そして、それを実際にやったのがフィンランドのネステオイルという石油会社である。

この方法を使えば、従来のバイオディーゼルの欠点はすべてなくなり、それどころか石油から作られたディーゼル燃料さえ上回る優れた品質を持つことになる。このような方法で作られたバイオディーゼルは水素化バイオディーゼル(HVO)あるいは第二世代バイオディーゼルと呼ばれる。一方、従来の方法で作られたバイオディーゼル(FAME)は第一世代だ。

第二世代バイオディーゼルを自動車燃料として使うときには第一世代のような問題は起こらない。100%濃度でも安心して使える。いや100%濃度ならむしろ性能が良すぎてもったいないくらいなのだ。

ただひとつの欠点は、これを製造するには400℃程度の高温と5MPa程度の高圧が必要となることだ。このため第一世代のバイオディーゼルのように、鍋や釜を使って裏庭で作るというわけにはいかない。石油精製装置並みの巨大なプラントが必要となる。

第二世代バイオディーゼル(HVO)の製造フロー図

このような製造装置の建設には百億円単位の費用がかかるのだが、くだんのネステオイル社はこの装置をフィンランドに2基、シンガポールとオランダに1基ずつ持っていて、HVOは今やネステオイル社の稼ぎ頭となっている。

日本ではどうか

世界的には特にヨーロッパ、アメリカ、ブラジル、インドネシアなどでバイオディーゼルが大量に製造され、その量も増えつつある。これらの国々で共通しているのは、いずれも農業国ということ。自国で採れるパーム油やナタネ油などの植物油を使って作られている。

では日本ではどうなのか。
先に挙げたレボインターナショナル社の新工場や空港で牽引車を走らせる燃料は第一世代。原料は一度料理に使ったあとに出てくる廃食用油を原料としている。ただし、廃食用油は量が限られるのが問題だ。つまり製造量が増やせない。

マツダのスーパー耐久レースやフェリーで使われるバイオディーゼルはユーグレナ社が提供する第二世代である。こちらの原料はミドリムシという微生物を国内で繁殖させて採取される油脂だ。ただし、ユーグレナ社は廃食用油も併用していると言っているので、ミドリムシ油は原料として何か問題があるのかもしれない。

以前紹介したMOIL社のバイオディーゼルも第二世代。原料は国内で栽培されるカメリナというナタネの一種から採油した植物油であるが、こちらはこれから試験製造プラントの建設が始まるところである。

これからどうなる

日本は2050年を目標にCO2排出量を実質的にゼロとするカーボンニュートラル社会に進んでいる。自動車についてはガソリン車や軽油車を電気自動車に置き換えようという動きが盛んであるが、ちょっと待ってくれ。電気じゃなくてもバイオエタノールやバイオディーゼルでもカーボンニュートラルは達成できるのだ。

話は飛ぶがジェット機は電気で飛ばそうとしても、これは無理(バッテリーが超重たいので)。だからバイオでジェット燃料を作ろう(SAF)と開発が世界的に進められていて、一部ではすでに定期便にも使用されている。JALやANAでも試験飛行を行っている段階だ。

ちょっと驚かれるかもしれないが、実はバイオジェット燃料と第二世代バイオディーゼルはほぼ同じものなのだ。だから、将来はバイオジェットと第二世代バイオディーゼルが同じプラントで作られるようになり、一般にも普及していくかもしれない。そうすれば今のトラックやバスなどのディーゼル車やガソリンスタンドがそのまま使えるわけだ。これも第二世代バイオディーゼルのメリット。

2022年4月2日

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天然ガスパイプライン問題から見たロシア・ウクライナ戦争

この2月、突如ロシアがウクライナに侵攻。世界中を巻き込む大問題となっている。ロシアとウクライナは20年ほど前から衝突を繰り返しているが、もとは同じソビエト連邦に属する兄弟のような国である。それが、ここまで対立が鮮明になってきた理由の一つに天然ガスパイプラインの問題がある。
ここでは、ロシアのエネルギー事情、特に天然ガスの問題についてまとめてみたい。

まず、基本的な知識として押さえておきたいのは、ロシアはエネルギー資源の超大国のひとつということである。原油の産出量については、米国、サウジアラビアに次いで世界第3位。天然ガスについては米国に次ぐ第2位。石炭についても中国、インド、米国などに次ぐ世界第6位を誇っている。

ただし、ロシアが米国というもうひとつのエネルギー資源大国と大きく違うのは、産出された資源のかなりの量を輸出にまわしており、これがロシア政府の大きな収入源となっているということである。実際、石油と天然ガスの輸出収入はロシア政府の年間総収入の43%に達している。

では、これらのエネルギー資源はどこに輸出されているのだろうか。これがロシアの貿易の最大の特徴であるが、輸出相手先がロシアと陸続きの国に大きく偏っている。ロシアは国土面積こそ世界最大であるが、資源を海上輸送できる不凍港は限られる。その結果、輸出はパイプラインや鉄道が中心となり、輸出相手国はほとんどロシアと陸で接する国に限られている。

石油の場合、主な輸出先は欧州が57%、アジアが42%(内、日本2%)、その他が1%。石炭の場合は、欧州が36%、アジアが54%(内、日本10%)、その他が10%である。(2020年実績)このように、石油や石炭の輸出先は基本的に欧州とアジアで、その割合は概ね半量ずつとなっている。

ところが天然ガスの輸出先については、欧州が89%、アジアが11%(内、日本4%)、その他が0%となっており、ロシアの天然ガス輸出については欧州向けが圧倒的である。

※ちなみに日本は天然ガスをオーストラリア、マレーシア、カタールなどから輸入しており、ロシア産は全体の8%。それほど多くはない。主な用途は東京電力や関西電力などで使われる発電用が7割、東京ガスや大阪ガスなどの都市ガス向けが3割である。

ロシアの天然ガス輸出先 (EIA Country Analysis “Russia”より)

これは天然ガスが気体であることから、その輸送はパイプラインに頼らざるを得ないことに起因している。パイプラインを使わないとすれば、液化してLNGとしてタンカーで運ぶことになるが、この場合は液化プラントや貯蔵設備、出荷港の整備に多額の投資が必要となる。パイプラインは、いったん建設してしまえば、最も安価で確実な輸送手段になる。

ただ、問題はロシアから欧州への主要なパイプラインがウクライナを経由していることだ。もともと、ウクライナはソビエト連邦の一部。つまり同じ国内なのだから問題はなかった。欧州への最短ルートがウクライナだったわけである。

ところが、1991年にソビエト連邦が崩壊すると、ウクライナは独立してロシアとは別の国になってしまった。このことが問題の発端である。といっても当初、ウクライナとロシアはまだ友好な関係を維持していた。プーチンが大統領に就任したのは、この平和な時期である。

しかし、2004年にウクライナに親欧米の政権が誕生(オレンジ革命)すると、両国の関係は険悪になって行った。これは、天然ガスパイプラインのウクライナ国内通過料やウクライナ国内での天然ガス使用料の支払いの問題となって表面化し、2006年と2009年にはロシアがパイプラインの供給を一時停止する事態となった。

このパイプラインの停止は、ウクライナだけでなく、輸出先の西欧向け天然ガスも停止されることを意味しており、当然西欧諸国も危機感を抱くことになった。

その後、2014年にキエフで親ロシア派と親欧米派の大規模な武力衝突(ウクライナ騒乱)が起きて親欧米派が勝利すると、ロシアは対抗措置としてクリミアを併合。これに対して欧米は対ロシア制裁を開始した。

一方で、ロシアはウクライナを迂回するパイプラインの建設を急いできた。黒海・トルコを経由する「トルコストリーム」。あるいは、中国を輸出先とする「シベリアの力」などである。そして、ロシアとドイツを海底パイプラインで直接つなぐ「ノルドストリーム2」はほぼ完成しており、これについてはバイデン政権も制裁を解除していた。

このような新しいパイプラインの建設によってウクライナ経由の天然ガス輸送は1990年に85%だったものが、2018年には41%まで低下したと言われる。つまり、ロシアにとって天然ガス輸出と言う点では、ウクライナはそれほど重要な国ではなくなりつつあった。

そして2022年、ロシアは突如ウクライナに軍事進攻する。軍事進攻の理由としては、これ以上NATO加盟国をロシアの近くに作らせないという国防上の問題ももちろんあるだろうが、長年にわたるウクライナとの天然ガスパイプラインについての確執も大きな理由なのだろう。

ノルドストリーム2の完成によって、たとえウクライナが対抗措置として天然ガスパイプラインを閉鎖あるいは破壊したとしても、ロシアの大きな収益源である天然ガスは他のルートを使って輸送できると読んだのかもしれない。

あるいは、プーチン大統領の頭の中には対ウクライナとの関係が良好だったころの記憶がまだ残っており、なんとかこの美しい国をロシアにつなぎ留めておきたいという強い思いがあったのかもしれない。

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2月24日にロシア軍がウクライナに侵攻して、すでに10日が経っている。ロシアは世界第二位と言われるほど圧倒的な軍事力を持っているから、ウクライナはすぐに制圧されるだろうとの予測が大半である。しかし、実際にはロシア軍はまだウクライナの一部を制圧しただけで、首都キエフの陥落もできていない。
つまり、ウクライナは予想以上の善戦をしている。その理由についてはいろいろ挙げられるが、ここでは、ランチェスターの法則を使ってウクライナ善戦の理由を考えてみたい。

ランチェスターの法則は今日ではマーケティング手法として、例えば中小企業が大企業に勝つ方法などとしてよく知られているが、もともとは戦場で、犠牲者がどれだけ出るかを数理モデルによって算出する技法である。基本的には軍事力の弱い方が犠牲者が増えていく。つまり強い方が勝つという理論である。

この表はロシア軍とウクライナ軍の戦力を比較したものであるが、この数値を見る限りロシア軍が圧倒的に強力である。ならばランチェスターの法則に従ってロシア軍が勝利するのだろうか。実はランチェスターの法則には戦力の劣る方が勝つ、弱者の戦略も用意されているのだ。

ウクライナとロシアの戦力比較 BBCニュースより

ランチェスターの法則が成り立つのは、実際に戦闘が行われている地域に限られる。いくらロシア軍が全体として強力だと言っても、実際に戦闘が行われる地域にどれだけ戦力を投入できるかは別問題である。つまり局地戦の戦力でみて、ウクライナ軍がロシア軍より勝っていればウクライナ軍が勝つのである。
また、ランチェスターの法則には第一法則と第二法則がある。第一法則は一対一での戦いであり、犠牲者数は戦力の差に比例する。第二法則は総力対総力の戦いであり、これは戦力の差に対して二乗で効いてくる。

ウクライナ軍の取るべき戦略としては局地戦に持ち込み、かつ、正面攻撃ではなく側面から一対一の攻撃を挑むということになる。これが弱者の戦略である。

ジャベリン対戦車ミサイル 戦車隊対戦車隊の戦いではなく、ウクライナ軍は戦車対歩兵で戦っている

対する強者の戦略ではできるだけ大軍でまとまって相手の軍勢を一気にたたくという方法がとられる。例えば、湾岸戦争では、アメリカ軍は砂漠の中を戦車を横一列に並べて進軍し、散らばって戦うイラク軍を駆逐していった。これは明らかな強者の戦略である。

これに対してウクライナ戦争では、まったく逆の展開となっている。ウクライナは非常に平坦な土地で、広大な農地が広がり、ところどころに森や林がある。ここに道路が何本か直線状に走っているだけだから、ロシア軍はこの道路を一列縦隊で進まざるを得ない。

ウクライナ軍は、この縦に長く伸びたロシア軍の先頭勢力とだけ戦えばいい。つまり、いくらロシアが大軍を送り込んだとしても実際に戦うのは先頭だけ。つまり局地戦となり、大軍の意味がないのである。実際、キエフに向かう道路にはロシア軍の車両が数珠つなぎになったまま、戦闘に参加せず何日も動いていない。

このまま時間が経てば、ロシア側の燃料や食料が不足してくるが、自国の大軍が道を塞いでしまっているので補給できないという皮肉な状況になるだろう。そして、やがて春になり、雪が融けてくるとウクライナの豊かな畑が泥沼化するから、ロシア軍の車両は道路から外れて動くこともできなくなる。

しかし、戦局が長引くほど犠牲者が増えてくる。ウクライナだけでなく、ロシア兵の被害も増える。ロシアにとってもこの戦争で失うものは多い。ロシアがウクライナをつなぎ留めたいのなら他にも方法があるはず。それにはまず、プーチンが「打ち方止め」と命令することだ。

2022年3月6日

旭化成の火薬工場で大規模爆発事故 なぜひとりで作業していたのか

3月1日。宮崎県延岡市にある旭化成グループのカヤク・ジャパン東海(とうみ)工場で大規模な爆発事故が発生。作業員ひとりが行方不明となり、3人がけがをしている。ロシア軍のウクライナ侵攻に重なったため、マスコミではあまり大きく取り上げられていないが、重大な事故である。

今回の事故では貯蔵されていたニトログリセリン約2千kg他のダイナマイト3万本に相当する爆発物が爆発し、工場は跡形もなく吹き飛んだ。
ニトログリセリンは消防法では第5類危険物(自己反応性物質)に分類されるが、第5類危険物とは要するに爆薬である。火をつけるとか電気火花を飛ばすとかしなくても、加熱や衝撃だけで爆発を起こす大変危険な物質である。

原料はグリセリンで、これは石鹸を作るときに大量に生成する。このグリセリンを硫酸と硝酸を混ぜた混酸で処理するとニトログリセリンができる。製造自体は非常に簡単である。

ニトログリセリンの化学構造式


発明したのはイタリアの化学者、アスカニオ・ソブレロであるが、非常に危険な物質であるため発明から1年以上秘匿していたという。その後、スウェーデンのアルフレッド・ノーベルがこれを硝化綿に混ぜると安定性が増すことを発見した。これがダイナマイトである。

ちなみに、ニトログリセリンを扱った映画に「恐怖の報酬」という作品がある。ベネズエラで発生した油田火災を爆風で吹き消すために、大量にニトログリセリンをトラックに積んでジャングルの中のでこぼこ道を運ぶというストーリーであるが、その危険な運搬にははらはらさせられた。

さて、今回の爆発事故であるが、当時3名の作業員が工場内で作業をしており、この内、現在行方不明になっている従業員が液体の火薬原料の重さを測って金属製の容器に移す作業をしていた。残りの2人は計量された原料を運搬していて、爆発した時は工場から200m離れた位置にいて無事だったという。この3人の作業員とは別の3名が爆風などによりけがをしている。

大学のときに「火薬学」という講義を受講したことがある。細かいことは忘れてしまったが、ニトログリセリンはとにかく危険なので安全に取り扱うために様々なノウハウがある。もちろん、その作業はマニュアル化されているだろうし、慎重に行われるはずである。

また、もうひとつ、講義では作業は必ず2人で行う必要があると言われたのを覚えている。2人で作業を行えば、ひとりが間違いをおこしても、もうひとりが間違いを指摘することができる。2人が同時に同じ間違いをする確率は非常に低くなる。ではなぜ3人ではいけないかというと、事故が起こったとき2人作業なら被害者の数は2人で済むからである。

今回の事故をみると、作業員が3人いたことがまず不可解だが、さらに実際の作業をひとりで行っていたことは問題だろう。このような危険な作業をなぜひとりで行っていたのか。いつもそうなのか。それとも何かの理由があって今回だけ一人で行っていたのか。

もちろん、作業員の数だけが事故の原因ではないだろう。今後、会社は原因究明を確実に行って再発防止に努めてほしい。

2022年3月3日

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核融合発電は危険がいっぱい 隠ぺい体質の開発になっていないか

京都大学発スタートアップ企業の京都フュージョニアリング(株)が核融合実証プラントを使って核融合設備の試験を始めると新聞等で報道された。その実証プラントのイメージが図―1である。

図ー1 核融合実証プラント

この実証プラントでは、核融合を疑似的に再現してエネルギーを発生させ、そのエネルギーを熱に変換。なんらかの熱媒体を加熱し、その熱媒体で水を蒸発させて高圧スチームを作り、スチームタービンに送って発電を行うものである。
しかし、この図で気になることがある。それは「核融合を疑似的に再現する装置」で発生させるエネルギーとは何なのかということである。

核融合は夢のエネルギー源と言われて期待が大きい。水素と言う無尽蔵の原料を使って膨大なエネルギーを生み出す。放射性物質の排出もなく安全であると。しかし、実際に開発されている核融合炉の現実は違っている。

まず、実際の核融合は無尽蔵に存在する水素を使うものではない。水素は水素でも、重水素(ジューテリウム)と三重水素(トリチウム)という希少な資源を反応させるのだ。この融合反応によって高速中性子が発生する。この高速中性子は融合炉を取り巻くリチウムに当たって核反応を起こしてヘリウムとトリチウムになる。このトリチウムは再び燃料として使うことができる。こう言えばとてもよくできたシステムのようにも見える。この関係を図―2に示す。

図ー2 核融合反応経路

しかし、これには問題がある。まず、高速中性子は立派な放射線であり、人体に非常に有害。しかも透過性が高いので、炉の外部に漏れる可能性がある。そして、核融合エネルギーは実は熱ではなくて、この高速中性子と言う形で発生する。だから熱エネルギーに転換する必要があるというわけだ。

つまり、図1に示されたエネルギーとは、言い換えれば「高速中性子線」ということだろう。なぜ、高速中性子線とは言わずにエネルギーと言うのか。また、高速中性子はいろいろな材料に当たると、その材料を劣化させるとともに、放射能を持たせる。

このように核融合は実は放射線を出さない安全な発電方式ではないのだ。中性子線といわずにエネルギーと言っているのは、そのことを指摘されるのがいやなのだろう。

また、エネルギーを熱に転換すると言っているが、これは多分高速中性子をリチウムに当てて、トリチウムを発生させることを兼ねているのだろう。そして加熱されたリチウムを水と熱交換させてスチームを発生させて、スチームタービン発電を行う。

しかし、リチウムは失敗したあの高速増殖炉もんじゅで使われたナトリウム以上に反応性が高く、水と接触しただけで発火、爆発する物質である。そのリチウムを水と熱交換させる?おいおい大丈夫か?

誤解しないでほしいのは、筆者はこの実証実験自体を意味がないと否定しているわけではない。高速中性子を完全に遮蔽し、劣化しにくく、放射能を持ちにくい材料を開発し、リチウムを安全に取り扱うことのできるノウハウをこの実証試験によって確立すれば、核融合発電も実用化できるかもしれない。(個人的には無理だと思うが)

しかしながら、それなら核融合は夢のエネルギー源などというのではなく、危険性があるということも公表し、そのリスクを最小に抑える研究をやっているのですと説明すべきである。高速中性子という危険なものをエネルギーなどと言い換えるようなごまかしをしていい訳がない。都合の悪いことは隠すという態度は却って不審を招くことになる。

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ENEOS和歌山製油所閉鎖は突然の決定ではない 既にプログラム済み

25日、石油元売最大手のENEOSが2023年10月を目途に和歌山製油所を閉鎖すると発表した。和歌山製油所は処理能力12万7,500バレル/日、従業員数450人、関連従業員を加えると1,200人が働いていると言われる。日本ではほぼ中規模の製油所である。
この発表を受けて、和歌山県知事がENEOSに対して怒りの抗議をしたと報道されている。何の相談もなく突然の閉鎖とは何事か。雇用を守ってもらいたい。との抗議である。

和歌山製油所は石油元売会社のひとつ東燃ゼネラルの製油所であったが、2017年に同社はJXグループと合併してJXTGグループとなっている。その後、JXTGはENEOSという名前に変更されているが、ENEOSはJXグループのブランド名。つまり、合併と言いながら、実際は東燃ゼネラルがENEOSグループの傘下に入る形となっている。

そして、その合併後、わずか5年で今回の和歌山製油所の閉鎖である。ここで疑問が生じる。なぜENEOSは閉鎖される可能性のある製油所をわざわざ傘下に入れたのだろうかと。実はその裏には国策があったのだと思う。

近年、国内産業のソフト化や空洞化、人口の減少等の理由で、日本の石油製品の需要は下がり続けている。特にガソリンについては、自動車の燃費向上に加えて、若者の車離れ、少子高齢化の影響でどんどん販売量が減ってきている。それに脱炭素化がその動きを加速する。

石油製品の需要が減れば、それに合わせて日本の製油所は順次閉鎖せざるを得ない。そして政府の方針に従えば、2050年には石油化学や潤滑油、アスファルトのような非燃料の生産部分を除いて、日本の製油所はほとんどすべて閉鎖もしくは縮小となる。

このとき、まず考えるべきは、従業員の雇用の問題であろう。日本の場合、閉鎖されるからと言って米国のように従業員が即座に解雇されるわけではない。ENEOSは全国に10か所以上の製油所や事業所を持っているから、従業員の大半は他の事業所へ配置転換されるだろうし、希望すればかなり高額な割増退職金をもらって退職することも可能であろう。

しかし、従業員の配置転換といっても、それは多くの事業所を抱える大企業でなければ難しい。1980年代。日本には17社もの石油会社がひしめき会っていた。1社1製油所というような小規模な石油会社が製油所を閉鎖したら、従業員の行き場がなくなってしまう。

幸い石油業界は国策によって合併を繰り返し、各社の大規模化が図られてきた。現在はENEOS、出光、コスモのほぼ3グループに集約されている。今後は石油製品の需要減少に合わせて、順次、各社の製油所が縮小あるいは閉鎖されていくことになるだろう。

和歌山県知事は何の相談もなく、突然閉鎖を告げられたとの怒りであるが、おそらく国の方針によって、製油所の閉鎖は既定の路線だろう。つまり、和歌山製油所は突然の閉鎖決定ではなく、ENEOS傘下に入った時から既にプログラムされていたということである。そして、ENEOSの大田社長も語るように、今後も製油所の閉鎖が順次進められていく。そして2050年を迎えることになる。

2022年1月28日

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初めて点火された核融合反応 しかし実用化にはまだ遠い

11月30日付のPhysics の記事によると、ローレンスバリモア国立研究所のデビ―・キャラハンは、投入したエネルギーより大きいエネルギーを生み出す核融合反応、すなわち核融合の点火に成功したと発表した。

核融合は水素原子と水素原子が融合してヘリウムができる反応である。このとき大量の熱が出るから、この熱を使って発電を行うのが核融合発電である。水素は水に含まれるから無尽蔵にあり、放射能もなく、安全な発電方法。これが完成すればエネルギー問題も地球温暖化問題も一気に解決するだろうと言われる。

この夢のような発電方式が今まで実用化されていなかった大きな原因は核融合を起こすために1億度以上という非常な高温と密度が必要な事である。温度が高すぎて容器に入れて加熱すると容器が融けてしまうから、燃料を宙に浮かせた状態で温度と密度を維持しなければならない。これが難しい。しかし、わずかな時間であるが、これが可能になり実際に核融合が実現している。

次の段階は核融合エネルギーの黒字化である。一旦核融合が起これば、膨大なエネルギーが得られるが、これまでは発生する核融合反応が微小過ぎて、核融合を起こすために投入されたエネルギーの方が大きかったのである。今回は、慣性封じ込めと言われる方法を使って、投入エネルギーよりも多くの核融合エネルギーが得られたという。

国立点火施設で使用された反応器の1つ。真ん中に燃料がある。

このように書くと、核融合発電は着々と実用化に向かっているように思われるかもしれない。ここまでくれば核融合発電の実用化まであと一歩だとするマスコミもある。しかし残念ながら、実用化は以下のような理由から程遠い。

まず、今回の核融合は直径数mm程度の燃料を使って、ほんの一瞬達成されたに過ぎないということ。実用的な発電所とするためには、もっと大量の燃料を使って連続的に安定的に核融合を行わなければならない。

さらに問題なのは、燃料として水素ではなく、重水素とトリチウムが使われていることである。トリチウムは地球上にはほとんど存在しない。つまり、核融合発電の燃料は無尽蔵どころか、すこぶる希少な資源なのである。もう一つの問題は核融合に伴って高速中性子が発生すること。これは人体にとって非常に有害である上に、透過性が高い。さらに高速中性子が設備に損傷を与える。これらの問題点をクリアして何とか発電にこぎつけても、果たして他の発電方式に比べて経済性があるかどうかも疑問である。(核融合発電は「クリーンで無尽蔵で安全」ではない  実用化にはいまだ高い壁 参照)

確かに核融合のエネルギー収支は黒字化したが、それと実用化とは全然違う。科学者が実験室で成功したからと言って、一足飛びに実用的な発電設備が作れると考えるべきではないだろう。

電気自動車BEVに完全に舵を切ったトヨタ いよいよ燃料電池車FCVは撤退か?

トヨタは完全にEVに舵を切った

トヨタは12月14日に行われたバッテリー式電気自動車(以下BEV)戦略に関する説明会で、今後発売する予定のBEVのお披露目を行った。しかし、その演出が、また憎い。最初にbZシリーズ5台を並べ、それぞれの特徴について豊田社長自らが説明した。一度に5車種も。それだけでも驚くのだが、バックのカーテンが取り払われると、さらに11台の様々なタイプのBEVが姿を現したのだ。

米国エネルギー省が公表しているFuel Economy Guide Book(2021年版)によると、全米で15社53モデルのBEVが販売されているが、そのうち最も多くのモデルを出しているのがテスラとポルシェで、それでもそれぞれ14モデルと12モデルに過ぎない。その他の大半のBEVメーカーは1モデルか2モデルしか販売していない。(アメリカではどんな電気自動車(EV)が売られているか 53モデルのモーター出力、充電時間、走行距離、燃費など 参照)

そんな中、トヨタが一気に16モデルのBEVを公表したのだ。そしてトヨタはこれらのBEVをここ数年にうちに順次販売ルートに乗せていくという。さらにトヨタは2030年までにBEV30モデルを投入し、全世界で年間350万台の販売を目指すという。トヨタのBEVのラインアップは、世界中を見渡しても最大級である上に、この販売量である。トヨタは完全にBEVに舵を切り、一気に世界のトップを目指す戦略であろう。

FCVは撤退か

一方、トヨタは従来から燃料電池車(以下FCV)の開発に力を入れてきた。今後これはどうなるのか。この発表会でトヨタはBEV以外の電動車(ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、FCV)にも引き続き注力し、車を販売する地域のエネルギー事情やニーズに合わせた事業を展開していくと語った。
しかし、今回の発表会で見せた「どうだ、トヨタはもうEVで出遅れているとは言わせないぞ」と言わんばかりの論調にFCVはすっかり色あせた感がある。では今後もFCVの開発は続けていくのだろうか。

今年初めの時点で、筆者が知る限り、世界的に見てもFCVを一般に市販しているメーカーはトヨタ、ホンダ、ヒュンダイの3社しかなかった、その後、ホンダはFCVから撤退しているので、現在は2社、4モデルだけになっている。
BEVは充電時間が長く、一充電で走れる距離が短いという欠点がある。これに対して、FCVは充填時間も走行距離もガソリン車並みというのが売りである。しかしながら、以前筆者が書いたように、乗用車タイプのFCVにはもう未来はないだろう。(燃料電池車に未来はあるか FCVが普及しない理由 参照)

一番の問題はFCVの燃料となる水素を供給する水素ステーションが少ないことである。いかにFCVが優れていたとしても、燃料の水素が供給されなければ走ることはできないから、これが解決しない限りFCVの普及は無理。

そして、ステーション1か所当たりの設置費用がガソリンスタンドの数倍もするのだから、今から水素ステーションがガソリンスタンド並みに充実するという可能性は現実的にほとんどない。おそらく、路線バスのような例を除いてFCVが普及することはないだろう。

トヨタは今まで水素ステーションの設置を水素供給会社に呼び掛け、政府もそれを補助してきた。いまさらFCVの旗を降ろすには忍びないであろうが、もうそろそろFCVは撤退の潮時ではないだろうか。

2021年12月16日

【関連記事】
アメリカではどんな電気自動車(EV)が売られているか 53モデルのモーター出力、充電時間、走行距離、燃費など
燃料電池車に未来はあるか FCVが普及しない理由

石油産業誌に記事が掲載されました(今後の世界の基礎化学品の需要と原料の予想)

今後の基礎化学品(メタノール、石油化学製品、アンモニア)の需要・生産状況の予想について、IEAのレポート(2018年)を中心に紹介した記事が、石油産業誌11月号に掲載されました。概要は次のとおりです。

1.メタノール:特に中国で伸びる
メタノールの生産量は2030年までに50%以上増加し、2050年にはほぼ2倍になる。特に中国は現在、世界の生産量の約半分を生産しているが、この割合いは2050年にも変わらない。メタノールの需要の35〜40%が燃料用で、ガソリンなどに直接添加して使用するか、MTBEやDMEに転換して使用されている。

2.石油化学製品:環境懸念にも拘わらず成長する
オレフィンおよび芳香族のような石油化学製品の需要は2050年までに約60%増加する。今後、様々な地域で人口と所得が増加することに伴って、プラスチックの消費は特に包装と建設用を中心として増加する。世界平均で、1人当たりの生産量は2017年に約47 kg /人だったものが2050年には60kg /人以上に増加する。欧州や日本などの先進国では、環境影響へ懸念からプラスチック消費の停滞が見られる。

3.アンモニア:肥料用が頭打ち
アンモニアは2030年までに15%以上、2050年までに30%以上の増加が見込まれる。特にアフリカと中東では、2050年までに生産量がほぼ2倍になる。アンモニアの主な用途は肥料であるが、先進国では飽和状態となり、発展途上国でも肥料効率が向上することによって販売量の伸びが抑制される。アンモニアは火薬、ナイロン、アクリル繊維、ニトリルゴムなどにも使用されるが、全体の10〜20%に過ぎない。

4.原料変化の動き
石油化学製品の原料としては現在ナフサや天然ガスが使われている。それ以外の原料としてはエタノールからエチレンを製造する技術などがある。化石資源以外の代替原料は2030年までに5倍に成長し、2030年から50年の間にほぼ3倍になるが、それでも2050年時点で、全体の2%を占めるに過ない。

基礎化学品原料の推移(世界合計)※HVCは石油化学製品

メタノールとアンモニアの原料は世界的には天然ガスであるが、中国では石炭を使用している。メタノールからオレフィンを製造する技術(MTO)が実用化されており、特に中国では今後、メタノールが石油化学製品の原料として使われる。ただし、中国ではメタノールの原料としては依然として石炭が使い続けられると予想されている。

2021年12月12日